「賽の河原」
文字数 1,306文字
「賽の河原」
「間違いないの?」
「間違いないさ。この部屋だよ」
朦朧とする意識の中、幼い子供の声で目が覚めた。声の数は二人。囁く声で何らかの情報を共有しているようだった。
寸刻前のこと。幼い少年と少女が屋敷に忍び込んで来た。屋敷に入るや否や、監視の目を盗むような巧みな動きで私の部屋へと侵入し、音も立てずにクローゼットの中へ身を隠した。どうやら私の存在には気がついていないようだった。
しかし今更、存在を露わにした所で「いつから?」なんて聞かれたら言葉に詰まる。
「ずっとよ」
なんて当たり前のように言おうモノなら、二人は言葉を失って何をしでかすか分からない。何度も声をかけようとは思っていた。でも今となってはそれも言い訳にしかならないし、何より訳あって今の私は一滴の声も出す事が出来ない。
そんな葛藤を余所に、二人の会話は夏の朝顔のようにぐんぐんと根を生やし蔓を伸ばして先へ先へと膨らんでいた。
「この部屋には白粉 があるらしい」
男の子が言った。まだ小学生くらいかな。
「おしろいってなあに?」
と、彼の妹と思われる少女は聞いた。小学生にしてはまだ幼い。きっと幼稚園児だろうか。
「白粉ってのは、女性が使う化粧品のひとつだよ」と男の子は答えた。
「その白粉を見つければ良いの?」
そんな彼女の問いに、少し考えてから返答した。
「うん。必要なんだ」
「どうして?」
「使うからさ」と彼は意味ありげに声を低くして言った。
「ふーん」と妹は興味無さげに答えた。
「まあ、とりあえず探してみようか」
「うん」
「待って。その前に」
今にもクローゼットから飛び出しそうな妹を制して、こんな風に声を上げた。
「おーい」
「ほーい」と続けて妹も真似をして声を上げた。
「返答なし。よぉし。きっと大丈夫」
男の子の掛け声と共に二人はクローゼットから飛び出した。
そして二人は部屋そのものを解体し、別の部屋に変えてしまうのではないかと思えるほど手当たり次第に手を付けた。そんな二人を余所に、私はシングルベッドの上で毛布を被り、息を殺していた。それでも私の心臓の音が二人に聞こえてしまうんじゃないかと不安になった。
「あれ?ないなぁ」としばらくして男の子が先に根を上げた。
「ないなぁ」と妹はそれを真似して言った。
「見てないところは?」
「あそこ」と妹は言った。
きっと彼女は何かへ向けて自分の指をさしている。
そして私には彼女がどこを指しているか分かっていた。今から二人はこの毛布をひっくり返して、私を見つけるに違いない。
「あのお布団の下かも」
「きっとそうだ」
二人が近づいて来る気配を感じる。
「お願い。助けて」と渾身の力を使って呟いた。
その時、二人の足音がピタッと止まった。
「え?」と言った男の子の声を最後に、二人の存在は煙のように空気となって完全に消えた。
「まだ生きていたんだね」と、残念そうな男の子の声だけが耳の奥へ。
「また迎えに来るね」
と続けて優しい妹の声が聞こえた。
2018年12月20日
「間違いないの?」
「間違いないさ。この部屋だよ」
朦朧とする意識の中、幼い子供の声で目が覚めた。声の数は二人。囁く声で何らかの情報を共有しているようだった。
寸刻前のこと。幼い少年と少女が屋敷に忍び込んで来た。屋敷に入るや否や、監視の目を盗むような巧みな動きで私の部屋へと侵入し、音も立てずにクローゼットの中へ身を隠した。どうやら私の存在には気がついていないようだった。
しかし今更、存在を露わにした所で「いつから?」なんて聞かれたら言葉に詰まる。
「ずっとよ」
なんて当たり前のように言おうモノなら、二人は言葉を失って何をしでかすか分からない。何度も声をかけようとは思っていた。でも今となってはそれも言い訳にしかならないし、何より訳あって今の私は一滴の声も出す事が出来ない。
そんな葛藤を余所に、二人の会話は夏の朝顔のようにぐんぐんと根を生やし蔓を伸ばして先へ先へと膨らんでいた。
「この部屋には
男の子が言った。まだ小学生くらいかな。
「おしろいってなあに?」
と、彼の妹と思われる少女は聞いた。小学生にしてはまだ幼い。きっと幼稚園児だろうか。
「白粉ってのは、女性が使う化粧品のひとつだよ」と男の子は答えた。
「その白粉を見つければ良いの?」
そんな彼女の問いに、少し考えてから返答した。
「うん。必要なんだ」
「どうして?」
「使うからさ」と彼は意味ありげに声を低くして言った。
「ふーん」と妹は興味無さげに答えた。
「まあ、とりあえず探してみようか」
「うん」
「待って。その前に」
今にもクローゼットから飛び出しそうな妹を制して、こんな風に声を上げた。
「おーい」
「ほーい」と続けて妹も真似をして声を上げた。
「返答なし。よぉし。きっと大丈夫」
男の子の掛け声と共に二人はクローゼットから飛び出した。
そして二人は部屋そのものを解体し、別の部屋に変えてしまうのではないかと思えるほど手当たり次第に手を付けた。そんな二人を余所に、私はシングルベッドの上で毛布を被り、息を殺していた。それでも私の心臓の音が二人に聞こえてしまうんじゃないかと不安になった。
「あれ?ないなぁ」としばらくして男の子が先に根を上げた。
「ないなぁ」と妹はそれを真似して言った。
「見てないところは?」
「あそこ」と妹は言った。
きっと彼女は何かへ向けて自分の指をさしている。
そして私には彼女がどこを指しているか分かっていた。今から二人はこの毛布をひっくり返して、私を見つけるに違いない。
「あのお布団の下かも」
「きっとそうだ」
二人が近づいて来る気配を感じる。
「お願い。助けて」と渾身の力を使って呟いた。
その時、二人の足音がピタッと止まった。
「え?」と言った男の子の声を最後に、二人の存在は煙のように空気となって完全に消えた。
「まだ生きていたんだね」と、残念そうな男の子の声だけが耳の奥へ。
「また迎えに来るね」
と続けて優しい妹の声が聞こえた。
2018年12月20日