同期会

文字数 4,038文字

 一週間の出張から帰るとアパートの郵便受けには、中学の時の同期会の開催の往復はがきが届いていた。勿論他にも色々な郵便物が溜まっていたのだが、目を引くようなものはそれだけだった。
 俺の名は早瀬顕、今年で満三十になった。同級生の中には結婚をして子供が居る者もいる。と言うより子供が居る方が多い。やりとりしてる年賀状でそれが判る。まあ、正直言って、年賀状のやり取りだけの同級生の子供には興味は湧かない。『ああそうか』と思うのがせいぜいだ。
 中学の同窓会というより同期会は卒業してから五年ごとに行われている。十五で卒業して二十歳の時に第一回が行われた。この時はかなりの人数が集まった。卒業生二百名のうち半分は集まったと思う。だから会場も何処かのホテルで行われた。俺も参加したが体調不良だったので二次会には参加しなかった。この頃は大学生だった事もあり中学の仲の良い奴とは頻繁に逢っていたからだ。だから二次会に参加出来ないのは、それほど惜しいとは考えなかった。
 その次は二十五歳の時だった。この時俺は仕事の都合参加出来なかった。東京近郊の中堅都市に生まれ育った俺はこの頃実家を出て都内に住居を構えた。今の部屋がそれだ。新しい住所を連絡してなかった事もあるが、基本的に参加出来ない日程だったのだ。
 そんな事もあり今年は参加するつもりでいた。それは佳子が参加すると聞いたからだ。佳子、結婚してなければ相田佳子。彼女とは小学校、中学とも同じだったが一度も同じクラスになった事はなかった。それなのに未だに何故覚えているのかと言うと、彼女とは中学の時に通っていた英語の塾が同じだったからだ。そこは近所に住んでいた某高校の英語教師の人が定年で辞めてから開いた塾でアットホームな感じが売りだった。ちなみに、その高校はかなり有名な進学校で、多くの卒業者がT大に入学している。
 そこで中学一年と二年の時に同じクラスになったのだ。澄ましていれば、かなりの器量良しだったが、かなり活発な子で確か記憶ではバスケット部に入っていた。それほど背が高くは無いが機敏な動きを認められていたみたいだ。
 塾で勉強しているうちに、彼女から絡まれる事が次第に多くなって来た。つまらぬ事で絡んで来るのだ。やれ『わたしのことを変な目で見ている』とか『着ている服のセンスが悪い』とか、あるいは『おかしな顔をしてる』とか切りが無かった。そして、それは次第にエスカレートして行った。
 当時の俺は気が弱く言い返せなく、返しても口では叶わず、(今でもそれは変わらないが)イビられて悔し涙を流した事も一度や二度ではなかった。
 そんな関係が続いていたが、三年に進級する時に変化が起きた。三年では成績によって上級クラスと中級クラスに別れる事になったのだ。それは塾に来る生徒の数が多くなり、人数を分けなければならなくなったのも理由だった。
 そんな事が決まって二年生の授業も終わりに近づいた三月の初めだった。授業が終わって塾の表に出ようとしたら佳子が
「早瀬君、今日の掃除当番はわたしと山田君なんだけど、山田君が休みだから悪いけど掃除手伝ってくれる? 今日のメンバーで頼めるの早瀬君しか居ないから」
 塾では当番制で授業が終わったら教室を簡単に掃除する事になっている。他の塾では清掃の会社に頼んだりしているのだが、ここは塾生が交代で掃除するのだ。その分授業料が安くなっている。
「ああいいよ」
 俺はそう言って、柄の長い箒を持って床を掃き始めた。
「ごめんね」
「別にいいよ。でも今日はなんか何時もと違うな」
 俺の何気なく言った言葉に佳子が反応した。彼女はモップを持って俺が掃いた後を乾拭きしている。モップには薬が染み込んでいて乾拭きするだけで床に艶が出るのだ。
「あのね。もし、仮に、わたしが早瀬君の事を好きだと言ったら、どうする?」
 あまりの事に思わず佳子の目を見てしまった。嘘や何時ものからかいの目ではなかった。似たようなセリフで騙されたことがあった。
「無いね。そんなことは無いよ。だから答えられない」
 それで終わるかと思っていたら
「じゃあ、仮にが無かったらどう?」
 こいつは何を言っているのかと思った。佳子は先日バスケット部のキャプテンになった。部のエースだ。背はそれほど高くは無いが機敏な動きと高いジャンプで地域でも注目されている選手だ。それに元からの器量良しに加わって、カワイイとの評判も立って来て今では他校からも佳子の練習風景を見ようと男子生徒がやって来るほどになっていた。
「三年になったらクラスが別れちゃう。早瀬君は上級クラスだし。わたしは勉強出来ないから中級だし。学校でもクラスが違うから逢う機会は無いし、だから思い切って言ったの。わたしの本当の心なの。ずっと好きだったの!」
 余りの襲撃に箒が手から滑り落ちた。カランと言う音が夜の教室に響く
