第7話 貢がれ上手、ではない?
文字数 1,785文字
「なにを騒いでいるのかしら。聞こえていますよ」
芽は先ほど着ていたベージュのパンツスーツではなかった。ワインレッドのゆったりしたワンピースに着替え、のんびりした足取りでスカートを揺らしている。
「ママ、なんなの、これ。訴状って書いてあるわよね。どう言うことですか? なにをなさったの、今度は」
「あら、そんなものどこにあったのかしら。きっと荷物に紛れていたのね。たいしたものではないから、気にしていなかった」
「しらばっくれないでよ、自分で玄関先に落としたのでしょ。私に直接言えないから、拾って気づかせるつもりだったのよね?」
「そんなことないわ。あなたに相談するつもりだったのよ、私一人じゃとても手に負えないし。それにしても大げさよね、裁判だなんて」
せっかくはいた靴を脱ぎ、初は興奮するともをなだめた。二人をリビングに誘い、自らお茶を煎れる。
観念したのか、煎茶を一口すすると、芽はしゃべりだした。
「以前からいろいろ親切にしてくれる人がいたの。教団に寄進するお金がないときに、僕が立て替えてあげましょうと払ってくれたりして。
前に一緒に住んでいたお友達の家を出るときもそうだった。よかったら僕のところにどうぞ、とその人が誘ってくれた。それで身を寄せて、車も自由に使わせていただいたわ。
彼ね、質屋さんなの。質流れの貴金属やブランドバッグをちょこちょこ持って帰っていたわね。お土産、って気軽にプレゼントしてくれて。
それを、貸したものだから全部返してくれ、なんていまさら話が違うでしょ。しょうがないから時計やバッグはお返ししました。そうしたら、もっとあったはずだと責めるのよ。
彼の家に住んでいただけなのに、家賃を払ってもらっていないとまで言うの。ひどいわよね。車も勝手に使われた、ですって。
お金だって向こうから出すと言ったのよ。それなのに、利子をつけて返してくれだなんて、話がめちゃくちゃでしょ」
「めちゃくちゃはママです。どうやったらそんな怪しい男に引っかかれるのかしらね。世間はママが思っているほど甘くはないの。いつになったらわかるわけ?」
「でもそんなの放っておけばいいわよ。私からお金なんか取れるわけがないのだから。ね、そうでしょ、初さん」
芽の説明はひたすら自分に都合がよかった。どこか自慢げでもある。
なぜそこまで親切にされるのか、なにか返礼すべきではいか、とはまるで考えないようだ。
「どうしてその人は全部返せと言い出したのですか、芽さん。プレゼントされたというのは、芽さんの勘違いでは?」
「私にわかるわけがないでしょ! その方に直接お聞きになったら」
八つあたりが始まると、ともが割って入った。
「ママ、初と対応を協議するから、ちょっと外しくれない?」
娘に促され、芽は部屋に下がった。
「どうしようもないね、あの人。いつものことながら呆れるわ。
でもこの原告の名前は聞いたことがあるな。確かあの人に気がある男。デートの帰りに送ってもらっていたわよ。家にあげて、お茶を出していたもの。
思わせぶりな態度を取ったのよ、きっと。男の下心を利用して、肝心なときに知らん顔をしたはず。それがたび重なって愛想を尽かされ、怒りをかった。そんなところだね」
ともは冷静に分析し、事態を受け入れていた。
「裁判ってさ、調停前置主義と言ってまず調停をやるの。それがうまくいかなかったら初めて裁判になる。そっちはどうだったのかな」
「さあ、調べないと。腹立ちまぎれにこの男は、貢いだ分を回収しようって魂胆よ。もしくは、あのひとに経済力がないのを知っていて、嫌がらせをしているか」
「芽さんには全然お金がないの? お父さんが残したものが少しはあるのでしょ。そこからいくらか出せない?」
「あるにはあったけれど、教団に巻き上げられたみたいよ。
そんなこともあろうかと、あの人の相続分はこっちで少し抑えておいたの。知られたら大変だから内緒にしているけれど。それも、トラブルが多くてあんまり残っていない」
ともは壁の時計をチラリと見た。
「やだ、もうこんな時間。ごめんね、初、せっかくお布団をふかふかにしたのに、しぼんじゃっているよ」
ともは今度こそ初を玄関まで送り、力ない笑顔で手を振った。
