十二歳
文字数 1,635文字
ぼくはアイちゃんが好きだ。
生まれてから今まで、こんなにも人を好きになったことはない。生まれてからなんて、まだ十二年しか生きていないじゃないかと大人の人に笑われてしまいそうだけど、お母さんいがいの女の人をこんなにも好きになったことはなかったし、たぶん、これからもこんなに人を好きにならないと思う。
ぼくとアイちゃんは家が近くて、登校班もいっしょだった。ぼくとアイちゃんは毎朝おしゃべりしながら学校に通った。でも五年生まで同じクラスになることはなくて、六年生になってやっとアイちゃんと同じクラスになれた。やっと同じクラスになれたのに、なぜかぼくはきんちょうしてしまって、前のようにアイちゃんと楽しくおしゃべりができなくなってしまった。
修学旅行の夜、クラスメイトの木村くんが「好きな女子の名前を言い合おう」と言ってきた。ぼくははずかしくて言いたくなかったけど、木村くんがあまりにしつこくて、とうとうぼくは「アイちゃん」と言ってしまった。すると、ビミョーな顔をした木村くんに「おまえは変わってる」と言われた。
木村くんはぼくの好きな女子を聞くだけ聞いて、自分の好きな女子の名前は言わずに、急にふとんをかぶって寝たフリをした。「ねえ」とぼくが体をしつこくゆすっても、わざとらしいイビキをかくだけで起きなかった。でも木村くんが言わなくても、ぼくは木村くんの好きな子を知っていた。どうせレイコちゃんだ。
たしかにレイコちゃんやアユミちゃんはかわいい顔をしていて、ほとんどの男子が二人のことを好きだろうけど、ぼくにとってはだんぜん、アイちゃんのほうがかわいい。
ぼくのアイドル。
アイちゃんが笑うだけで、六年一組の教室のつくえから、黒板のチョークいれから、ゆかのタイルのすきまから花が咲いた。
「今日、日直だよね?」
黒板消しでチョークの字を消しているぼくに、とつぜん、アイちゃんが話しかけてきた。
アイちゃんが黒板の前の台に上がると、急に教室が真っ暗になって、コンサートのステージに立つアイドルみたいに、アイちゃんにスッポトライトが当たった。ぼくはビックリして持っていた黒板消しを落としてしまった。
なぜか教室のうしろにあるロッカーのそばでは、フリフリがたっぷりついたピンクのドレスを着たショートカットのおねえさんが、リズムにのって足を右に左にステップしている。そのおねえさんは手に白いマイクを持って歌うように口をパクパクさせていた。でもその口から歌は聞こえてこない。教室が暗くて、そのおねえさんの顔はよく見えなかった。
「うん」
ぼくはあわてて落とした黒板消しを拾いながら返事をした。そしたら、教室はいつもの明るさになっていて、ドレスを着たおねえさんは出番がおわったようで、すごくめんどくさそうに教室のドアから外へ出ていった。
「今日の体育、見学したいんだけど、どうしたらいい?」
「見学?」
どうしたんだろう。カゼをひいたのかな。アイちゃんの体の具合が心配になって、かなしい気持ちになった。
だけど、ぼくは少しうれしい気持ちにもなった。だってぼくは体育がとくいで、野球クラブでも一番ホームランを打つし、今日の体育のプールだってとくいだから、見学のアイちゃんにカッコイイところを見せられるかもしれない。
「ちょっと、おなか痛くて……」
アイちゃんはうつむいて、両手でおなかをおさえた。痛いのをガマンしてるみたいで、顔が真っ赤だ。
「大丈夫?」
ぼくはもっと心配になった。
「やーい、セーリ、セーリ」
ぼくとアイちゃんの話を聞いていた木村くんが楽しそうにさわぎながら、走って教室を出ていった。
すると、アイちゃんはさっきよりももっと顔を真っ赤にしていた。おなかが痛いのはかわいそうだけど、アイちゃんの顔は真っ赤で、チューリップみたいにかわいかった。
ぼくが先生に伝えてあげよう。アイちゃんの力になってあげるんだ。
でもぼくにはわからないことがひとつあった。
