第90話 手段と目的の入れ替わり ~見えない暴力~ Aパート
文字数 6,394文字
昨日一日のうちに色んな事があって、心も体も疲れていたはずなのに蒼ちゃん、優希君、咲夜さんの事があってあまり寝られなかった。
その上せっかく寝付けたとしても、実祝さんが苦しんでいる何かの夢を見た気がして、その度に目を覚ますと言う事を繰り返して、ハッキリ言って今日は寝不足だ。
題名:ありがとう
本文:あたしもそうしたいけど、もう学校では喋れないよ
題名:いつでも良い
本文:愛美さんからならいつでも良いから時間気にしないで。連絡待ってるから。
そして眠れなかった原因の三人からのメッセージに目を通そうと寝不足体を起こして、携帯を手にするも蒼ちゃんからだけ返信が無かった。
もちろん二人がメッセージを返してくれていたのは嬉しかったけれど、優希君とお付き合いを始めた当初から優先させてもらっていた親友からの返信が無かった事に対して、二人の返信に対する喜びよりも、一人沙汰の無い蒼ちゃんの方に焦燥心を掻き立てられる。
「……」
何を置いても蒼ちゃんの声が聞きたかった私は、朝の早い時間にもかかわらず電話をするも、やっぱり出る様子はない。
私は、今日蒼ちゃんが学校に来なければ、前の時みたいに蒼ちゃんの家まで今度は事前連絡なしで、足を運ぼうと決めてから、
題名:大丈夫
本文:もし学校が駄目でも放課後もあるし、夜に家から電話することも出来るよ。
咲夜さんにメッセージを送って、優希君に電話する。
『おはよう優希君』
『……うん。おはよう』
朝も早い時間にもかかわらず優希君に甘える形で電話をしたけれど、やっぱりある程度限度を考えるべきだったかもしれない。
『ごめん。後でもう一回かけ直そうか?』
私としては朝一のモーニングコールみたいで嬉しかったのだけれど、朝は低血圧で機嫌の悪い人間だってごまんといる。少しだけ間の空いた優希君の返事に提案したら
『ごめん。そう言う訳じゃ無くて愛美さん。今、本当の寝起き?』
メッセージ通り朝起きて電話しただけなのに、なんだかよく分からない質問をされる。
『そうだけれど?』
『愛美さんの寝起きの声っていつもより低いんだ――「ちょっとお兄ちゃん。ハレンチ女と朝からなんて会話をしてるのよ」――いや愛美さんとは出来るだけ隠さずに本音で――』
あまりにもの恥ずかしさで眠っていた頭が、瞬時に覚醒する。
そしてボタン一つ押すだけだったけれど、何も言わずにそっと通話を終える。
ホント優希君の前ではこんなのばっかだけれど、実はこれ、優希君があの手この手を使って私を恥ずかしがらせているだけなんじゃないだろうか。
私が制服に着替え終わったところで、通話が切れている事に気付いたのか、再度優希君から着信が入る。
『優希君のイジワル』
だから開口一番で文句を言う。せっかく大好きな人からのモーニングコールで喜んでいたのに。
『ゴメン。愛美さんの事を知ることが出来て嬉しくてつい』
『優希君って、私にそれ言ったら全部許すとか思ってない?』
そう言われてしまうと。私の方も怒るに怒れない事までバレている気がする。
『僕は愛美さんの事好きだよ』
そして優希君がごまかす時によく口にする言葉。
分かってても毎回こうやってごまかされて行く気がする。
『分かったよ。で、話って言うのは?』
こうなったら結果が見えてしまうのだから、諦めて素直に話を進めるしかない。
『優珠と雪野さんの話なんだけど、今日一緒に学校行けないかな。今だとゆっくり話が出来ないからその時に話したい』
『行く。どこで待ち合わせする?』
話の中身を聞けるのかと思ったら、まさかの誘い。こういう話になるのなら恥ずかしい思いをしても良い……事も無いのかもしれないけれど。
そして学校の最寄り駅にての優希君との待ち合わせを決めて通話を終える。