これが、新たな苦労の始まりだった。
芽は先ほど着ていたベージュのパンツスーツではなかった。ワインレッドのゆったりしたワンピースに着替え、のんびりした足取りでスカートを揺らしている。
「ママ、なんなの、これ。訴状って書いてあるわよね。どう言うことですか? なにをなさったの、今度は」
「あら、そんなものどこにあったのかしら。きっと荷物に紛れていたのね。たいしたものではないから、気にしていなかった」
「しらばっくれないでよ、自分で玄関先に落としたのでしょ。私に直接言えないから、拾って気づかせるつもりだったのよね?」
「そんなことないわ。あなたに相談するつもりだったのよ、私一人じゃとても手に負えないし。それにしても大げさよね、裁判だなんて」
せっかくはいた靴を脱ぎ、初は興奮するともをなだめた。二人をリビングに誘い、自らお茶を煎れる。
観念したのか、煎茶を一口すすると、芽はしゃべりだした。
「以前からいろいろ親切にしてくれる人がいたの。教団に寄進するお金がないときに、僕が立て替えてあげましょうと払ってくれたりして。
前に一緒に住んでいたお友達の家を出るときもそうだった。よかったら僕のところにどうぞ、とその人が誘ってくれた。それで身を寄せて、車も自由に使わせていただいたわ。
彼ね、質屋さんなの。質流れの貴金属やブランドバッグをちょこちょこ持って帰っていたわね。お土産、って気軽にプレゼントしてくれて。
それを、貸したものだから全部返してくれ、なんていまさら話が違うでしょ。しょうがないから時計やバッグはお返ししました。そうしたら、もっとあったはずだと責めるのよ。
彼の家に住んでいただけなのに、家賃を払ってもらっていないとまで言うの。ひどいわよね。車も勝手に使われた、ですって。
お金だって向こうから出すと言ったのよ。それなのに、利子をつけて返してくれだなんて、話がめちゃくちゃでしょ」
「めちゃくちゃはママです。どうやったらそんな怪しい男に引っかかれるのかしらね。世間はママが思っているほど甘くはないの。いつになったらわかるわけ?」
「でもそんなの放っておけばいいわよ。私からお金なんか取れるわけがないのだから。ね、そうでしょ、初さん」
芽の説明はひたすら自分に都合がよかった。どこか自慢げでもある。
なぜそこまで親切にされるのか、なにか返礼すべきではいか、とはまるで考えないようだ。
「どうしてその人は全部返せと言い出したのですか、芽さん。プレゼントされたというのは、芽さんの勘違いでは?」
「私にわかるわけがないでしょ! その方に直接お聞きになったら」
八つあたりが始まると、ともが割って入った。
「ママ、初と対応を協議するから、ちょっと外しくれない?」
娘に促され、芽は部屋に下がった。
「どうしようもないね、あの人。いつものことながら呆れるわ。
でもこの原告の名前は聞いたことがあるな。確かあの人に気がある男。デートの帰りに送ってもらっていたわよ。家にあげて、お茶を出していたもの。
思わせぶりな態度を取ったのよ、きっと。男の下心を利用して、肝心なときに知らん顔をしたはず。それがたび重なって愛想を尽かされ、怒りをかった。そんなところだね」
ともは冷静に分析し、事態を受け入れていた。
「裁判ってさ、調停前置主義と言ってまず調停をやるの。それがうまくいかなかったら初めて裁判になる。そっちはどうだったのかな」
「さあ、調べないと。腹立ちまぎれにこの男は、貢いだ分を回収しようって魂胆よ。もしくは、あのひとに経済力がないのを知っていて、嫌がらせをしているか」
「芽さんには全然お金がないの? お父さんが残したものが少しはあるのでしょ。そこからいくらか出せない?」
「あるにはあったけれど、教団に巻き上げられたみたいよ。
そんなこともあろうかと、あの人の相続分はこっちで少し抑えておいたの。知られたら大変だから内緒にしているけれど。それも、トラブルが多くてあんまり残っていない」
ともは壁の時計をチラリと見た。
「やだ、もうこんな時間。ごめんね、初、せっかくお布団をふかふかにしたのに、しぼんじゃっているよ」
ともは今度こそ初を玄関まで送り、力ない笑顔で手を振った。
これが、新たな苦労の始まりだった。