3 ✿ 外国人でも着やすい浴衣

文字数 2,213文字



 咲良さんと帯刀家を出て、電車にゆられ十五分。
 老舗菓子店や骨董屋が並ぶ、古い町並みの一角に、そのお店はあった。

着物ですか!」

 美しい帯や、艶やかで繊細な柄の生地に目を奪われる。

「咲良さん、いらっしゃい」
 紺色の着物を召した女性店主が、お店の裏から出てきた。

「こんにちは」
 店主がていねいに挨拶してくださったので、私もそれに倣った。

この方に合う浴衣を探しているのですが…」
「この方って…えええっ、私!? 浴衣!?」

 私は吃驚して、咲良さんへ振り返る。

帯刀家(うち)から、マリーちゃんにプレゼント」
「そ、そんな…」
「好きなのを選んで。日本の思い出に。ね?」

 私は遠慮した。けれども咲良さんは「選んでほしい」と言う。

「でも咲良さん…私…。せっかくですが、一人で着られる自信がありません

「それなら、二部式にしたらどうでしょう」

二部式?
 店主の提案に、首をかしげた。

「浴衣の上と下が分かれているんです。浴衣の下がスカートのようになっていると考えたらイメージしやすいですね」

「スカートのような浴衣。なるほどです!」

「従来の浴衣より着やすく、着くずれしにくいんです。上下で分かれている部分を帯で隠せば、普通の浴衣と見た目に変わりはありません」

「そんな便利な浴衣があるんですか」

「はい。ご用意していますよ」

 店主は、私の身長に合う二部式の着物を出してきた。
 桜や、朝顔、鶴などの華やかで上品な柄だ。

「どれも美しくて、迷ってしまいます」
「この薔薇色の浴衣は、どうでしょうか」
「まあ! 素晴らしい色合いですね」

 薔薇色のそれを、試着してみた。

「すごく似合ってるよ、マリーちゃん」

「はい…こんなに自分に合うとは…。ありがとうございます。着物っていいですね。背中が真っ直ぐになります。それにすずしい。これ、とってもいいです」

「それにいたしますか」

 私は「はい」と、うなずいた。


  ✿  ❀  ✿  ❀  ✿


 浴衣の入った袋を提げて、咲良さんとお店を出る。

「ありがとうございます、咲良さん。大事に着ますね」

「喜んでもらって良かった。花火大会に行けなくて残念がっていたから、浴衣だけでもお土産にと思って」

「これで飛行機にのって、空から花火を鑑賞したらダメですかね」

「風流でいいんじゃないかな」

 我ながらいいアイディアだと思う。

「咲良さんは、どなたかと花火大会へ行くのですか?」
「うん。ジョンと…行きたいな、って」

 咲良さんは真っ赤になっていた。
 ジョンさんも先日、日本へやってきたのだ。
 彼は今、帯刀家にお泊りしている。元々、休暇で日本へ遊びに来る予定を立てていたそうだ。けれども仕事で少し早めに来日し、事件の解決後、そのまま休暇に入った。

「せっかくだし、いっしょに花火大会に…。私から誘ってみたの」

 お二人がどのような関係かは知っている。
 シンガポールの事件で二人に会い、いっしょにいる様子を見て仲を察した。
 ラルフにいさんに「恋人ではないか」とたずねたところ「その通りだ」とこっそり教えてくれた。

「どのくらいお付き合いしているか、お聞きしても?」
「まだ三ヵ月…かな」
「さんっ!?」
 意外に、最近のことのようだ。

「でもジョンさんと咲良さん……シンガポールと日本じゃ、めったに会えませんよね。もしかしなくても、キスもまだなのでは?」

 …ああ、私のばか。
 咲良さんの困った顔を見て、自分のほおをペシッとたたく。

セクハラ、すみません

 私はその場で謝った。
 咲良さんはふるふると首を横に振る。

「キスか。まだハードルが高そうだけど…。いつか、で、できるかな。自分からキスとか」

 咲良さんは、真っ赤になった。

「そこは…まずはジョンさんに任せてはどうでしょうか」
「なるほど」
「受け身でいいと思います。自分から働きかけるのも大事だとは思いますが…」

 答えにいまいち自信がない。
 自分だって、恋愛経験ゼロなのだ。

「自分から行動かぁ。ちょっと苦手かもしれない」
 咲良はぼんやりと宙を見つめる。

「恋愛じゃなくてもね、そんなことしたら相手が〝イヤじゃないかな〟って考えると、したいことや、して欲しいことも…なぜか言えないの。たぶん自分に自信がないんだと思う」

自信を持っていいと思います」
 するりと言葉が口から出ていた。

「相手がいやな気持ちにならないか考えられるのは、咲良さんがお優しいからです。私はそういう咲良さん、好きですもの」

 ジョンさんが、咲良さんを好きになった理由が分かる。
 彼女は、人の心の痛みに敏感なのだ。
 それゆえに真に優しい。

嫌いになんかなりません。あなたは素晴らしい人です。自信を持ってください

 咲良さんは目をしばたき、

「ありがとう、マリーちゃん」

 微笑む咲良さんの横顔に見とれた。
 綺麗な人だな、って。
 彼女の素直さ、優しさ、これはすべて生まれ持った性質なのだろうか。
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登場人物紹介

マリー・ローゼンクランツ


 絵画修復士を目指す少女。

 事件に巻き込まれ、傷心旅行で日本へやってきた。

(事件の詳細は、前作:ローゼンクランツの王 を参照)

守部 良治 (もりべ・りょうじ)


 高校二年生。球児。

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