そう言えば途中で妹さんの声が聞こえたような気もしなくは無いけれど、妹さんはどうしたんだろうか。
優希君と朝から一緒に登校できるのならと、急ぎお弁当と、慶の分も合わせた朝ごはんの用意を済ませてしまう。
いつもなら朝ごはんが出来た辺りで慶も起きて来るんだけれど、私が早くに用意が出来た分だけ、慶が起きて来るタイミングとずれる。
だから今日は私がご飯を食べ終えた時点で慶が起きて来る。
「ねーちゃん。今日はもう行くのかよ」
寝起きだからなのか、不機嫌さを隠さずに聞いてくる。
「ちょっと用事があるから、もう少ししたらお姉ちゃん出るから。朝ごはん作ったから、それ食べて行きなよ」
「……」
私の呼びかけに返事もせずにそのまま洗面所に向かう慶。
結局私が家を出る時間になっても慶の機嫌は戻らなかったと言う訳でもないけれど、
「テストで赤点が無かったら、お姉ちゃんがお母さんにちゃんとお小遣いの件は言ってあげるから」
聞き入れられるかどうかはお母さん次第だけれど、一言添えて優希君との待ち合わせ場所に向かう。
「改めておはよう愛美さん」
「優希君もおはよう。それにしても早いね」
通話を終えてから割と早く準備をして家を出たはずなのに、いつも通りに優希君が待ってくれていた。
「……」
「ごめんね。知っている人がいるかと思うと――っ?!」
学校へ向かう途中、名前も学年も知らないけれど同じ制服に身を包んだ生徒たちがたくさんいる中ではあるのだけれど、手は繋ぎたい。だけれど恋人繋ぎは恥ずかしいからとあくまで普通に繋ごうと手を差し出したはずなのに、優希君が私の手を両手で掴んで、半ば強引に恋人繋ぎをする。
「どうしても嫌なら戻すけど」
そう言って恋人繋ぎをした方の手を優希君が握り込む。
「嘘ばっかり。この握り方で力を入れたら、
だから私もそれに応える形で少しだけ力を籠める。
「愛美さんの彼氏は僕だってみんなに言いたくて」
「ありがとう優希君。私だって優希君の彼女だって言いたいし、私
は
優希君だけの彼女だからね」優希君の自然な気遣いに嬉しくなった私は、恋人繋ぎをしたまま優希君の耳に顔を近づけて、お返しとばかりに小声で私の気持ちを伝える。
当然そうなると私の体の半分が優希君に密着するのだから、優希君の匂いが濃くなる。
私は今更ながらにしてドキドキして来たからと、離れようとするも
「……」
恋人繋ぎだから簡単には離れられない。もちろんそれは嬉しいのだけれど……周りから見られているような気もしてやっぱり恥ずかしい。
「毎日優希君と登校出来たらもっと楽しくなりそう」
だから嬉しさと恥ずかしさを込めて遠回しに優希君に提案をしたのだけれど、
「僕も同じ気持ちなんだけど、朝は優珠と一緒に家を出る、登校するって決めてるから」
妹さんを優先すると言う。
しかも優しい方の表情じゃなくて、本当に時折にしか見せないあの切ない方の表情を浮かべて。
「妹さんと登校するって、今日は私とでも良かったの?」
妹さんを優先するって言ってくれた上で、私と登校してくれるのはすごく嬉しいのだけれど、今の妹さんがじゃあどうしているのかと気にならないと言えばそれもまた嘘になる。
「大丈夫。今日は愛美さんに優珠の話をしたいって言ったら、今日一日だけだって渋々納得してくれた」
言い換えると妹さんの事を私に対して話しても良いと言ってくれたと取れなくも無くて、逆に言うと、妹さんもまた何が原因かは分からないけれど、私の事を少しずつは信用し始めてくれているのかもしれない。
「妹さんと言えば、昨日のメッセージにも今日の電話の時にも言ってくれていたけれど、あの日曜の話の続き?」
ただ、さっきの優希君の表情を見ていると、何もないって言う事は無さそうなんだけれどまだそこまでの信頼「関係」には至れていないと自分を納得させる。
