4.

エピソード文字数 3,428文字

「素晴らしいよ、真木君! 俺には考えつかなかった」
 と、オーナーが目をキラキラと輝かせながら、カーテンを開けて出てきた。
「最近はようやく美味しいミルクティーがペットボトルで飲めるようになったけど、アールグレイのミルクティーの認知度はまだまだ低いと思う。ベルガモットとミルクの相性がいいってことはもっと知られるべきだし、それでこそ紅茶を美味しく飲めるんだもの」
 またか。僕は呆れて視線を外し、こっそりと息をつく。
「応援するよ、真木君。ミルクティーの本当の美味しさを、世の中に知らしめよう」
 と、オーナーは彼の手を両手でぎゅっと握りしめた。
 真木君は少しばかり引いていた様子だが、にこりと笑う。
「はい。だから自分、飲料メーカーへ就職します」
 おお、ついに真木君が言い切った。僕が視線を戻すと、オーナーがぱっと彼の手を離すところだった。
「え、就職するの?」
 と、目を丸くしたオーナーへ、真木君はにこりと笑みを返す。
「はい。これまでも食品メーカーへの就職は狙ってたんですけど、飲料メーカーに的を絞って、紅茶アドバイザーとしての資格を強みに、製品開発部を目指そうと思います。それで、美味しいアールグレイのミルクティーを売り出すんです。今、そう決めました」
 オーナーは呆然としており、僕は横から口を出した。
「もしかして、新商品の開発をさせようとか思ってました?」
 はっとオーナーが振り向き、苦い顔をした。
「いや、そこまでは考えてないけど、うちで長く働いてもらえるものだとは思ってた」
「どうしてそうなるのか、僕にはちっとも分かりませんね」
 と、冷たく返せば、オーナーが「う、そうだよね。でも……まあ、応援はしてる」と、真木君の肩をぽんぽんとたたいた。
「はい。ありがとうございます!」
 返事をした真木君は活気に満ちあふれており、将来の夢をまっすぐに見つめている。きっとこれも、僕の話があったから定まったことなのだろう。実際に製品開発に携われるかどうかは分からないが、もしダメだったら次の夢を見つければいい。
 がっかりした様子でオーナーは事務室へと戻っていった。「温かいものが飲みたい」と、独り言を残して。
「やっぱり外は寒かったんですかね」
 と、真木君が少し不思議そうにし、僕は息をつく。
「さあ、どうだろうね」
 壁掛け時計が十時十分を指す。いつもなら、そろそろお客さんが来る頃だ。
 僕はカウンター内にあるセラピーの予約表を取り出した。今日の予約は二件、十一時と十五時だ。さて、どんな紅茶を出そうかな。
 思考を巡らせながら予約表を元の位置へしまうと、扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
 と、真木君が言い、僕もそちらへ視線を向けながら声をかける。
「いらっしゃいませ」
 今日の最初のお客さんは、桃色のマフラーを巻いた女の子だった。桜野さんだ。
 思わず僕と真木君は顔を見合わせ、にこりと微笑む。
 桜野さんは「おはようございます」と、挨拶をしながら、僕たちの前まで歩を進めた。
「おはよう、桜野さん。今日はどうしたの?」
 と、真木君がたずねると、桜野さんは手にしていた小さめのトートバッグを開けた。
「あ、あの……渡したいものが、あって」
 ごそごそと取り出されたのは二つのラッピング袋だった。中にはクッキーと思しきお菓子がいくつか入っている。
「この前は、ありがとうございました」
 と、僕と真木君へそれをひとつずつ手渡す。
 僕はそれをまじまじと見ながら言った。
「これは、クッキー?」
「はい。わたし、お菓子作りが趣味で……それで、あの」
 と、再びバッグの中へ手を入れて、今度は柄の違うラッピング袋をひとつだけ取り出す。
「真木さんには、とてもお世話になったので……お口に合うといいんですが」
 と、真木君へふくらんだそれを手渡した。どうやら別のお菓子が入っているようだ。それにしても、とてもお世話になったとはどういうことだろうか。
 真木君はそれを受け取りつつ、戸惑ったように返す。
「あ、ありがとう。自分は全然、何にもできなかったけど」
「いえ、そんなことないです。真木さんとあの日、図書館で会えてよかったです」
 と、二人してお互いを見つめながら、照れくさそうに笑い合う。
 いろいろと気になることはあるが、後で質問することにして僕は言った。
「ありがとうございます、桜野さん」
 はっとした彼女が僕へ視線を向け、やっぱり恥ずかしそうに笑った。
「いえ。この前のお礼ですので」
 彼女は優しい子だ。そう感じて僕は手にした袋をありがたく思う。
