歌う少女
文字数 1,476文字
外は夕日が沈みかけています。
商人はまだ戻ってきません。
天の子どもはぼんやりと、火の色に染まる空と鳥と海を眺めていました。
「あの、さっきはごめんなさい」
背後で声がして、天の子どもが振り向くと、そこには見知らぬ女の子が立っていました。
「びっくりしちゃって、恥ずかしくって、何も言えなくなっちゃったのよ」
女の子は、決まり悪そうにしています。
天の子どもは、にっこり笑って言いました。
「恥ずかしいって、どうして? あんなにすばらしい歌を歌う君なのに」
天の子どもの笑顔に少しほっとして、女の子は隣に腰をおろしました。
「あなた何やっているの?」
「ここで船の見張りをしているのさ。この船の持ち主が戻ってきたら、一緒に海の向こうの国に行くんだよ」
少年は夕日の向こうにある国を指さして言いました。
「そう……いなくなっちゃうの」
女の子は少しさみしそうに言いました。
「せっかくおともだちになれると思ったのに……。私の歌をほめてくれたの、あなたが初めてなのよ」
「本当に?」
天の子どもは目を丸くします。
女の子はくすっと笑います。
「……とは言っても、人に聴かせたこともないんだけどね。いつもあそこで一人で歌っているの。声がよく響くから」
「もったいないよ。君の歌はもっとたくさんの人に聴かせるべきだ。君の歌を聴いていると、ぼくはとっても幸せな気持ちになった。きっとたくさんの人が、君の歌で幸せになるよ」
そう言いながら、天の子どもは、歌声を聞いて満たされた幸福感が、自分の中から湧き出てくるのを感じました。
「ありがとう……」
女の子は、泣きたくなるほどのうれしさと喜びをかみしめています。
「よかったら歌ってくれる? 君の歌でぼくを送り出してよ」
天の子どもの言葉に女の子はとまどいます。
「でも、私、あの倉庫の中でしか歌ったことないのよ。人に向かって歌ったこともないし……恥ずかしいわ」
「だいじょうぶ! 君ならできるよ! ぼくが最初のお客さんだ」
天の子どもはにっこりと微笑みかけます。
女の子は困ったようなうれしいような表情を浮かべてうなずきます。
女の子は、海に向かって声を出します。
風の音にかき消されないように、女の子は声を強めます。
やがて響きは波音に重なり、美しいメロディが、あかね色の海風に溶け込んで、やさしく耳に届きます。
波のリズムに同調したその歌声は、時には凪いだ海のように穏やかに、時には打ち寄せる波のように強く高らかに響きます。
それは、心の彼方まで広がり、魂を癒し、包み込むような、海の音楽そのものでした。
やがて、沈む夕日ににじむ水平線に吸い込まれるようにして、その歌声はやみました。
天の子どもは、惜しみない拍手を送ります。
女の子は、誇らしげな顔をしています。
二人は無言で微笑み合います。
お互いに満ち足りた思いでした。
「私、そろそろ帰らなきゃ」
夕闇が迫る中、女の子は言いました。
「気をつけてね。あなたに会えてよかったわ」
「ぼくもだよ。またいつか君の歌を聴かせてよ」
「またここに帰ってくる?」
「……わからない。だけど君がもっともっとたくさんの人に向けて歌うなら、ぼくのもとにも必ずその歌声は届くよ」
「私にできるかしら」
「できるさ! 君の歌声は、多くの人を幸せにする。君の歌声が届くのをぼくは楽しみにしているよ」
天の子どもの言葉に、女の子は明るく顔を輝かせます。
家に帰ろうと歩きだした女の子は、何度も何度も振り返りました。
天の子どもは、女の子にエールを送るかのように、その姿が見えなくなるまで、力いっぱい手を振り続けました。
商人はまだ戻ってきません。
天の子どもはぼんやりと、火の色に染まる空と鳥と海を眺めていました。
「あの、さっきはごめんなさい」
背後で声がして、天の子どもが振り向くと、そこには見知らぬ女の子が立っていました。
「びっくりしちゃって、恥ずかしくって、何も言えなくなっちゃったのよ」
女の子は、決まり悪そうにしています。
天の子どもは、にっこり笑って言いました。
「恥ずかしいって、どうして? あんなにすばらしい歌を歌う君なのに」
天の子どもの笑顔に少しほっとして、女の子は隣に腰をおろしました。
「あなた何やっているの?」
「ここで船の見張りをしているのさ。この船の持ち主が戻ってきたら、一緒に海の向こうの国に行くんだよ」
少年は夕日の向こうにある国を指さして言いました。
「そう……いなくなっちゃうの」
女の子は少しさみしそうに言いました。
「せっかくおともだちになれると思ったのに……。私の歌をほめてくれたの、あなたが初めてなのよ」
「本当に?」
天の子どもは目を丸くします。
女の子はくすっと笑います。
「……とは言っても、人に聴かせたこともないんだけどね。いつもあそこで一人で歌っているの。声がよく響くから」
「もったいないよ。君の歌はもっとたくさんの人に聴かせるべきだ。君の歌を聴いていると、ぼくはとっても幸せな気持ちになった。きっとたくさんの人が、君の歌で幸せになるよ」
そう言いながら、天の子どもは、歌声を聞いて満たされた幸福感が、自分の中から湧き出てくるのを感じました。
「ありがとう……」
女の子は、泣きたくなるほどのうれしさと喜びをかみしめています。
「よかったら歌ってくれる? 君の歌でぼくを送り出してよ」
天の子どもの言葉に女の子はとまどいます。
「でも、私、あの倉庫の中でしか歌ったことないのよ。人に向かって歌ったこともないし……恥ずかしいわ」
「だいじょうぶ! 君ならできるよ! ぼくが最初のお客さんだ」
天の子どもはにっこりと微笑みかけます。
女の子は困ったようなうれしいような表情を浮かべてうなずきます。
女の子は、海に向かって声を出します。
風の音にかき消されないように、女の子は声を強めます。
やがて響きは波音に重なり、美しいメロディが、あかね色の海風に溶け込んで、やさしく耳に届きます。
波のリズムに同調したその歌声は、時には凪いだ海のように穏やかに、時には打ち寄せる波のように強く高らかに響きます。
それは、心の彼方まで広がり、魂を癒し、包み込むような、海の音楽そのものでした。
やがて、沈む夕日ににじむ水平線に吸い込まれるようにして、その歌声はやみました。
天の子どもは、惜しみない拍手を送ります。
女の子は、誇らしげな顔をしています。
二人は無言で微笑み合います。
お互いに満ち足りた思いでした。
「私、そろそろ帰らなきゃ」
夕闇が迫る中、女の子は言いました。
「気をつけてね。あなたに会えてよかったわ」
「ぼくもだよ。またいつか君の歌を聴かせてよ」
「またここに帰ってくる?」
「……わからない。だけど君がもっともっとたくさんの人に向けて歌うなら、ぼくのもとにも必ずその歌声は届くよ」
「私にできるかしら」
「できるさ! 君の歌声は、多くの人を幸せにする。君の歌声が届くのをぼくは楽しみにしているよ」
天の子どもの言葉に、女の子は明るく顔を輝かせます。
家に帰ろうと歩きだした女の子は、何度も何度も振り返りました。
天の子どもは、女の子にエールを送るかのように、その姿が見えなくなるまで、力いっぱい手を振り続けました。