ただ今回に関しては、日曜日に家での妹さんの事を少しは喋って貰えたからって事で、そこまでは悲観していない……まぁ。もちろんそこに何かがあるならば。なんだけれど。
「まぁそうなんだけど。何とか優珠から話が聞けたから、佳奈ちゃんとも面識がある愛美さんにだけは伝えておこうと思って」
……妹である優珠希ちゃんの友達。ただそれだけだって分かっているのに心が納得しない。
とどまるところを知らない私の嫉妬、“やきもち”。
「私だけって事は、統括会でも話しはしない方が良いって事だよね」
話の腰を折りたくない私は努めて表情には出さないようにする。
「ありがとう愛美さん」
妹さんのあの容姿と言うか風貌の事を思うと、言わない方が良い事だけは分かる。ただ時々その姿自体は私の視界端には入るけれど、依然誰からも妹さんらしき人物の話題を耳にしない。
そう言えば本当に今更なんだけれど、妹さんが日中どこで何をしているのか全く知らない事に気付く。
「先週一週間、部活禁止期間中だったテスト期間中に、園芸部の『――っ!!』プランターとか、
昨日から感じていた違和感の一つに思い至る。
そこで“病院送りにされた”と言う出来事だけが独り歩きをしていて、原因とか、対象の場所とかが丸々抜けていた事に気付く。
「うね?」
でも、聞いたことの無い言葉をまた優希君が口にする。
「ああごめん。
私の質問に答えてくれる優希君がどこの事を言っているのかはだいたい分かった。
それにしても妹さんの影響だとは思うけれど、優希君は畑・園芸にも詳しいのか。私と同い年のはずなのに、ものすごく博識な気がする。
「でも部活禁止期間なら仕方がない気がするけれど」
もちろん顧問の先生に言って許可を貰えば、なんて事ない話でもあるんだけれど……あの気の弱そうな顧問の先生を思い出す。
「それを一方的に責められて、優珠の方から我慢出来ずに手を出したって言ってたよ」
「それって部活内での事が原因?」
「?」
私の質問に不思議そうな表情をする優希君。
「えっと。バイトの件で揉めたとかではなくて?」
「昨日も優珠も佳奈ちゃんもバイトはしていないって伝えたつもりなんだけど、ひょっとして信じてもらえてない?」
そして今度は不安そうな表情をする優希君。
「違うよ。昨日耳にした話だと、バイトが原因で暴力があったんだよね」
じゃあまた違う話なのか。
「……」
優希君も良く分かっていないのか首をかしげる。
「取り敢えず確実なのは三年の先輩とバイトではなく部活の事で揉めて、手を出したって事だよね」
妹さんの話をまとめるとそうなる。
「確かに先に暴力を振るった優珠も悪いかもしれないけど、何が原因なのか僕はちゃんと調べたい」
ただ確認の意味で口にしただけなのに、恋人繋ぎをしている手に力を入れる優希君。
「大丈夫。妹さんにもちゃんとした理由があって、妹さんが悪いわけじゃないんだよね」
本当に。これだけお兄ちゃんから信頼してもらっていたら、お兄ちゃんっ子の優珠希ちゃんからしたら嬉しくて仕方が無いよね。逆にこの信頼があってこそ妹さんはお兄ちゃんっ子になったのかもしれないけれど。
「じゃあ私達が耳にした噂は、後輩から手を出した――後輩が手を出したって所と、バイトをしている事ではなくて雑草だらけになっていたって言うのが本当の話なのかな」
私が言い直して優希君に確認すると、明らかにホッとした表情で恋人繋ぎをしている優希君の手から力が抜ける。
「じゃあ今日の放課後、園芸部を覗いてみるよ」
中間テストの時のように現場に何かのヒントが残っているかもしれないと思って口にすると、
「優珠の事だから僕も一緒に行く」
妹さんの事になるとじっとはしていられないみたいだ。そんな優希君を見ていると、私の時でもそんな風に一生懸命になってくれるのかなって不謹慎な事を考えてしまう。