 すると、桜野さんがあらたまった様子で僕たちを見て、言った。
「あ、あと、その……よければ、感想を聞かせてほしいんです」
「え?」
「感想を?」
 目を丸くする僕たちへ、彼女は真剣な目をして言った。
「わたし、お菓子作りを仕事にしたいんです。そのために高校をちゃんと卒業して、専門学校へ行くことにしました。なので、まずはそのための第一歩として、ぜひ感想を聞きたいんです」
 彼女もまた、夢を見つけたようだ。
 僕は頬をゆるめ、隣で真木君も優しく返す。
「うん、分かった。あとで送るよ」
 桜野さんがほっとした顔をした。
「よろしくお願いします」
 と、頭を軽く下げて、真木君へにこりと微笑みかけた。
「それじゃあ、失礼します」
 そうして去っていく背中に、かつての寂しさは見られなかった。
「ありがとうございました」
 と、忘れずに僕は言う。――学校ではまだ、辛く苦しい時を過ごすことになるかもしれない。けれど、彼女はもう透明人間なんかじゃない。追いかけたい夢を見つけて、そこを目指して進んでいける内は、どんな苦しみだって乗り越えていける。
「お菓子、しまわないとね」
 と、僕が声をかけると、真木君が我に返ったようにこちらを見た。
「あ、そうですよね!」
 と、何故か慌てた様子で事務室へと向かう。
 僕もその後を付いて奥へと入り、自分の鞄へ今もらったものをさっとしまいこむ。
 すると、ソファに座って紅茶を飲んでいたオーナーが言った。
「真木君、あの子と連絡先交換したんだ?」
 先に店内へ戻ろうとしていた彼が立ち止まる。
「え? あっ、ああ、はい」
 珍しく動揺している様子だ。
 たずねるなら今だと思って、僕も口を開いた。
「真木君、彼女と仲よさそうだよね。そんなに気が合ったの?」
「えっ、いや……」
 彼がどぎまぎとその場に立ちつくす。返す言葉を探しているらしいが、そこまで戸惑うような質問だっただろうか? それとも、もしかして……?
 さすがにオーナーも不審に思ったらしく、彼へ言った。
「ずいぶん彼女に肩入れしているみたいだけど、どうしたんだい?」
「いや、それは……その……」
 真木君は苦い顔を浮かべた後で、観念したようにため息を吐き出した。
「昔、妹が似たようないじめに遭ってたんです。その時は転校することで解決しましたが、なんていうか、ずっともやもやしてて」
 初耳の情報だ。しかし、それだけで真木君の彼女に対する思いが見えてきた。
「転校したのは妹なので、いじめに負けたような気がしてて……実際、妹は精神的に病んでしまって、ずっと病院に通ってるんです。いじめられたことが原因でそうなったから、桜野さんもそうなるんじゃないかと思ったら……どうしても、放っておけなくなっちゃったんですよね」
 と、自嘲して見せる。
 だから彼は図書館で彼女を見つけた時、声をかけたのだろう。彼女を助けたくてお店まで連れてきて、その後に連絡先まで交換して――。
「でも、もう大丈夫ですよね。乙女さんのおかげです」
 と、真木君は僕たちから逃げるように、そそくさと店内へ戻っていった。
 取り残された僕は、なんとなくオーナーと顔を見合わせる。
「俺には、それだけじゃなさそうに見えたけど」
 と、オーナーが言い、僕は同意した。
「うーん、僕も同じ気持ちです」
 と、カーテンの向こうへ視線を向けた。あえて口には出さないが、おそらく真木君は桜野さんに好意を抱いている。それはきっと、彼女の方も同じだろう。
「春到来、だね」
 と、オーナーが紅茶を飲み干して、立ちあがった。
「さあ、仕事を始めようか」
「はい」
 僕は返事をして、店内へ向かうオーナーの後を追った。
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登場人物紹介

乙女薫(おとめかおる)

22歳162cm

紅茶アドバイザーの青年

自分の紅茶専門店をオープンさせるのが夢

羽倉愛二(はくらあいじ)

32歳180cm

羽倉茶葉店のオーナー兼店長、混血魔法使い

マイペースで商売上手、バイセクシュアル

森脇悠也(もりわきゆうや)

25歳174cm

羽倉茶葉店のレジ担当、爽やか系好青年

真木大雅(まきたいが)

20歳183cm

羽倉茶葉店でアルバイトをしている現役大学生

宵田慎一(よいだしんいち)

32歳168cm

リラクゼーションYOIDAの店長、純血魔法使い

名尾律花(なおりつか)

23歳158cm

リラクゼーションYOIDAの受付係

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