第9話 易者と五郎

エピソード文字数 1,441文字



「よし、それじゃ頼むよ。名前は……?」
「菅原文太郎と言います」
「ほ、菅原道真公の血筋のものかい。そりゃ楽しみだな」
 菅原は、手付金としてある金額を口にした。たいへんな額だったが、五郎はぐっとこらえた。この仕事をやり遂げれば、親分の権三から、巨大なカネが獲得出来るはず。その前金も受け取っている。いまさらやめられない。

「それじゃ、菅原さんとやら。よろしく頼むぜ」
 ということで、易者の菅原が、五郎の味方につくことになった。


 こちらの事情を、すべて説明しおえた五郎は、相手のことも知りたくなった。そこで、易者菅原の先祖の話を聞いた。
「菅原さん、ご先祖様はやっぱり道真公っすかね? 嵐を呼んだり、祟ったりするっすか?」
 五郎は、ご機嫌取りで満ちた顔になっている。両手をもみしだき、腰を下げ、頭をあげて、目は細くなっていた。菅原のほうは、ちょっと困ったようだった。

「わたしは傍系です。道真公ほど力はありません。もし力が充分にあったら、いまごろは帝のもとで働いてます」
「そりゃそーか、いや、違う! 違いますよ菅原さん! 才能は、生まれで決まるもんじゃねえ。福沢諭吉も、『天は人の上に人をつくらず』って言ってますぜ」

 五郎が、肩を落とす菅原の背中をボンボンたたいて激励した。菅原は、ゲホゲホ言いながら苦笑いをしている。
「そうですな。わたしも、ずっと易者で終わるつもりはないんです。いつか、一流の陰陽師になって、華族のみなさんとも付き合えるようになるのが目標なんですよ」
「華族さまか! そりゃいいな!」

 五郎は、のけぞって笑った。春とは言え、夏の海のような、爽やかな笑い声である。五郎は自分がチンピラに過ぎないことを、忘れきっていた。
「あんたが華族さまに呼ばれるようになったら、オレも誘ってくれよな! その頃には、オレだって一流のワルになってるはずだ」
「そうですかな」
 菅原は、少し顔を曇らせる。

「わたしは、自分の将来は占えないのです。しかし、あなたの将来には、暗雲が垂れ込めている。わたしに、それを祓う器量があればよいのですが」
「ふん! 貧乏長屋の落ちこぼれ四人なんて、チョロイもんだぜ」
 五郎は、小石を蹴飛ばした。カツンと脇道に小石が当たる。

「立ち退きを急いでおられるみたいですが、いつまでに追い出すんですか?」
 菅原は、小さな白い人形和紙を取り出している。五郎は好奇心を見せないように目の端でチラチラ見ながら、
「権三さんは、三日以内で頼むって言ってる。なんだか書類審査がどうとかって言ってたが、オレにはよくわかんねえ。だが、こんんなしくじりをしちまった以上は、今日の内に出て行ってもらわねばな。でなけりゃ、オレのメンツが立たねえ」

 五郎はギラギラ目を光らせた。
「長屋を潰して、ホテルを建てるそうですな。反対意見もあるそうですが」
 菅原の言葉に、先を歩いていた五郎はクルリと向き直った。
「反対するとは、いい度胸だな?」

「式神の報告では、アメリカ人の中に、この辺の街並みを保存してはどうか、という意見があるそうで――」
「毛唐の言うことなんか、マトモにとるな!」
 五郎は、ツバを飛ばしてつっかかった。
「あいつらは、なにもわかっちゃいねーんだよ!」

「わたしはただ、客観的事実を言ったまでのことです。お気に障ったなら申し訳ない」
 菅原は、丁寧に礼をした。五郎は鼻でいなすと、足を踏みならして先へと進んだ。
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