「分かった――」
途中まで言いかけて思い出す。
――わたしとお兄ちゃんが兄妹だって知られると、
お兄ちゃんに迷惑がかかるから――
妹さんが寂しそうに言っていた言葉を。
「――って言いたいけれど、優希君。校内で妹さんと一緒にいても大丈夫? それとも会わない方が良いの?」
そして言いかけた先の言葉を変えて、優希君に確認すると驚いた表情をする。
「僕は全く気にしてはいないけど、僕の学校での評判が下がるといけないからって優珠の方が言ってるのは確かだよ」
そして話してくれている間に困った表情に変わる。よく考えたらあれだけのお兄ちゃんっ子の優珠希ちゃんが、校内で優希君と一緒にいるのを一度も見た事が無い。
放課後一緒に帰る話をしていたのを耳にした事があるだけだ。
しかもその時でも御国さんを含めた三人でだ。
「……なんだったら私一人で園芸部に見に行っても良いよ」
迷いはするけれど、妹さんの意思を尊重するなら、妹さんと鉢合わせになるかもしれない事を考慮して、今回は一旦私一人で行った方が良いかもしれない。
ただそれでも仲の良い姉弟なら、一緒に行動しても良いとは思うけれど、今はそこには首を突っ込まずに、優希君なり妹さんなりが話してくれるまでは待つことにする。
「……優珠の事を考えてくれてありがとう。愛美さん」
妹さんと同じような寂しそうな表情を浮かべて感想を口にする優希君。
浮かべた表情と口にした言葉の齟齬にもどかしさを感じるけれど、一応は行動の指針みたいなのは決まったところでメッセージにあったもう一つの話、雪野さんの事だ。
いよいよ学校が近づいて来たからと手を離そうとして
「……」
優希君が嫌がるようにして私と握る手に再び力を込めてくれる。
「で、雪野さんの様子はどうだった?」
だから恥ずかしかったけれど、決して嫌な訳では無かったから私も改めて優希君の手を握り直して、逆にこの方が何の話をしているのかは分かりにくいのかなと考える事にして話を続ける。
「雪野さん自身に全く身に覚えが無くて、困惑と言うより“ワタシってそうみられていたんですね”ってショックを受けてたかな」
それでも僕たち残り四人統括会のメンバーはそんな事全く思ってないし、見ても無いって事は伝えたけどっと言葉を付け足す優希君。
その話を聞けただけでも、多少は思う所はあっても優希君に雪野さんを任せて良かったかなって思う。
でないと雪野さんはしんどくてかなり辛い状況だったんじゃないだろうか。
「優希君。統括会以外にも雪野さんは簡単に手を上げるような人じゃないって分かってくれている子もいるよ」
だから中条さんの存在も知らせると、
「ありがとう愛美さん。その言葉は間違いなく雪野さんの力になるよ」
優希君が嬉しそうな表情をしてくれる。
そして気が付けば昇降口下駄箱の前。さっきまでは恥ずかしい気持ちの方が強かったけれど、いざ手を離すとなると名残惜しくなってしまう。
「……雪野さんとは喋るだけだからね。頭を撫でるとか優しくするとかは私、嫌だからね。雪野さんへの心移りだけは私泣いちゃうから」
もちろん優希君の事は信じてはいるけれど、嬉しそうにする優希君の表情を見ていると、どうしても一言言わずにはいられなかった。
「僕が好きなのは愛美さんだけだから。そこだけは分かって欲しい」
でも私の不安を消してくれるように私に笑いかけて、私の頭を撫でてくれる。
「分かった。じゃあまた放課後……はアレだから、夜にでも電話かな?」
もう三年の教室の前。
「僕の方も楽しみにしてる」
そう言って次はお姉さんとの約束通り、実祝さんに咲夜さんの事を伝えようと、教室の中に足を踏み入れる。
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