プロット

文字数 3,630文字

【起】
 舞台は、首都から車で2時間ほどの距離にある地方都市。
 (ひいらぎ)留美瀬(るみせ)は、中学3年生にして大人びた性格の女の子。一方母は、幼児向け教育番組『おほしさま座へようこそ!』のMC、ゆめみおにいさんの大ファン。かじりつくようにテレビを見ている母に呆れつつ、留美瀬(るみせ)もその番組を眺める。
 エンディングで流れる出演者紹介のテロップに、「操演:こがひとひ」の文字があるのに気づいた留美瀬(るみせ)は、驚く。なぜなら、5歳年上の幼なじみの男の子、古賀(こが)仁飛(ひとひ)と同じ名前だったからだ。

 留美瀬(るみせ)は、仁飛(ひとひ)に関して苦い思い出がある。留美瀬(るみせ)が小学5年生、仁飛(ひとひ)が高校1年生の頃だ。あること(:学童クラブで下級生とおままごと遊びをするのが好き、と学校のクラスメイトに話したら、「小5でおままごとはヤバい!」と笑い話として受け取られたこと)をきっかけに、自分の子どもっぽい部分と決別することにした留美瀬(るみせ)。それにもかかわらず、仁飛(ひとひ)に「ありのままのルミちゃんでいいのに」と言われたのだ。変わりたいと思う気持ちに水を刺された留美瀬(るみせ)は、「いいわけないじゃん!」と激高してその場を去った。それ以来1度も仁飛(ひとひ)と会っていない。
 おととしの春。高校を卒業した仁飛(ひとひ)が、俳優になる夢のために上京することを母から聞いた。容姿端麗な仁飛(ひとひ)にはぴったりの夢だと話す両親。留美瀬(るみせ)は、仁飛(ひとひ)が俳優を目指していたことなど知らなかった。

 着ぐるみキャラクターを動かしている「こがひとひ」。もしかしたらひーくん――古賀(こが)仁飛(ひとひ)なのではないか。思わず浮かんだこの考えを、すぐに否定する留美瀬(るみせ)。同姓同名なだけできっと別人。俳優志望の仁飛(ひとひ)が着ぐるみのなかでダンスしてるとか、意味不明だし。いつものあたしらしくもない――。
 落ち着こうとするが、万が一の可能性が頭から離れない。昨日終業式があった留美瀬(るみせ)。夏休みが終わるまで、ちょうど昼食どきに放送される『おほしさま座へようこそ!』を、毎日目にすることになる。そのたびに、切り捨てた過去の象徴といえる幼なじみの存在を思い出してしまうことになるのだ。このままでは、「いつもクールな(ひいらぎ)留美瀬(るみせ)」像を保つことができそうにない。そこでいっそ、「こがひとひ」が幼なじみでない証拠を自分で見つけてすっきりしてしまおうと、調査を始めることにした。


【承】
 まずはデータ収集。スマホで仁飛(ひとひ)の名前を検索してみる。しかし、俳優事務所や劇団に所属している証拠はつかめなかった。この際、「操演」をする人が別名「着ぐるみアクター」と呼ばれ、俳優の一種だということを知る。
 次は観察。着ぐるみの動きに注目して、仁飛(ひとひ)と別人だという確信を得るのだ。
 例の教育番組『おほしさま座へようこそ!』の舞台は、劇場「おほしさま座」。座長のゆめみおにいさんと一緒に、3体のキャラクター:うさぎの男の子ピスカ、ライオンの女の子ボーラ、ロボットのスクルが歌や踊りを披露する音楽番組だ。留美瀬(るみせ)は、「こがひとひ」が操演を担当しているスクルの一挙一動を監視するように見つめる日々を過ごす。
 しかしそのうち、留美瀬(るみせ)のまなざしは鋭さを失っていく。毎日じっくりと観察しているうちに、留美瀬(るみせ)はスクルに愛着を抱くようになったのだ。ロボットなりの方法で感情を学習し、歌や踊りの表現に生かしていくスクルの成長に目が離せない留美瀬(るみせ)。だが、幼児向け番組のキャラクターに夢中になるなど、大人らしくありたい留美瀬(るみせ)にとってはありえないことだ。そのため、あくまで「こがひとひ」に仁飛らしい動きがないことを確認しているだけだと言い聞かせることで、スクルのために『おほしさま座へようこそ!』を見続けることを正当化する。

 ある日留美瀬(るみせ)は、買いすぎたと言う母からスクルのキーホルダーを分けてもらう。ためらった末、それをカバンにつけて塾の夏期講習へ行くことにする。
 「柊さん、それ……」塾の教室に着くと、クラスメイトの女子2人組から話しかけられた。いつもはあいさつ程度しか交わさない2人だ。彼女らの目線は、留美瀬(るみせ)のカバンについたスクルのキーホルダーに注がれている。どきりとする留美瀬(るみせ)。子どもっぽい趣味を理解してもらえなかった、小学5年生のときのトラウマを思い出したのだ。また同じことになることを恐れ、体裁を繕おうと口を開く。キーホルダーをくれたお母さんへの義理でつけてるだけ。あたしが好きなわけじゃないって、言わなきゃ――。
 だが、それより先に聞こえてきた言葉は「かわいー!」。「ギャップ萌え」として受け入れてもらえたのだった。
 スクルのおかげで新しい友だちができたこの日。留美瀬(るみせ)は、これからは自分の気持ちに正直でありたいと思うようになる。


