虎だ! 虎だ!

エピソード文字数 1,302文字

 聡一郎はいつも青ざめた顔していてクラスのなかで冴えない男だった。さっきの休み時間で、いじめっ子たちに囲まれて気色悪いキノコを無理矢理食べさせられた。彼はどうしても便所に行きたかった。休み時間まで持ち堪えると自分に言い聞かせても、もはや我慢の限界だった。油汗とともに腹が痛くなってきた。三喜本信子先生は彼が悶えているのに気づいていた。
 よりによって四時間目の授業は三喜本先生の授業だ。
(ああ、最悪だ……)
 なぜなら三喜本先生は明らかに彼をいじめるのが好きなのだ。
 聡一朗は再びうずくまった。
 三喜本先生は彼に目をやった。
「聡一郎くん」先生はにやりと微笑んだ。「トイレに行きたいんですか?」
 クラスの全員がくすくす笑った。
 聡一郎は林檎のようにほっぺたが真っ赤になった。
(うんこっていうつもりなんだ……いっつもそうなんだ)
「は、はい……先生」
「いいわ、聡一郎くん。トイレに行ってうんこしてらっしゃい。そうなのね? うんこなのね?」
 先生はわざとはっきりとした口調で言った。
 念を押されて聡一郎はがっくりとうなだれた。
「わかりました、聡一郎くん。行きなさい。トイレットペッパーは無駄に使っちゃダメよ」先生は指で赤いチョークを上下にしごいた。
 クラス全員が爆笑した。
 先生は教鞭で黒板を叩いた。
 
 彼はふらふらとした足取りで教室のドアを開けて廊下に出ると、男子便所に向かって歩いた。
 (わざとやっているんだ。三喜本先生はぼくが顔を赤くすることが好きなんだ――意地悪なクソ(ばば)あめ……いつかやってやる!)
 彼は呪った。
 彼はいじめられるたびに人を呪い続けるのが癖になっていた。
 彼は男子便所のドアを開け、大便器に腰掛けた。
 学生ズボンのベルトを外しジッパーを下ろそうとした、つぎの瞬間だった。
 白い壁に黒いマジックで殴り書きされたような文字が浮かんできた。
 
 虎だ! 虎だ!
 おまえは虎になるのだ!
 
(なんだこれは?)
 聡一郎は目をこすった。
 すると、別の文字が浮かびあがった。

 振り向け! 振り向け!
 虎だ! 虎だ!
 おまえは虎になるのだ!

 聡一郎は恐る恐る振り向いた。
 なぜか手洗いなしのタンクの上には、虎のマスクと黒いマントがあった。「これはすてきだ!」
 聡一朗はほくそ笑んだ。
 彼は男子便所のドアを開け廊下に出ると、教室に向かって走り出した。
 ふと廊下の掲示板を見た。

 喪黒福造の伝言「イジメられたら必ず復讐するのです。ドーン!」
 漁師の伝言「伝説を作ってなんぼの漢。いっぱつかましたれや!」
 聡一郎はこの伝言にハッパをかけられた。

 彼は教室に戻ると、素早く教卓の上に飛び乗ってマントを高らかに放り投げ、人差し指を天空高く突きあげた――全裸だった――クラス全体あっけにとられた。
「マスクに触るんじゃねえ!」三喜本先生の綺麗な顔にどぎつい屁を一発ぶちかまし、ピノキオ状態となった彼の息子から出た小便は、まるで消火栓のホースから噴射された水のように見事な弧を描いた。

 
 





 
 
 



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