第1話

文字数 2,618文字

「我々こそがこの星を支配するに相応しい。」
せわしく人が入り乱れる真昼のこと、駅前のビルに設置された大型ビジョンから大きな声が鳴り響いた。聞き慣れない声に何人かは足を止めたものの、大半は新作映画の広告か何かだろうと考え再び歩き出してしまった。一瞬だけ凍った時間が動きだし、わずかな数の物好きだけがビジョンに目を向ける。そこに映っていたのは病的に白い肌を持つ人間だった。目こそ細いものの、わずかに覗く瞳孔は鉛のような光を持っておりどこか野心的である。七時のニュースのような青無地の背景に、きっちりと着こなしたスーツの上からでも筋骨隆々とした肉体が透けて見えるようだ。そんな新たな支配者様は観客たちに向けて話を続ける。
「今現在地上を支配している者たちではこの星を長生きさせることはできない。」
「我々のほうが限りある資源を効率的に活用できる。」
「現行の支配者たちの環境汚染の規模はあまりに大きい。」
このような面白くもない使い古された文言を用いて演説は続く。わずかに存在した酔狂な人たちもこんな話題では酔えはしない。そのうち真面目に聞いている人はいなくなったが、それでもメッセージは伝えられ続ける。
「そもそも、環境問題などというのは、支配者たちが、どれだけ長く、この星で生き長らえられるのかという問題に集約されるのだ。」
「それを星に優しいなどと言い換えるのは余りに傲慢極まりない。」
「自らの罪を認め、速やかに我々にこの星の支配権を譲り給え。」
最早、気にしている人さえいないがそれでも主張は続く。誰もこれが現生人類とは異なる種族から送られてきているとは思っていない。娯楽のあふれるこの時代ではそれも仕方ないだろう。画面の向こうの話を真面目に受け止めるならば、何回この星は滅んだかしれない。第四の壁とはそれほどまでに分厚い。しかし、退屈なスピーチが終わりを迎える頃、通行人の内何人かの興味を引くのに十分な情報が流れ出た。
「我々は一か月後の正午、N国の首都H市郊外K平原で集会を行う。我々の同志たち全てがそこに集まる予定だ。そこで君たち現生支配者たちの意思を確かめたい。」
第四の壁は破られた。この映画撮影者か、もしくは環境保護団体が集会を行うらしい。なんの意味も持たなかった放送が現実に意味を持ち始めた。もしかしたら映画のエキストラぐらいはできるかもしれない。特に興味はないが野次馬でもしにいってやろうか。様々な思惑が交錯し、SNSで急速に話題に上がってくる。そうすると、どうやらこの放送は全国で一斉に行われていたことがわかった。この駅に特別性はなかった。携帯を覗く人々からすれば面白くない話だ。しかしながら、この話が最も面白くなかったのはモニターの管理会社である。こんな内容のものが流れるとは聞いていない。それも全国で同じものが会社に関係なく流れてしまった。この時点で唯一、この現象の異常性を認識していた。中には警察に連絡したところもあったが、相手にされなかった。しかし、警察もあまりに同様の相談、通報が相次ぐため、重い腰を上げる気になったらしい。そして、自然とその話も上へと上がっていく。どうやらあの放送は本当に人類以外からのものらしい。初期にはそのことを否定していた政府だったが、情報が漏れるのは早いものですぐさま全国民の知るところとなった。国民たちの間で様々な議論が交わされた。徹底抗戦すべきだ、いやいや武力ではなく話し合いで解決すべきだ、さらには彼らこそ神の化身で我々は従うべきだとか、挙げていけばきりがない。さて、政府はというと、何とかあの放送の主と連絡を取れないか四苦八苦していた。たかが一か月で決められることには限度がある。同盟国に何と連絡すればよいのか。彼らが何者かはわからないが、下手すれば敵対国と呼ぶ国が増えるかもしれない。いや、今現在の敵対国が混乱に乗じて攻めてくるかもしれない。偉い人たちは誰もかれも頭を抱えない日はなかった。時間だけが刻一刻と過ぎていく中、あらゆる技術を用いて、何とか連絡を取ることに成功したのは運命の日の三日前だった。政府からの連絡には演説した人物とは違うものが応対した。かの人物よりも地位が高いらしい人は要人たちにこう対応した。
「私たちは君たちで言うところの地底人である。」
「地上の支配権について一切譲るつもりはない。」
「我々にはこの星で生きながらえる術がある。」
「抵抗は無駄である。さっさと降伏することだ。」
あのような内容を全国で垂れ流した奴らである。元から取り付く島などあるはずもない。テレビ電話で対応した彼だったが、その背景にはおおよそ宝石だけで作られたであろう煌びやかな作品の数々が置いてあった。おおよそ地上では考えられない大きさである。あれは人工的に作り出したものなのか。だとすれば化学的のレベルが地上人類よりも上の可能性がある。いや、我々よりも科学的水準が上だからこうして表に出てきたのだろう。様々な憶測はできるが、解決策は見当たらない。上級国民たちが提示するいかなる提案も地底人たちは受け付けなかった。政府としては衝突を避け、できれば運命の日は友好をアピールする日としたい。しかし、そんな夢物語が成し遂げられる日が来ることはなかった。できれば話し合いで、しかし武力衝突もやむなし。政府の基本方針は定まった。とは言え、この頃には地底人の存在は世界中に知れ渡っていた。海外からも、地底人にも人権が、武力は野蛮だ、話し合いを試みるべきだと様々な意見がなだれ込んできた。最早、一国ではどうすることもできない状況であった。
 ついに迎えた当日、指定された場所には政府の要人、軍隊、マスコミ各社のほか多くの人々が集まっていた。数万人は下らない大群衆である。何も知らない民衆からすれば、自分たち以外の人類らしき存在と初めての接触を果たす日なのだ。政府の規制をものともせず人々は集まってしまった。時刻は正午過ぎ、期待と夢、そして大きな不安を抱えて待つ彼ら地上人類の前に、ついに、新たな支配者たちが姿を現すことはなかった。それもそのはずだ。新たな支配者たちは人々が想像するよりも遥かに小さく、雑踏に草花のごとく踏み潰されてしまっていたのだから。

はてさて、国難と呼ぶに相応しい事態を国民の力のみで解決してしまった。これを「めでたしめでたし」と呼ばずして何と呼ぶのだろうか。
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