5章―4
文字数 3,006文字
それでもノレインの傍から離れる気はないヒビロに対し、シドナは叱りつける。彼は不貞腐れたように渋々立ち上がると、別れの挨拶と共にノレインの頬に顔を寄せ、案の定、メイラの飛び膝蹴りによって気絶してしまった。
「長居してしまい申し訳ありませんでした。では、そろそろ失礼致します」
「待って! 一人じゃ運べないでしょ? 手伝うわ」
「すみません、お願いします」
シドナが手配した乗用車の後部座席に『変態』を積んでいる途中、彼女に似た華奢な男性が運転席から顔を出した。
「姉から話は聞いております。今日は大変お世話になりました」
「姉、ということは……」
「私の弟で同僚の、シドルです」
緑の髪の男性、シドルは姉とそっくりな笑顔を見せた。
「楽しいパーティーだったそうですね。今度は是非、僕もご一緒させてください」
「あぁ、必ず呼ぶからなッ!」
「用がなくても、いつでもいらっしゃい!」
「ありがとうございます。では、皆さんもお気をつけて!」
姉弟は気絶中のヒビロを起こすことなく、小さな広場を後にする。[家族]は車が見えなくなるまで見送り、辺りは静寂に包まれた。
「そういえば、あんた達はどうするの?」
メイラは思い出したように、アビニアとソラに訊ねる。アビニアは顎を擦りながら、難しそうに唸った。
「んー、そうだな……せっかくカルク島まで来たんだから、しばらく観光でもしようかな?」
「えー、何よぉ。アビも一緒なの?」
ソラはげんなりしながらうなだれる。その瞬間、双子は一斉に目を輝かせた。
「じゃあもっと一緒にいられるってこと?」
「え、宿はこれから探す予定で」
「いいじゃないっすか。ここなら宿代タダっすよ!」
「そうよぉ、メイラの美味しい手料理が毎日食べられるのよ♪」
「うーん、それなら……ていうかソラ、もしかして最初からここに居座るつもりだったの?」
二人は再び小競り合いを始め、アースは嬉しくなった。その時、ノレインはそっと耳打ちする。
「ソラもアビも、度々[オリヂナル]に出てくれるんだ。今回も二人の演技、見られるかもしれないぞ」
「ということは……!」
「あぁ。近いうちに、ここで公演するつもりだ。楽しみにしていてくれ!」
アースは、感極まったナタルに抱きつかれる。その背中越しにラウロが見えたが、彼は強張ったまま、アビニアに近寄った。
「アビニアさん」
「ん、どうしたの?」
「さっき、未来を見てくれるって言ってましたよね?」
アビニアは大袈裟に手を合わせると、アースとナタルにも聞こえるように呼びかけた。
「ごめんごめん、忘れてた! 今から君達の未来、見てあげるよ」
――
車内の男子部屋が、簡易版占いの館になった。雑音が聞こえるとアビニアが集中出来ないらしく、隣の女子部屋も出入り禁止となった。よって、全員がリビングに集まっていたのだ。
そこに、診断が終わったナタルが戻ってきた。
「僕は最後でいいので、ラウロさんお先にどうぞ」
「すまないな」
ラウロはアースに笑いかけ、足早にこの場を去った。彼と入れ替わりにナタルが隣に座ったが、彼女はずっと眉間に皺を寄せたままだ。
「さっきからどうしたんだよ?」
モレノが気になって訊ねると、ナタルは首を捻って呟く。
「私は未来で大きな決断をするらしいんだけど、迷って決められないんだって」
「迷い? ナタルが? らしくねーじゃん」
「でしょ? 何でそうなるのか全然分からなくて」
彼女は髪の毛をくしゃくしゃに掻き回す。すると後ろの席からソラが顔を出し、ナタルの肩を軽く叩いた。
「思わず迷っちゃうくらい、心配事があるんじゃない?」
ナタルは「うーん」と唸りながらしばらく熟考していたが、首を勢い良く横に振った。
