意識的、それとも天然?――赤江瀑『海贄考』

文字数 1,362文字

 テストが終わったお昼時。善光寺高校文芸部の部室には狛村日和と桜峰咲羅がいる。
これは……ホワイダニット!
また動機の話? 咲羅ちゃんもホント好きだねえ。ちなみに今回の作品はなに?
赤江瀑さんの『海贄考』という短編集です。幻想小説が主なんですが、この中に「月下殺生」という短編がありまして。
それが動機をメインにしたミステリだと。
……そうとも言い切れないんです。ホワイダニット的な驚きがあるのは確かなんですが、ミステリかと言われると自信がなくて。
なんか歯切れ悪いね。
というのは、動機がほのめかされるだけで、それをメインに置いた書き方がされていないからでして。胃を病んでいる男に女性が毒を盛った理由――その真相は読み手の常識を覆すようなもので、反転が鮮やかなんです。でも、解明を主眼にはしていない。
物語を転がす方に比重が置かれている?
はい。なので作者の狙いがうまく読めません。ミステリ専門の作家なら、最終盤に傍点つきで明かすような強烈な発想なんです。でも赤江さんはそうしなかった。ミステリファンとしては、もったいないなと。
うちの部で赤江瀑を読んでるのは咲羅ちゃんと玲奈ちゃんだけかな。幻想小説作家、あるいは耽美系の作家っていうイメージなんだけど。
基本的には幻想小説方面から評価されている気がします。幻想文学アンソロジーにもよく作品が採られていますし。ミステリ方面だと評論家の千街晶之さんが『幻視者のリアル』という評論集で赤江瀑について細かく言及しています。かくいう私も、この「運命の車輪が逆転する一瞬」と題された評論で赤江さんを知りました。
その評論はミステリ作家としての赤江瀑について触れたもの?
赤江作品のミステリ性を指摘する――という形でしたね。今回の「月下殺生」への言及はなかったような。ともかくですね、この作品はどんでん返しが物語にあまりにも自然に溶け込みすぎているんです。大胆な発想を持たせつつも、流れの一部にしかしていない。ここが反応に困るところなんですよ。
最初から計算していたのかもしれないし、登場人物を描くためにそれ相応の動機を用意したら、結果的にすごいホワイダニットになった……という可能性もあると。
自然発生的なミステリですね。そうそう、表題作の「海贄考」にしても、ミステリのある系列に属する作品と言えそうなんです。ただそれをホラーとしての演出に利用しているので、狙って書いたのか、書いているうちにそうなったのか、これまた判断に迷うところでして。
とらえどころのない作家だねえ。でも咲羅ちゃんはミステリだと思うわけでしょ?
少なくとも「海贄考」と「月下殺生」についてはミステリであると主張していきたいです。
じゃあ、その気持ちは強く持っていこう。ある程度評価の固まった作品に対して、「こういう読み方もできるよ」ってアピールしていくことに臆病になっちゃいけないよね。
そうですね……。機会があればミステリ作家としての赤江瀑についてもじっくり考えてみたいです。まずは入手困難な作品たちを集めて読むところからなんですが。
そういうのなら協力するよ!
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登場人物紹介

江守 浩介(えもり こうすけ)

文芸部1年生。ライトノベルが好きだが他のジャンルについても勉強したいと思っている。

狛村 日和(こまむら ひより)

文芸部2年生。肩書きは副部長だが実質的に文芸部を仕切っているのはこの人。気になった本は手当たり次第に読む乱読家。

高崎 玲奈(たかさき れいな)

文芸部2年生。純文学、またはアンモラルな作品を好む。

京泊 孝彦(きょうどまり たかひこ)

文芸部3年生。部長だがそれらしい行動は見せない。通称・ドマリー先輩。ハードボイルドとノワールを好むが他のジャンルも平均的に読む。

桜峰 咲羅(さくらみね さくら)

文芸部1年生。ミステリ愛好家。特に動機を扱った作品には思い入れが強い。

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