彼女は地球儀を廻す

文字数 885文字

── 彼女は今日も地球儀を廻している。

 色彩の少ない部屋に、 無造作に置かれた青い地球儀は、 彼女の細い指に撫でられて、 機械的にクルクル、 くるくると廻転している。
 僕は地球儀を廻す彼女をじっと見つめていた。

 白いレースのカーテンが、 四季のよそ風に靡く。 彼女の深海を連想させる長い髪が室内に入って来た柔らかな風によって、 無数の糸がちらばるように、 さらさらとはためいている。 そんな彼女を僕はずっと見つめている。 彼女を見つめるのが、 僕は好きだ。

 くるくる、 クルクル…… 時の経過と共に地球儀の廻転は緩くなっていく。 廻転が止まりそうになると、 彼女はまた人差し指で、 そっと地球儀を撫でて廻転させる。
 ── 彼女は今日も地球儀を廻す。 その廻転が止まった事はない。 彼女が星を撫で続けるからだ。 彼女を見つめながら僕は思うのだ。

 彼女が地球儀を廻し続けるのは何故なのだろう。 僕は彼女が地球儀を撫でるたびに、 いつも同じ問いを彼女に投げようとする。
 
 ── キミはどうして地球儀を廻すの?

 彼女は僕が問いを投げるより、 少しだけ早く…… 僕をそっと見下ろす。 僕が言葉にできなかった思いを、 まるで見透かす様な笑みを滲ませて、 優しく僕の頭を撫でて、 彼女は決まってこう言うのだ。


「キミは私が廻し続ける理由が気になるのですね。 その理由はとても単純な理由なのです。 地球儀を撫でる動作の様に簡単なことでもあるのです。 この星がクルクルと廻転している間は、 たくさんの記録が生まれては消えていきます。 潮の満ち引きのように繰り返し生まれては消えていきます。 それは私ではない誰かの命の記録です。 私は、 私ではない誰かの命の記録を読むのが、 とても好きなのです。 だから廻し続けるのです」

 
 僕に言葉を注いで、 彼女は静かに地球儀に視線を戻す。 廻転する星を愛おしそうに見つめながら、 彼女は歌う様に記録を紡ぎ始める。
 自分ではない、 誰かの命の記録を、 彼女は今日も静かに語りだす……
 そして僕は、 彼女の側で彼女ではない誰かの命の記録に耳を傾ける。
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