「ねえ、セーリってなに?」
「えっ?」
生まれてから今まで、こんなにも人を好きになったことはない。生まれてからなんて、まだ十二年しか生きていないじゃないかと大人の人に笑われてしまいそうだけど、お母さんいがいの女の人をこんなにも好きになったことはなかったし、たぶん、これからもこんなに人を好きにならないと思う。
ぼくとアイちゃんは家が近くて、登校班もいっしょだった。ぼくとアイちゃんは毎朝おしゃべりしながら学校に通った。でも五年生まで同じクラスになることはなくて、六年生になってやっとアイちゃんと同じクラスになれた。やっと同じクラスになれたのに、なぜかぼくはきんちょうしてしまって、前のようにアイちゃんと楽しくおしゃべりができなくなってしまった。
修学旅行の夜、クラスメイトの木村くんが「好きな女子の名前を言い合おう」と言ってきた。ぼくははずかしくて言いたくなかったけど、木村くんがあまりにしつこくて、とうとうぼくは「アイちゃん」と言ってしまった。すると、ビミョーな顔をした木村くんに「おまえは変わってる」と言われた。
木村くんはぼくの好きな女子を聞くだけ聞いて、自分の好きな女子の名前は言わずに、急にふとんをかぶって寝たフリをした。「ねえ」とぼくが体をしつこくゆすっても、わざとらしいイビキをかくだけで起きなかった。でも木村くんが言わなくても、ぼくは木村くんの好きな子を知っていた。どうせレイコちゃんだ。
たしかにレイコちゃんやアユミちゃんはかわいい顔をしていて、ほとんどの男子が二人のことを好きだろうけど、ぼくにとってはだんぜん、アイちゃんのほうがかわいい。
ぼくのアイドル。
アイちゃんが笑うだけで、六年一組の教室のつくえから、黒板のチョークいれから、ゆかのタイルのすきまから花が咲いた。
「今日、日直だよね?」
黒板消しでチョークの字を消しているぼくに、とつぜん、アイちゃんが話しかけてきた。
アイちゃんが黒板の前の台に上がると、急に教室が真っ暗になって、コンサートのステージに立つアイドルみたいに、アイちゃんにスッポトライトが当たった。ぼくはビックリして持っていた黒板消しを落としてしまった。
なぜか教室のうしろにあるロッカーのそばでは、フリフリがたっぷりついたピンクのドレスを着たショートカットのおねえさんが、リズムにのって足を右に左にステップしている。そのおねえさんは手に白いマイクを持って歌うように口をパクパクさせていた。でもその口から歌は聞こえてこない。教室が暗くて、そのおねえさんの顔はよく見えなかった。
「うん」
ぼくはあわてて落とした黒板消しを拾いながら返事をした。そしたら、教室はいつもの明るさになっていて、ドレスを着たおねえさんは出番がおわったようで、すごくめんどくさそうに教室のドアから外へ出ていった。
「今日の体育、見学したいんだけど、どうしたらいい?」
「見学?」
どうしたんだろう。カゼをひいたのかな。アイちゃんの体の具合が心配になって、かなしい気持ちになった。
だけど、ぼくは少しうれしい気持ちにもなった。だってぼくは体育がとくいで、野球クラブでも一番ホームランを打つし、今日の体育のプールだってとくいだから、見学のアイちゃんにカッコイイところを見せられるかもしれない。
「ちょっと、おなか痛くて……」
アイちゃんはうつむいて、両手でおなかをおさえた。痛いのをガマンしてるみたいで、顔が真っ赤だ。
「大丈夫?」
ぼくはもっと心配になった。
「やーい、セーリ、セーリ」
ぼくとアイちゃんの話を聞いていた木村くんが楽しそうにさわぎながら、走って教室を出ていった。
すると、アイちゃんはさっきよりももっと顔を真っ赤にしていた。おなかが痛いのはかわいそうだけど、アイちゃんの顔は真っ赤で、チューリップみたいにかわいかった。
ぼくが先生に伝えてあげよう。アイちゃんの力になってあげるんだ。
でもぼくにはわからないことがひとつあった。
「ねえ、セーリってなに?」
「えっ?」