「だったら尚更、迷いがなくなるように修行しなくちゃ。きっと未来を変えてみせるんだから!」
その宣言に歓声が起こる。部屋越しに「うるさいよ!」というアビニアの声も聞こえる中、アースは、駆け足で車外に飛び出すラウロを目撃した。
何故戻らないか疑問に思いながらも、アースは盛り上がる一同を邪魔しないように抜け出した。
男子部屋の前で立ち止まる。小さな窓の向こうでは、照明は何ひとつ点いていない。
深呼吸で緊張をゆっくりとほぐし、ドアをそっと開ける。アビニアは小さな机の上に頬杖をつき、機嫌悪そうに悪態をついていた。
「ったく、静かにしろって言ってんのに……あ、待たせてごめんね。早速だけど机の前に座って」
机の上にはボウリングの玉程の大きさの、透明な水晶玉が乗っていた。アースは用意された椅子に座り、アビニアと向かい合った。
「これから君の近い将来を覗いてみるよ。この水晶玉をよーく見てて」
アースは、目の前の綺麗な水晶玉を食い入るように見つめた。すると、水晶玉に手を翳すアビニアがぼんやりと見えた。きっと彼は、水晶玉越しに目を合わせて[潜在能力]を使い、未来を直接見ているのだろう。
「君の未来が見える……」
アビニアは水晶玉を覗きながら、ぽつりぽつりと診断結果を語り始めた。
「僕は今、鳥か何かの『目』から、君を見下ろしている。君は狭い道の中、急いで走り続けている……道に迷ってるみたい? あっ、急に距離が近くなった。この『目』は、こっちに気づいて欲しいのかな。でも君は気づかずに、走り続けている……」
ここまで言うと、アビニアは水晶玉から目を離した。彼は椅子にもたれかかり、目薬を滴下する。
「ふー、もう限界。さすがに短時間で三回は疲れるね」
「アビニアさん、さっきのが僕の未来ですか?」
「そうだよ。君が何もしなければ、今見えたことは必ず起こるんだ」
アビニアは正面を向き、しぱしぱと忙しなく瞬きしながらアースを諭した。
「いつやって来るかは分からないけど、君は道に迷っているみたいだった。僕が見た『目』がきっと、何かの目印になるかもしれない。だから本当に困った時は、下ばっかりじゃなくて上も見上げた方がいいかもね」
アースは思わず疑問符を浮かべた。道案内してくれる鳥など聞いたことがない。この信じられない『未来』は、本当にやって来るのだろうか。
――――
一方、銀色のキャンピングカーの外。
星が明るく瞬き、月の光が煌々と降り注ぐ。[家族]達の楽しげな会話が聞こえる中、ラウロは車体に寄りかかり、うなだれていた。
アビニアから宣告された『未来』が、嫌でも頭の中で再生される。
――君は暗い部屋の中にいる。天井付近の窓から、月の光が入ってきてわりと明るいな。君はベッドに座っているようだね。下の方にも誰かいるみたいだけど、この位置からは見えないな。ん? 手首に何か巻かれている。赤い糸? いや、鎖か? おや、部屋の入口から誰か入ってきたみたいだ。あれは……青い、
ラウロは両耳を塞ぎ、目をきつく閉じた。その先の言葉から逃げるように、ひたすら頭を叩く。
しばらくするとようやく、体の震えが治まってきた。ゆっくり上を向いて目を開けると、満月と目が合った。診断が終わった後、アビニアに言われたことを思い出す。
――僕が見た未来はいずれやってくる。だけど、ひとつだけ覚えておいてほしい。未来は、君の手で変えられるんだ
ラウロは乾いた笑いを漏らす。満月が放つ光は青く、無意識に、涙が零れた。
「どうやったら、変えられるんだよ……!」
The another [family]
(もうひとつの[家族])
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