並んで歩く

文字数 1,988文字

「女の子なのに?」
 僕が君にそう投げつけた時。
 君は一瞬の間ののち、いつも以上の笑顔を僕に向けた。
 だけど、その一瞬に見せた悲しそうな眼の色がずっと僕の胸を刺し続けている。
「私だからね!」
 君が胸をどんと叩いて見せたあの日、公園の遊具は僕らの背丈よりずっと大きかった。
 でも、毎週テレビに現れるヒーローが作りものだと知っているぐらいには僕らも考えて生きていた。
「じゃあさ、君の笑顔は誰がくれるの?」
 みんなを笑顔にしたいと語る君にそんな意地悪を重ねるのは、僕の幼い独占欲。
「可笑しなことを言うね?みんなが笑顔なのに私が笑えないなんてことあるの?」
 君はきょとんとして返す。きっと先生も親もそんな君のことを誉めそやすに違いなかった。だけれど、僕にはどうしても。
 他人の幸せをそのまま自分の幸せだと断じ続ける人間が笑って生きていけるほど世界が甘いとは思えなかった。

「ユウキはさ、決めたの?進路」
 昼休みにぼんやりと昔のことを思い出していたら君が僕の席に来て言う。
「サキは?家の人に反対されているよね?学校が遠すぎるから」
「私だからね!」
 満面の笑顔で君があの時と同じように胸をたたく。僕はそんな君に微笑んで頷く。
「ついていきますとも、お姫様」
「お姫様なんてガラじゃないよ!」
 君が照れて僕の背をバシッと叩いた。
 それを見たクラスメイトがひそひそ話し出すのを僕は君に聞かせないために言葉を続ける。
「次は教室移動だね、行こうか」
「その前にお花摘み!」
 君は時計をちらりと見て教室の出口を指さした。
「いってらっしゃい」
 ついていこうか?とは聞かない。女友達って本来はそうするのが自然なのだろうけど。

「ねぇ?サキって、乱暴だよね?」
 タイミングを計っていたのだろう、僕たちのやり取りを遠巻きに見ていたクラスメイトの一人が声をかけてくる。その言葉には同情するような響きがあった。
「そうは思わないよ?」
 僕は引きつりそうになりながら笑顔を返す。君の夢は今も、皆を笑顔にすることだから。
「本当に?でも、背中痛そうだったけど」
 クラスメイトの企みは分かっていた。サキを孤立させたいのだ。サキには僕らが逆立ちしたって得られないような清らかさがある。僕らが周囲の目を気にして目立たないように生活する中で、一人だけ「必要ならば」と嬉々として矢面に立つ。先日も体育祭の実行役員に誰も立候補しないからと手を挙げたところだ。
 僕に話しかけてきたクラスメイトは実行委員を狙っていた子で。他薦によってなれるように根回しをしていたのだった。それを知らないサキは、先生が自薦を問うた時に誰も手を上げないのを確認してすぐ、立候補してしまっていた。
「……僕の感情を捏造してサキを悪く言わないでください」
 怒りのあまり、癖が出た。クラスメイトは不愉快そうに顔をゆがめて自分のチームへ戻っていく。間を置かずに「キャラづくりキモい」と嘲る声が聞こえた。
「お待たせ?ユウキ??」
 ハンカチで手を拭きながら帰ってきた君を立ち上がって受け入れ、次の授業に向かった。

 事件が起きたのはそのあとすぐ。クラスルームで君の僕に対する暴力が問題になった。
 僕は否定したし、君もすぐさまみんなの前で事実を認め、誤解させたことを謝った。
 でも、これが良くなかった。悪気なく暴力を振るえると評価された君は実行委員を降ろされ、僕をキモいと嘲ったクラスメイトがその椅子に座ってクラスルームを終えた。

「ごめんね、ユウキ」
 いつも通り昼食を二人で食べていると君が謝ってきた。
「誤解を解けなくてごめん」
 僕はクラスメイトを口汚くののしりたいのを抑えて目を伏せる。
「私の代わりに実行委員を引き受けてくれた子、無理してなければいいなぁ。何か手伝えることあったら言ってね、とはお願いしたけど」
 君が続けた言葉を聞いて僕は箸を握る手に力がこもるのを感じた。君が笑顔にしようとしている存在は君を笑顔にしたいなんて思ってくれないよと洗いざらいぶちまけたかった。

 その日を境に僕は君と距離を置いた受験勉強という言い訳は便利だった。
 だけど結局、君が寮生として志望校に合格したのを聞いた時、僕の手にも同じチケットがあった。

「始発で出ようと思う」
 僕が君に予定を伝える。もう一度、君の一番近くに寄りたかった。
「私はその前日の終発で出るよ」
 君は頷いてちょっと勝ち誇ったように言う。
「なんだかんだ、良い思い出だけじゃないけど。寂しくなるね」
 しんみりと同意を求めた僕に君がきょとんとして返す。
「私がこの場所でできることはもう十分やったからなぁ。それに、ユウキはこれからも一緒でしょう?何が寂しいの?」

 目標にまっすぐで後ろを振り返らない、君らしい返事に僕は笑う。君と同じ電車に乗ろうと始発を準備した僕を軽々と置いていくような君の隣に居続けるのはきっと大変で、幸せに違いなかった。

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