目覚まし時計の証明④

文字数 2,315文字

   ☆★☆★☆

「あのさ」
「なに?」
「もしかして、それを言いたくて、熱弁振るってたの?」
「まあ、そうね」
「レポートの話とか、そういうんじゃなくて?」
「レポート? ……ああ」
「ああ、って」
「だって、あなたが信じてくれないんだもの」
「いや、だからって、真実や事実がどうのこうのって持ち出してまで……」
「負けず嫌いなのよ」
「そういう問題か?」
「ともかく、これで納得してもらえた? 目覚ましは鳴ってなかったの」
「いや、納得しろって方が無理なよーな」
「なんでよ。私、何か間違ったこと言った?」
「ていうか、目覚まし時計と真実の概念を同列に扱おうという根性が凄い」
「褒め言葉と受け取っておくわ」
「つうかさ、あのね、そもそも哲学を道具にして論理を展開するってところが間違ってはいやしないかと」
「なんで?」
「だって哲学だし」
「なに? するとあなたは、哲学なんて無意味で無駄で生ゴミ以下だとでも言うワケ?」
「いや、そんなこと言ってないでしょ。ただ、えっと……」
「科学的じゃない?」
「いや、さ……」
「学問はその垣根を取り払われて、互いに融合していくべきじゃないかしら」
「いや、なんでもかんでも融合するのはマズイだろ。数学と文学を融合したりしたらエラいことになるし」
「なんでよ」
「このベクトルの気持ちを述べよ、とか。作者の考えを数式で示せ、とか。なんかマズくない?」
「いいんじゃないの?」
「なんか、オレは君の度量の広さにはついてけなさそうだよ」
「ともかく、私は目覚ましが鳴ってなかったことさえ承知してもらえれば、それでいいの。それに命かけてるの」
「なんか、微妙な人生送ってるんだね……」
「まあ。……で? 異存はない?」
「異存っていうかさ」
「なに?」
「あのさ、木の話、あったよな?」
「ええ」
「林檎が落ちたけど、誰も聞いてないから、その音は存在してない、ってことだったっしょ?」
「そうね」
「木が聞いてるじゃんか」
「……はい?」
「木が。木が音を聞いてるよ」
「だって、木って植物じゃない」
「植物だって音を聞くだろう?」
「植物に聴覚はないでしょ?」
「だって、前に読んだことあるよ。なんか、二つの植物を用意してね、片方には音楽を聴かせておいて、もう片方はなんもしないで育てんの。勿論、他の条件は同じでね。そうすっと、音楽を聴いてる方が、成長が早いんだってさ」
「それ、本当?」
「うん。だから植物を育てる時、声をかけながら育てるといい、とかよく言うじゃない」
「……知らなかったわ」
「で、その木が音を聞いてるんだったら、林檎の音も存在していたってことにならない? まさか、人間限定とか言わないよな? 人間しか真実を知り得ない、とか言わねぇだろ?」
「それは、言わないけど……」
「じゃ、やっぱ音はあるんだよ。な?」
「……」
「お認めいただけましたか?」
「確かにその場合はそうかもしれないけど。でも、私の部屋には木も花も置いてないもの」
「なんも?」
「なにも」
「……」
「……」
「部屋を見せていただきましょうか」
「なにか邪なこと考えてるんじゃない?」
「そんなことないよ。確認するだけさ。よっと」
「あ、こら。ちょっと待ってよ」
「開けていい?」
「……いいけど」
「それじゃ、開けゴマー、っと」
「……ださ」
「……こりゃ見事に散らかっていませんか?」
「それほどでもないわよ」
「いやいやご謙遜を」
「いつもはこんなでもないの」
「ほうほうそれはそれは、とんだ偶然で」
「植物、無いでしょ?」
「んー。ちょっと探ってみないとわかりませんなー」
「変態」
「あ、なんだよ、ひっでぇなあ。家宅捜索だよ家宅捜索」
「無いって言ってるでしょ」
「んー、っと」
「あんまりいじらないでよ」
「これ以上散らからないよ。痛て、やめろって。……これは?」
「もう枯れてるわ」
「……これ、いつの?」
「記憶に無いわ」
「ったく。捨てろよな、だらしない」
「あなたに言われるなんて……」
「他には……特になさそうだな」
「それが最初で最後だったんだもの。友達に貰って育て始めたんだけど、すぐ枯らしちゃって。自信なくしたの」
「……パイプのベッドに、木製のテーブル。椅子はプラスチックで……本棚。これも木製」
「テーブルや本棚の木は、当然ながらもう死んでるから、音は聞けないわよ」
「ふむ……引出しの中は、見ていい? ……なんだよ、睨むなよ」
「プライバシーの侵害」
「はいはい。でも、どうしよっかな、役に立ちそうなのが見当たらない」
「でしょ?」
「目覚ましが鳴った時に、虫でもいたらそいつが証拠になるんだろうけど、わかんねぇしなあ」
「……虫も?」
「止まってる虫の側で大きな音出したら、驚いて逃げ出すじゃん? 音を聞いてるからじゃない?」
「……」
「さすがに微生物とかバクテリアとかミトコンドリアまで話広げないから安心していいすよ。つうか、聴覚持ってるかどうか知んねぇし」
「……なんだか、あなたも相当粘着ね」
「はははそんな、君ほどじゃないですって」
「粘着」
「ねぇ、目覚ましさ、音漏れはしないわけ?」
「音漏れ?」
「目覚ましの音。部屋の外に漏れたりしてたらさ、聞く人は君以外にもいるわけじゃない。隣の部屋まで音が聞こえてた、とかさ」
「ここ、防音設備はいいもの」
「でも目覚ましの音だぜ?」
「聞いたでしょ? そんなに大きい音じゃないわ」
「どうだろうねぇ」
「……調べてみましょうよ」
「……へ?」
「外に出て、調べてみましょうよ。はっきりしないのは嫌なの」
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