「好きで好きで堪らなくて、わたしの方を振り向いて欲しくて、色々な事を言ったりやったりしたのも、全て振り向いて欲しかったからなの」
 それを聴いて中学の二年間の事は納得が行った。でもそれで何もかも上手く行くとは言えない。いきなりこんな告白されても、こっちの心の整理がつかない。
「ごめん。急に言われても今は返事出来ないよ。少し待ってくれる?」
「うん。判った」
 その日はそれで終わった。でも俺は残りの二回の授業は欠席した。三年になってから再び行くようになった。佳子とも塾では逢う事もなかった。そのうち彼女が塾を辞めた事を知った。俺が返事から逃げていたせいだろうか? 
 あれ以来、あの時のことを思うと心の隅が疼く。あの時俺がちゃんと返事をしていれば交際したのだろうか? それは判らない。だが俺は今持って彼女が居ない。それだけは避けられたのかも知れないとは時々思う。
 二十歳の時の同期会には佳子は来なかった。二十五の時は俺が参加出来なかった。今度は佳子も来るのだろうか? 来ればあの時の事を謝りたいと考えていた。それとも、もう忘れているだろうか……。
 三連休の初日、俺は地元に最近出来たホテルに向かっていた。今日が同期会の日なのだ。今回は地元で行われるので結構参加者が多いと幹事の一人の友人が語っていた。ホテルに入り受付で名前を書いて会費を払う。受付に座っていた女子を見て驚いた。佳子だった。
「あ、早瀬君」
 大きな目で俺を見つめている。大人になった佳子は本当に綺麗だった。これなら、もう結婚していると思った。
「ひさしぶり。元気だった?」
「うん、元気」
 佳子はそう言うと受付をもう一人に頼んだ。
「ねえ、少しお願いね」
 そう言って俺の服の裾を摘んで
「始まるまで未だ時間があるから、二人だけで話出来ない?」
 佳子がその気なら俺にも異存は無かった。
「ああ良いよ俺も話したい事があったんだ」
 俺と佳子は同期会の会場の下の階にある喫茶店に入った。お互いコーヒーを頼む
「久しぶりね。今日あなたが来ると言うので由美子に言って受付を手伝わせて貰う事にしたの」
 由美子とは先ほど受付に座っていた相方だった。俺は先に謝ることにした
「あの時返事もせずに逃げていてゴメン」
 俺の言葉を聴いた佳子は
「わたし、ずっと待っていたの。でも何時までも待っても返事くれないから、振られたんだと思った。あれだけ虐めていた相手から急に告白されても、いい返事なんか出来ないと判ったの」
「高校は何処行ったの?」
「向陽学園よバスケ入学」
 向陽学園はバスケでは有名な学校で全国大会でも優勝している。
「二年生の時からレギュラーになって優勝は出来なかったけど全国大会でベスト四まで行ったのが思い出かな」
「その後は?」
「立志館という大学が呼んでくれたからお世話になったわ。大学でもそこそこやれたかな」
「凄いね。俺は地元の高校から東京の大学に行き、電気関係の会社に就職して今に至ってるよ」
「大学卒業してからね。アメリカに渡った友達から、アメリカでバスケに詳しい人を欲しがってる。って言うので昨年までアメリカに居たの」
「そりゃ凄いね。じゃあ英語もペラペラなんだね」
「まあ、それはね。出来ないと仕事にならないから」
「具体的には何をやっていたの」
「WNBA関係の仕事」
 WNBAとはアメリカの女子のプロバスケットボールリーグのことで、こちらも大変な人気がある。
「凄い!」
「選手じゃないしね。マネージング関係の仕事。お金じゃなく体調管理の方ね。選手としては大学の最終戦で膝をやってしまったからね。でも三十を前にして考えたの。人生の伴侶も居なくて仕事ばかりじゃね」
「それで日本に戻って来たのかい」
「そう、二十歳の時はバスケの試合と重なって一次会は行けなかったから二次会から参加したのでも早瀬君は帰ってしまったと聴いてガッカリしたんだ」
「それは悪かった。あの日は体調不良で熱もあったから早々に帰ったんだ」
「そうかぁ。二十五の時は私がアメリカだったしね」
「実は俺も海外に居た」
「何処?」
「マレーシア。発電所を作っていたんだ。技術者として参加していたんだ」
「電気関係ってそっちだったのね」
 お互いコーヒーを飲みながら自分の半生を語る。おかしなものだと思う。
「で結婚は?」
「してないし、未だに彼女は出来ません。これ俺の中では『佳子の呪い』としてるんだけど」
「じゃあ、その呪い解いてあげる」
「じゃあ、あの時の返事をちゃんとするよ」
 俺の言葉に佳子の瞳が輝いた
「相田佳子さん。僕と結婚を前提にしたお付き合いをさせてください!」
「どうしようかな〜」
「え?」
「嘘!ウソよ! 不束者ですが、こちらこそ宜しくお願い致します」
 そう言ってにこやかに笑った顔は光り輝いて見えた。

                             <了>
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