第7話 一番泣きたい気持ち
文字数 3,651文字
カーネリア・エイカーのほうきは、結局ルナに
ルナは一日がかりで
けれど、まったく相手にされなかったうえに、最後には、とうとうお城の外に
これには外からこっそり見学していた猫ちゃんも、どこかへ逃げてしまったほど。
『カーネリア以外、認めたくないのかもしれない』
お師匠さまは、同じような気持ちを抱えるものとしてそう思うと、ルナに言った。
「いたた……」
まったく、あの
特に痛いひじのすり傷を大げさに確認しながら、ルナはバスルームから部屋に戻ると、くちびるを
カーネリア・エイカーのほうきにも、いろいろと
けれどルナだって、初めて家族と
それはそれは、ほうきには
「なのに、あんなにハッキリ
昼間はおそうじに集中することで、なんとか
「力は強いし、まるで掃き
ルナにはそれが、とても悲しかった。
「わたしはいらないってこと……?」
今にも涙がこぼれそうになりながら、しょんぼりつぶやいた。
気づけば、怒りはどこかへ消え、
「あのほうきには、置いて行かれたことが、一番泣きたい気持ちになったこと……?」
今のルナには、ほうきの悲しい気持ちが想像できる。
「……
ルナは明日の朝起きてすぐ、謝ろうと決めた。
それから、あのほうきはカーネリア・エイカーのことが大好きだったんだろうな、とベッドの中で想像した。
(……100年くらい
あの後ルイ・マックールは少しだけ、当時のカーネリア・エイカーのことを聞かせてくれた。
きっかけは、ルナがルイ・マックールのことを「お師匠さま、お師匠さま」と呼んでまわること。ルイ・マックールには、それがどうにもくすぐったい。
ルナが不思議がると、お師匠さまは嬉しそうに、最初の弟子カーネリア・エイカーとの思い出を語ってくれた。
「はじめはね、僕のことを『先生』なんて、ふざけて呼んでいたんだ。それがいつの間にか、いつもの呼び捨てに戻っていてね。まったく、カーネリアは弟子になった自覚が足りないんだ――」
この話を聞いたとき、ルナは、それはそれは驚いた。
師匠と弟子の関係であるはずのふたりが、そんなに仲良しだったなんて!
カーネリア・エイカーといえば、ひょっとすると、ルイ・マックールよりも謎に包まれた存在かもしれない。
彼女がルイ・マックールの弟子になったのは14の時。
当時、
彼女の居場所が誰にも知られていないのは、ルイ・マックールと一緒にいるからだと、ルナはずっと思っていた。
まさか、『出て行った』だなんて――今日、初めて知ることだった。
ルナのように、彼女のことはみんな勝手に
(そういえば……)
ルナは、お師匠さまの言葉を思い返した。
『明日の修業は休みにして、ルナのほうきを買いに行こう』
(たしか〈大バザール〉っていう場所で、世界中の魔法使いが買い物にやってくるって、おっしゃっていた)
一体どんなところだろうと、ルナはだんだんワクワクしてきた。
ルナも多くの女の子たちと一緒。〈お買い物〉に行くと聞くだけで、胸がときめく。なんにも買わなくたっていい。いろんなお店を見て回るだけで、あっという間に一日
(明日は、ほうきを買うのが目的だから、雑貨屋さんには寄ってくれないかもしれない。あと、おこづかいもそんなに持って来ていないし……。あんまり期待しすぎないようにしなくちゃ!)
寝ようとするのだけれど、ルナの頭は勝手にアレコレ楽しいショッピングを想像してしまう。
(世界中から魔法使いがやってくるなんて、どんな物が売ってるんだろう? お菓子はあるかな? いろんな国のお菓子が売ってるかな?)
ルナは今日一日、あんなに体を動かしたというのに、なかなか
大バザールの、車
まだ昼前の、さわやかな空の下だというのに、女性客は重い
目を
「なんだか、とってもざわざわして……。落ち着かないわ」
「そりゃそうですよ。なんたって、かの大魔法使いが100年ぶりに新弟子をとったというんですからねえ! そこら中がお祭り騒ぎですよ!」
タクシードライバーは祭り好きなのか、わっはっはと
「単なる噂でしょう?」
「いえ、いえ! 今回ばっかりは
「そう、……正式な声明」
後部座席の
タクシードライバーはこの
「お客さん、観光ですか?」
「いえ」
「そうですか! ほうきじゃないから、てっきり!」
タクシードライバーは、いかにも意外そうな声を上げた。
この場所
でほうきではなくタクシーを利用して、おまけにルイ・マックールの話に「いま、持ってないんです。何本買い換えても、すぐに折れてしまって。なかなか骨のあるほうきに出会えないわ。いいお店をご
「それだったら、いいのがありますよ! 大通りは観光客相手でしょう? 裏の通りになるんですけどねえ。店構えは小さいが、しっかりしたのがそろってますよ。実をいうとねえ、うちのも例の弟子取りに志願しまして……。買いに行かされましたよ」
タクシードライバーは、たはは、と苦笑いをこぼした。今はどこの店もほうきは品薄らしいが、そこならあるかもしれないという。
「それにしても――」
美しき魔法使いは、そこかしこで目に入る『ルイ・マックール』の文字に眉を寄せる。
「――弟子はもう決まったんでしょう? まだお祭りは続くものなの?」
「前夜祭、祭り当日、後夜祭、ってところです。どこの世界に行ったって、落ち着く場所はないですよ!」
タクシードライバーはやはりこの話題が好きなようで、声の調子が格段に上がった。
「名前は、何ていったかな。前のことがあるから、簡単にしか公表されなかったんですよ」
「へえ」
女性客はあからさまに嫌な声を出したけれど、タクシードライバーは気が付かない。
「
タクシードライバーは口をつぐんだ。
ミラー越しに見えた後部座席の美しい眉が、恐ろしいほど吊り上がっている。
「お、お客さんも志願していたとはなあ」
「志願なんかしていません!」
心なしか、カーネリアンレッドの長い髪が逆立っているように見えた。
ここでふと、タクシードライバーの頭に疑問がよぎった。
――
けれど今は、それどころではない。
タクシーの中は、魔女の不快な感情でパンパンにふくれ上がっていた。
「……若い娘を選んだのね。舞踏会で出会う貴族の娘たちには
その皮肉たっぷりな言い方は、まるで大魔法使いを見知っているようだ。
タクシードライバーは恐ろしさ以上に好奇心を抑えきれなくなった。
「お客さん! もしかして、かの大魔法使いルイ・マックールを――」
「知らないわよ、そんな男!!」
大バザールの車道
中で何が起きているのか見えないが、そもそも、ここはそういうところだ。
ルイ・マックールは
「さあ、着いたよ」
ルイ・マックールのほうきの後ろから、ルナがぴょんと飛び降りた。
「わあ……!」
目を回しそうになるほどの人の多さ、お店の多さ、道の広さ。そして、どこかから
ルナはすぐに、この場所が気に入った。
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