第2話 長崎の娘たち

文字数 2,834文字

「何しろ骨董屋の娘やけん」
 と、叔父さんは私たちをそう売り込んでる。
「目利きばするために一通りの知識ば身につけとってな。二人とも立派なお客の相手に不足はなかよ。どうやろうね、どんぐらいになりそうね?」

 ここはうちの店土間。
 店は恵比寿屋といって、骨董と古道具を商ってるんだけど、あちこち埃だらけだし、流行ってないのは見て分かるでしょ? 
 私たち姉妹はこの家の娘で、私は姉のおよう。妹はおことっていうの。で、女衒(ぜげん)の前でちょっとでも高値をつけてもらおうと頑張っているのが、叔父の又五郎。

 私はもう腹をくくってるから何とも思わないけど、隣に腰かけた妹はすっかり青ざめてる。うつむいて、全身を硬くして、今にも泣き出しそうよ。
 駄目ね、この子。全然覚悟ができてないんだから。

 それにしても叔父さんったら、その売り込み方はいかがなものかしら。確かに私たち、古美術を鑑賞する機会は多かったし、三味線と茶の湯と俳諧を少しずつ習ったけど、だから遊女にうってつけっていう話にはならないわよね。
 誰もそんなものを求めてないと思う。どうせ私たち、もっと安っぽい客の相手をさせられるんだから。

 その証拠にこの若いお兄さん、何を言われたって特別私たちに興味を持つ様子はなかった。
 長崎ではよく知られた女衒らしいけど、いろんな娘を見てるだけに今さら驚きもしないんでしょうね。

 それより二人とも、立ってみろとか回ってみろとか言われて、やっぱり顔立ちや体つきの方を値踏みされてるみたい。
 さっきなんか体に傷や疱瘡(ほうそう)の痕はないかって聞かれたのよ? 私、ここで脱いで見せなきゃならないのかと思ってぞっとしちゃった。幸い、そこまでは要求されなかったけど。

 お兄さんは帳面を覗き込んで何かぶつぶつ言ってる。こっちはその内容が気になったけど、口をはさめる雰囲気じゃないもの。じっと待つしかなかったわ。

 お兄さんは、ようやく顔を上げた。
 そして、私たちが一度の派遣で稼げるであろう金額が告げられたの。
「姉さんの方は一分、妹さんは九百文てとこかな。そいでん良ければ、おいが引き受くるばってんが」

 意外だったのは、私の方が高かったこと。叔父さんもびっくりしてるわ。
「そいは……また、なして? おことちは、ここらでは一番のべっぴんたい」
 そうなのよ。妹のおことは町で評判の美少女だけど、私はこんな地味な顔立ちだもの。私の方が絶対に安く買い叩かれるだろうって思ってた。

 だけどこのお兄さん、他ならぬ私をちらっと見て付け加えたの。
「こん姉さんは、なかなか、よか目ばしとる」

 そう言われると何だかどきっとしちゃって、私は頬杖をやめて、姿勢を正してみた。
 妙なものだけど、そう言われることは決して不快じゃなかったわ。
「お客はそがんところば、よう見とるもんじゃけん。姉さんには、よか客のつくとやろ」
 そこまで言われると、叔父さんも反論できないみたいだった。

 この又五郎叔父さんは同じ町内に住んでるし、昔から私たち土井家の面倒を見てくれた人なの。とってもいい人なの。
 でもね、叔父さんがこの商談に必死に当たってるのは、自分もお金に困ってるからよ。うちの借金の保証人になったせいで、この人もとんだ目に遭っちゃったのよね。

 一応はその値段に納得しつつ、それでもまだ望みはあると思ったのか、叔父さんはしつこく食い下がったわ。
「まぁだ二人とも、男の肌ば知らんけん、もうちょっと色ばつけてくれんかの」

 身も蓋もない言い方ね。だけどこれは嘘よ。
 長崎の庶民の女で、生娘のまま嫁に行く者が何人いるのか知らないけど、ここだけの話、私みたいな女の元へも夜這いに来る物好きはいるの。そこまで見損なわないで欲しいってもんよ。

 でも私も、いま提示された金額にはがっかりよ。恐ろしい異人の男に身を任せて、たったそれしか稼げないの? だとしたらおことと二人、唐館や蘭館に何回派遣されれば借金を返せる計算になるんだろう。

 だけどお兄さんは返事もせず、ただ片手を上げただけ。
「じゃ、まあ、次の約束のあっけん」
 それだけ言い残して、本当に慌ただしく出て行っちゃった。きっと長崎では、娘を売りたがってる者が他にも大勢いるんでしょうね。

 叔父さんは不満そうに往来まで出て見送った後、首を振りながら店の中に戻ってきた。
「あん男も忙しかね。何しろみんな、彦助に手引きしてもらいたがっとるけん」
 要するに、自分が一番評判の良い人を呼んでやったと言いたいのね。叔父さんはいい人だけど、昔から何でも恩に着せるところがあるのよ。

 ところで、私たちの両親は健在なの。一部始終が聞こえていたはずよ。
 父の土井徳兵衛は庭に面した濡れ縁で、母のおすえは奥の茶の間で、それぞれうちしおれて、がっくりと頭を垂れてる。

 この両親が甲斐性なしってことは叔父さんもよく分かってるから、もはや相手にする気もないみたいだった。ただ私たちの前にかがみ込み、叔父さんは懇々と言い含めてきたわ。
「よかね、二人とも。こいも親孝行じゃけん。ま、二、三年も辛抱すりゃ済む話じゃ。みんな口にはせんばってん、やっとう者は多かぞ。特別な話じゃなか」
 そうよね、と私はうなずいた。叔父さんの言う通りだと思うの。長崎の女として、当たり前のことと割り切って、淡々とやっていけばいいのよ。

 もちろん、私だって本当は今後のことがとても怖い。
 深い泥沼が目の前にあって、入ったら最後、溺れ死ぬのが見えているのに、さあ飛び込めって言われてる感じ。
 いくら励まされたって意味はないわよ。おこともたぶん、そうだと思う。

 この店は長崎奉行所の立山(たてやま)役所のすぐ目の前にあって、立地だけは恵まれてるから、叔父さんは手放さない方がいいって言うの。でも、じゃあ他に売れるものがあるかといったら、この家の二人の娘しかないってわけなの。
 ま、貧乏人の宿命ね。

 他に生きて行く道はないのかって? 
 さあ、どうかしら。もちろん私だって、まずはどこかのお屋敷や裕福な商家に女中奉公できないかって考えたわ。
 でも叔父さんが言うにはそれでは稼げないんですって。朝から晩までこき使われた挙句、自分が食べていくだけで精一杯なんですって。

 今は、名附(なつき)女郎ならまだいいかって思ってる。
 名附女郎って分かる?
 丸山の妓楼に名前だけ登録しておいて、普段は自宅で生活をしながら、唐人や蘭人の声がかかった時だけ彼らの元へ足を運ぶの。
 身売りした女郎より稼ぎは小さいけど、良いこともあるのよ。

 だって相手をするのが異人だけなんだもの。
 だから他人様に遊女奉公のことを知られずに済む。これは大きいわ。後で知らん顔して、お嫁に行くこともできるでしょ?

 異国船の訪れるこの町では、この手でこっそり稼ぐ娘が少なくないのよ。親に頼まれることもあれば、娘が自分から仕事を求めることもある。
 きれいな女の赤ん坊が生まれた時なんか、この子は将来一晩でいくら稼げるようになるかって話で盛り上がるものよ。

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