【転】
 スクルを好きだという気持ちを素直に認められるようになった留美瀬(るみせ)。それからは、『おほしさま座へようこそ!』を母と一緒に楽しむようになったり、友だちと出かけたり、もちろん高校受験の勉強にもいそしんだり。充実した夏休みが過ぎていく。

 ある日の夕方。留美瀬(るみせ)が塾から帰ると、母が落ち込んでいる。原因は、『おほしさま座へようこそ!』MCのゆめみおにいさんが、胃潰瘍(いかいよう)で入院するというネットニュースだった。ゆめみおにいさんが復帰できるまで、番組はしばらく再放送でまかなうという。
 それと、さらに留美瀬(るみせ)を驚かせた話題がもう1つ。上京してからの2年間1度も地元に帰ることのなかった仁飛(ひとひ)が、近いうちに古賀(こが)家に帰省することになったのだ。
 ゆめみおにいさんが入院している間は番組の収録がないことと、仁飛(ひとひ)のこのタイミングでの長期休暇。無関係なはずがなかった。留美瀬(るみせ)は、スクルの着ぐるみを操演する「こがひとひ」が、幼なじみの仁飛(ひとひ)だということを確信する。
 しかし今の留美瀬(るみせ)には、「こがひとひ」の正体よりも、仁飛(ひとひ)が帰ってくるということのほうが重要な話題なのだった。幼児向け番組のキャラクターを好きだという気持ち――今までの留美瀬(るみせ)だったら、留美瀬(るみせ)の目指すキャラに合わないとして認められないでいた気持ち。それを自分の一部として大切にできるようになった今、かつて切り捨てた過去を取り戻したいと思うようになったのだ。留美瀬(るみせ)は、疎遠になってしまった仁飛(ひとひ)と仲直りをしようと、勇気を出して連絡を取ることにする。


【結】
 仁飛(ひとひ)からの返信をうけ、小学5年生のとき以来4年ぶりに仁飛(ひとひ)と会うことになった留美瀬(るみせ)。待ち合わせ場所の公園へと向かう。その手には、おまもりとしてスクルのキーホルダーがにぎられている。
 久しぶりに会った仁飛(ひとひ)は、留美瀬(るみせ)が連絡してくれたことを喜び、昔と変わらず気さくにふるまってくれる。しかし留美瀬(るみせ)は、仁飛(ひとひ)を避けてしまっていた罪悪感にけおされ、緊張して本題に入ることができない。勇気をもらおうと、手に持ったスクルのキーホルダーを胸の前でにぎりなおす留美瀬(るみせ)。そのとき、仁飛(ひとひ)がぎょっとした顔で留美瀬(るみせ)の手元を見てきた。留美瀬(るみせ)の持っている人形が、自分の操演しているキャラクターのスクルだと気づいたのだった。
 仁飛の職業に気づいて、それを暴くために会いに来たのだとかん違いされてはたまらない。動揺する仁飛(ひとひ)のおかしさに緊張がほぐれた留美瀬(るみせ)は、仁飛(ひとひ)を拒絶してしまった4年前の出来事を謝る。そして、「あたし、昔みたいなかわいげはなくなっちゃったけど、これからまた仲よくしてくれる?」ちょっぴり不安になって聞いてみる。かつて切り捨てた、そしてこの夏取り戻した、子どもらしい自分。それだけではなく、この4年間で努力して獲得した大人びた自分も、今や留美瀬(るみせ)の大切な一部となっていたからだ。仁飛(ひとひ)の答えは、「もちろん。ぼくはずっと、ありのままのルミちゃんでいてほしいと思ってるんだよ」。4年前と同じ、「ありのままのルミちゃん」を望む言葉だった。これを聞いて留美瀬(るみせ)は、当時の仁飛(ひとひ)の言葉を取り違えていたことに気づく。今までずっと、子どもは子どもらしくいるようにと、留美瀬(るみせ)を引きとめる言葉だと思っていた。そうではなく、人の目を気にして心に蓋をしてしまう留美瀬(るみせ)を心配した言葉なのだった。
 スクルを好きになったことで見つけた、自分の心に正直でいたいという思い。その思いに気づくきっかけは、仁飛(ひとひ)の言葉のなかにすでにあったのだ。留美瀬(るみせ)はここで初めて、スクルと仁飛(ひとひ)のイメージがぴったりと重なったような感覚を覚えた。

 こうして、離れてしまっていた留美瀬(るみせ)仁飛(ひとひ)は、幼なじみの距離感に戻ることができた。その後も留美瀬(るみせ)は、スクルの操演者「こがひとひ」が仁飛(ひとひ)だと気づいたことは本人には言わないまま(留美瀬(るみせ)なりの「大人の対応」)、テレビ越しのスクルから元気をもらっている。
 の、だったが……。
 母に、『おほしさま座へようこそ!』のキャラクターグリーティングに誘われた留美瀬(るみせ)。二つ返事で承諾したあとに、気づく。仁飛(ひとひ)がなかに入っていることを知りながら、スクルの着ぐるみと触れあうことになるのだと。――幼なじみの外側が好きなキャラクターなのって、やりづらいかも!
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