第2話 不調に次ぐ不調

文字数 1,973文字





武志は絶不調の最中にいた。
先日から調子が悪く、心身共に絶望的な状況だった。今日も朝から、食欲が出ず、テレビを見ても上の空。陽の光が心地良く部屋を照らしていたが全く気付かず、気がそぞろで本も読めず、心臓はドクドクと早い鼓動を打った。武志は時折、このような状況になり、かかりつけの医者からは「鬱病」と診断されていた。

家にいてもしょうがないと、武志は散歩に出かけた。散歩の途中で、段差につまづいた武志は、「くそ。こんな物につまづくとは本当にダメだな。自分は。」と心の中でつぶやいた。これ以上、歩いてもダメだと判断し、予定していた半分で散歩を切り上げた。


家に帰り、何かを食べなければと、とりあえずチーズトーストを焼いた。焼き過ぎてしまった武志は「くそ。トーストすらもちゃんと焼けないなんて自分は本当にダメだな」とまた自分を責めた。



午後から友人とゲームをする約束をしていたのだが、「気分が乗らないし、こんな状態の自分と一緒にいても、友人の時間を無駄にさせてしまうかもしれない」と感じ、断ってしまった。



すっかり自信をなくした武志はかかりつけの医者に診察を頼んだ。しかし、今日はいつもの先生はお休みらしく、初めて見る顔の医者が現れた。「はじめまして、どうされましたか?」


「はい。先日から不調で、何もやる気が起きないんです。散歩に行けばつまづき、料理を作れば失敗し、友人と話してもオモロイことは言えず、もうダメダメなんです。」


しばらく黙った後、新顔の医者は答えた。白衣のサイズが合っていないのが気になった。


「今貴方に必要なのは、医師ではなく、意思の変化です。自分の意思を感じてください。貴方の意思の力が自分を追い詰めているのです。まずはそれに気付くことです。



貴方は今、自分を追い込むことに全力投球しているようなものだ。人間良い時も悪い時も落差は違えど全員にある。その悪い時というのは、ある意味で軽い病気のようなモノです。身体で言えばねんざや打撲。首を寝違えることだってあるでしょう。それと同じなのです。心だって疲れが溜まると怪我をする時がある。しかし、時として考えがちな人間ほどそれを受け入れられず、さらに自分で自分を追い込んでしまう。そうするとさらにその考えが説得力を持ち、本当の病気になってしまう。どうか余計な意思の力で自分を殴らず、なるべく笑っていてください。そして、最後に催眠術をかけますね。」



「え!?」



医者が指揮者のような棒を武志の前でクルクルと回した。武志は気を失った。


目覚めると、明る日の朝であった。おお、いつのまに。だが相変わらず不調である。………しかし、不調の時は昔からあったし、しょうがないと思ってみることにした。本を手に取るもやっぱり読めず、とりあえずまた散歩に出掛けてみた。

昨日とは別の場所でつまづいた。が、人間つまづくこともあると思ったし、こんな段差でつまづくなんてウケる。と、ちょっと笑えた。不調だが、まあいいかと昨日決めたルートをやめずに歩いた。家に帰り、トーストをまた焼き過ぎた。だが、間違いは誰にでもあるし、不調だからしょうがないなと思った。焼き過ぎたトーストもカリッとしていて、悪くなかった。友人と電話をする約束をしていたので、今不調であることをまず最初に伝えてから話し始めた。友人はそれを踏まえた上で話してくれたが、特にいつもと変わらず楽しかった。



確かに、誰もが浮き沈みはあるし、それを拡大解釈していていたのは自分だけであったのかもしれない。あの医師の言う通りかもしれない。だが、あの医師は誰だったのだろう。


武志は不調の1週間をなんとか乗り越え、心地良い陽の光を感じられる気持ちになった。



「よし、また不調になるまで、この嬉しい気持ちを大切にしよう!」


友人に「買い物に行かないか?」と電話をかけつつ、武志は嬉しそうに笑っていた。



なんとか大丈夫そうだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ふぅとため息をつき、サイズの合わない白衣を脱いだ。「ようやく本業に戻れるぜ」と呟いた彼は、本物の医師への催眠術を解いた。


目覚めた本物の医師は彼に聞いた。
「あんたは誰だ?」
「通りすがりの催眠術師だよ。あなた方が利益の為に患者を病人にしていないかたまにこうやって見回っているのだよ」
「なぬ!?し、仕方ないではないか。こちらにも生活があるんだ。家族だっている。それに、患者も満足して帰っていくだろう?みんなが幸せになる。それの何が悪い?」

医師はとても苦しそうに答えた。

「そうかもしれないが、私は少しずつ状況を変えていきたい。ま、あんたにだけ言ってもしょうがないよな。」


催眠術師はそう言って、立ち去った。


医師はほっと胸を撫で下ろし、帰る準備をした。帰りに医師は別の病院に寄った。通い始めてかれこれ3年になる。表札には「心療内科」と書かれている。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み