第4話

文字数 1,523文字

 バスは二十分ほどで、終点の駅前ロータリーに停車した。
 私立中学校は、駅を迂回して少し歩いたところにある。たいした距離じゃないけれど、途中の踏切を渡るのが俺は嫌いだった。
 その踏切は本数が少ない私鉄で、陸橋も地下道もなく車道は遮断機で仕切られていた。上りと下りで四本分のレール巾だから、約十五メートルほどなんだけど……いるんだよね、歓迎しがたい人たちが。
 踏切の真ん中で目立っているのは、長い髪の女。
 レールとレールの間に上半身だけ出して、ゆらゆら前後に揺れている。電車に胴体を分断されたのか、片手は手首でちぎれ、裂けて血に染まった赤いシャツには臓物が張り付いていた。
 中学に通い始めた頃、見たくないはずなのに目がいって何度か吐きそうになった覚えがある。
 それから上り方向に立ってる、頭が半分しかないサラリーマン。
 若い女性が通りかかったとき、すがるように手を伸ばしてくるんだ。女絡みで、自殺でもしたんだろうか? 
 髪を振り乱して目玉が飛び出したおばさんと、目つきがイッちゃってるオタクっぽいお兄さんは比較的無傷だから、スピードの速い特急電車に跳ね飛ばされただけかも知れない。
 人と判断できるのはこの四人で、残りは足だけとか手だけとか、得体の知れない塊とか。
 思念の残る場所に縫い止められ、恨みがましく醜い姿を晒している連中は害がない。だけど中には強い思念を出して、生きている人間に影響を与えるヤツがいる。
 下りの歩行者通路に突き出た片腕。
 コイツは通りすぎる人の足を、誰かれ構わず掴むからタチが悪い。数日前も遮断機が下りてからくぐって通ろうとした男子学生が、踏切の真ん中で転倒してしまった。
 すぐに起き上がって渡りきったけど、もう少しで電車に轢かれるところだったんだ。
 あの片腕は、誰かにこの場所から引きずり出してもらいたいのだろうか? 何にせよ、迷惑な存在だな。
 少しでも霊感があると、強い思念を引き寄せる。だから俺は面倒でも信号を二回渡り、下り方向の歩道は歩かないことにしていた。『踏切の片腕』に足を引っ張られるなんて、御免こうむる。
 今日もほら、あの腕がタイミング良く女子学生の足を掴んだ。
「きゃっ、いやっ!」
 叫び声に驚いて、俺はその子の顔を見た。
 普通は足を掴まれたって感覚がないから、つまずいたとしか思わない。ところが彼女は、文字通り気味の悪いものを目にしたって表情をしている。
 叫び方も、間違いなく何かを拒否していた。
 あの制服は俺と同じ学校の女子用だ。長めのスカート丈と、私立では珍しい黒髪に見覚えがあるな……誰だっけ? 
 俺の中学校は一学年が九クラスもあって、同じクラスになるか部活で一緒か、よほどの有名人でなければ名前も顔も知らない方が多い。
 特待生で成績が良い俺はそれなりに知名度があるらしいけど、女子の場合は目立つほど可愛い子でないと名前なんか解らない。
 俺は他人に興味を持たない方だけど、あの女子生徒の反応は気になった。
 もしかしたら? 
 もしかしたら俺と同じように、霊の存在を感じられる?
 中学校に入るまで俺は、どこかに同じ体質の人間がいるに違いないと思っていた。噂を頼りに探し続け、話を聞き、その能力を確かめようとした。
 だけどいつも、期待は裏切られた。
 俺だけが特別なんだ。
 理解されたいと、望んでも無駄なんだ。
 そう考えることで他人を突き放し、孤独を紛らわしてきたはずだった。痛みを分かつ仲間などいないと、諦めてきたはずだった。
 期待なんて、しちゃダメなんだ……。
 脳裏をかすった期待、希望。
 振り払うように顔を上げ、俺は再び歩き出した。

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