第14話

文字数 1,840文字

 これまで色々な人と付き合ってきた。付き合い初めは互いに愛情を注ぎ与え合え、良い関係を築けるが、段々と「こんな、何もできずどうしようもない私は嫌われてしまうのではないか」と急に覚めてしまうことがほとんどだった。友人関係も似たようなものだった。
 相手が望んでもないのに尽くし過ぎてしまう。分かっていても尽くしてしまう。だって私が生きて、存在しても良いと相手に思わせなければ相手は離れて行ってしまうような気がするからだ。
 けどこれは、相手のためのように思えて相手のためなんかじゃない。
 パートナーに尽くして自己満足し、ご機嫌を取る。すなわちパートナーを支配できている自分に酔狂しているだけなのだと気が付いた。
 パートナーとて他人だ。敬い、尊重すべき1人の人間なのだ。考えてることなんて完璧に理解できる訳がないのに理解した気になっている。
 自分のことすら上手く考えることができないのに。傲慢な自己満足にも程がある。
 

 母親の機嫌を取って自分の居場所を確約してきたと思い込んだ私は、パートナーとの人間関係にもかなり影響を受けていた。パートナーが私だけを見てくれないと嫌だった。
 激しく不安になるのだ。誰かとは話して笑顔になるパートナーを見るだけで、「こんな私は捨てられてしまうのではないか。」「陰湿で出来損ないの私はいつか相手にされなくなってしまうのではないか。」と激しく自己嫌悪に陥る。
 相手が私のことをどう思っているのか決めつけて勝手に不安になる。こんな身勝手でおこがましい考えを押し付けたほうが嫌われるとは露ほども思わなかった。
 自分のそばから人が離れるのが何より恐ろしく、怖いのだ。
 そのうち自分から離れてしまう。嫌われるくらいなら自分から嫌ってしまおう。相手の嫌なところが目について、束縛し、相手の気持ちは嫌でも離れてゆく。またやってしまった、だから私はダメなんだと更に自己嫌悪に浸る。この繰り返しだった。
 

 このままではいけないと、人との付き合いを変えた。
 尽くすことを、勇気を出して止めた。自分を貶める人に無理やり笑顔を見せるのを止めた。私のことを大事にして、私を大事にしない人との関係は全て断ち切った。
 相手が笑顔であれば私も幸せになる。幸せそうな私を見て、相手も幸せになる。そんな循環が成り立つのが親愛なのだ。
 
 家族という縛りを自ら背負わなくなった。心の中で家族を捨てた。母親への愛を全て自分に向けた。自分を見つめなおし、母親への未練を断ち切った。「毒親」という言葉を初めて知った。
 マインドフルネスという心理療法も調べて自分なりにやってみた。
 人との付き合い方とともに「私」との付き合い方も変えた。私自身を好きになる努力をした。「産んでくれた母親のことを嫌いになるなんて私は普通じゃない」と初めは苦しかったが、母親ではなくひとりの人間として客観的に見てみた。友達や知り合いにもしいたら、目の届かないところで勝手に騒いで勝手にいなくなっちまえと思えるくらいに心から排除できた。赦すとか赦さないとか以前に、まるで興味がなくなった。

 私の人生の中で「母親」「家族」という存在はどうでもよくなっていた。私の世界からいなくなったのはたくさんあったけど、その世界には私のことを愛してくれる存在だけが残った。その世界はすごくあたたかくて、穏やかだった。戸籍を抜け、ひとりの戸籍が出来上がったときは心の中でポロっと何かが落ちて軽くなった。


 真っ白な世界にいた。大切な人やモノや好きな音楽に囲まれていた。
 地平線が見え、目の前には輝く道があった。
 まだ見えぬ、知らぬ世界が続くのだろうが、私の心は大らかで満ちあふれていた。
 気が付いたらうたた寝していた。頬に涙が伝っていた。


 人間は変われる。相手の性格を直す前に自分を変えろとはよく言う。
 自分の性格を変えるには自分が変わる努力をしなければいけない。他人にその努力を放棄してしまっては、自分の性格なんて一生変わらない。
 もし、変わる努力を怠れば、無邪気に他人にその努力と苦労を擦り付け、嫌なことがあると途端に機嫌を損ねて全て他人のせいにするだろう。そうして赤子のように、誰かが自分の機嫌を取ってくれるのを待つしかない愚かな人間となり生涯を朽ち果てる。
 人間は不運に見舞われながらも自己で打開策を立て、性格をも変われる。一方で、不運を嘆き何も生まず、そのまま変わる気のない母親のような者もいる。

どちらの道に歩んでいけるかは己のみが知る。
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