02-01:教室の来訪者

文字数 2,532文字

――あなた達は16歳になれば、
〈3S〉によって顔や体を
変更する権利が得られます――。

教壇に立つ〈キュベレー〉が講義を行う。
その声は中性的で話し方は淡々としている。

(ひたい)第3の目(サーディ)を持つ
〈キュベレー〉は常に正面を見つめ、
生徒を観察する。

〈キュベレー〉背後のディスプレイには、
講義の進行具合に応じて動画が流れる。

イサムは机に置いた教則を睨んで頭を抱えていた。

〈キュベレー〉の声が頭に響く。

――本校では既に〈ニース〉になっている
生徒も少なくはありません。

若くして身体に劣等感を抱くヒトも、
運動力の劣るヒトも、名府では
どのようなヒトであっても平等に
〈NYS〉の技術を享受できます。

事故によるケガや、病気で手足を失ったヒトも、
筋肉の衰えなどで障害を持つヒトでも、
肉体の回復に用いられる技術が〈NYS〉です。

差別は減り、〈ニース〉とそうではない
〈レガシー〉に区別される時代になりました。

新たな時代を築いたこの〈NYS〉ですが、
ふたつのことに気をつけなければいけません。

〈ニース〉を使い体型を変えたとき、
脳への負担が一時的に増し、目線の高さ、
手足の距離感覚に脳が違和感を覚え、
体調不良を引き起こす場合が多くあります。

脳はすぐに順応することはできません。

肉体の成長と同じように少しずつ変化をさせ、
時間をかけて馴染ませる必要があります。

もうひとつ注意しなければならないこと、
それは〈ニース〉が引き起こす乱暴性です。

たとえば自動車の運転手は、車という乗り物に
金属の鎧をまとった気分で気性が荒くなるなど、
感情に流されやすくなります。

同じように〈ニース〉で体格を変化させたヒトは、
自分が強くなったと錯覚します。

精神が未成熟であれば誘惑も多くなります。

肉体と脳の不一致、感情の制御。
このふたつは〈ニース〉症とも呼ばれています。

あなた達が現在、もしくは今後〈3S〉で
外見や身体を変更した場合、我が校の生徒として
社会に恥じない行動をしてください。

この名桜(めいおう)市では現在、月に十数人の〈ニース〉が
〈更生局〉によって隔離されています。

残念ながらその中には
我が校の生徒、新入生も含まれます。

あなた達がヒトの道を踏み外さないことを
我々は願います――。

〈キュベレー〉の言葉に反応して
ディスプレイは消え、講義は終わりに見えたが
表示が切り替わったに過ぎなかった。

――なお転府(てんふ)から移住した生徒には、
放課後にテストが控えています。

合格基準を満たさない場合は
休日の外出の禁止など、
校則により規制がかかります。――。

移住者として該当するイサムは、
講義への集中を欠いていた。

両のこめかみを指で抑えたり、
頭皮を指先で揉みほぐして唸り声を上げる。

「なぁにやってんだ?」

前の席で背も座高も高い貴桜(きお)大介(だいすけ)が、
自分の後ろで怪訝な顔をするイサムにささやく。

イサムが正面に目をやる度に
彼の逆だった金髪が視界を邪魔する。

「朝からちょっと頭が痛い。」

鬱蒼とする頭髪を片手で抑えて揉み、
血行をよくして頭痛を緩和できる。

民間療法に頼ってみたイサムであったが、
眉間のシワがほどけはしなかった。

講義が終わってもなお机に突っ伏して、
冷えた机に熱を帯びた額を押し付ける。

「おーい、昼だぞ。」

丸くふくよかな男子生徒、亜光(あこう)百花(ひゃっか)
メガネをかけ直すいつもの仕草で寄ってきた。

男子生徒が1割しかいないこの学校では、
イサム達は肩身の狭い思いをしている。

その為に昼食やトイレなど移動の際には、
3人揃って行動をともにする。

だが今日に限っては頭痛が酷く、
イサムは移動さえも拒んだ。

「頭が痛いんだとよ。頭痛だと思うぜ。」

「当たり前だろ。なに言ってんだ。」

「静にしてくれ。僕は寝てるから
 今日はふたりだけで行ってくれ。」

普段の食事は東の別館にある、
カフェテリアで取る。

学生向けの理にかなった値段で、
懐貧しいイサムでも毎日通える場所だった。

しかし今日のような残高では、
軽食を注文することさえ厳しい。
そう考えると頭痛はさらに強まった。

「わかったけど、お土産はないぞ。」

「2人前食うもんな、お前。」

「残念ながら今日から俺はダイエットだ。
 なので大盛りで済ませる。」

「…変わってないんじゃないかなぁ。」

「もしアレなようなら医務室行けよ。」

亜光の提案にイサムは突っ伏して
唸り声で返事を済ませた。

亜光の前の席では赤髪を真ん中に分けた
長身の海神宮(わたつみのみや)真央(まお)も、机の上の教則を片付けて
教室を出た。

「ねぇ。あなた。」

マオは目に痛いピンク色の髪をした
女子生徒に呼びかけられた。

長身のマオに比べ、相手の背はやや高い。
胸につけた青色の校章バッジを見ると、
上の学年の3年生であった。

ピンク色の長い髪を太いみつ編みにして
青白い小さな目と、小さな鼻、色づく唇と細い顎。

いずれも綺麗な顔のつくりで、
マオは違和感に目を細める。

「なんですか?」

「ゆ…えーとぉ、
 八種(やくさ)(いさむ)くんってぇこのクラスよねぇ。」

やや間延びした甘ったるい喋りの女子生徒が
マオ越しに教室内で眠りこけるイサムを見た。

「勇くんのぉお姉さんが、
 学校に来てるから、駐車場んとこまで
 呼び出して欲しいんだけどぉ?」

「質問よろしいですか?」

「はぁ? 質問とかいいから
 さっさと呼んできなよ。」

「なぜお姉さんは学校を経由せずに
 先輩を遣わせたんですか?」

苛立ちを抑えて両腕をぎこちなく組む。

「ユージくんのお姉さんて、
 ここの卒業生で有名なモデルなのよ。
 あんた、んなことをも知らないのぉ?
 そんな人が呼んだら大騒ぎでしょ。」

イサムの呼称がころころと変わる。
それでもマオは静かにうなずいた。

「わかりました。
 嘘ではないんですよね?」

「わかったんならさっさと呼びなよ。
 ブスロブスター。」

苛立ちをあらわにする〈ニース〉の生徒に
マオは釈然としないあだ名で呼ばれ、
自らの赤髪を撫でてため息をつく。

仕方なしに(きびす)を返し、
イサムの席に向かった。

頭痛でうなされる彼の肩を
指先で軽く叩いて起こす。

「八種くん。起きて。」

寝ぼけ眼を確認して、
マオは廊下に向かって指差した。

しかし〈ニース〉の生徒は
先程までいた場所におらず、
廊下まで戻って姿を探した。

「なにかあったんですか?」

「ブスロブスターってあだ名は
 どうかと思うの。」

脈絡のなく不機嫌そうなマオの言葉は、
イサムの眉間に深いシワを刻んだ。
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