わたしのファミリードラマ

文字数 1,236文字

 わたし自身の死を得るために
 わたしは家族の死を待ち望んだ
 わたしは家族をこよなく愛していた
 家族の悲しむ顔を見たくはなかった
 たとえ死んだわたしにその顔を確認するすべはなくとも
 わたしは家族の悲しむ可能性をあたう限り排除しておきたかった
 それがわたしの数少ない生きる理由だった
 わたしの死ねない理由だった

 ここでわたしにとって都合のいい
 ひとつの仮説を一考しよう
 すなわち家族はわたしを愛しておらず
 わたしの死は
 家族の口元すら揺るがせない
 微風としてのわたしの死
 凪としてのわたしの死
 サティが提唱した家具の音楽
 その概念の完璧なる例証としてのわたしの死

 だとしてもわたしは
 家族のこころだけではなく
 家族の世間体でさえも生きてるうちは傷つけたくなかった
 わたしは家族よりも早く死ぬわけにはいかなかった
 事故によるものであれ
 病によるものであれ
 自らの手によるものであれ
 その希望はわたしから奪われていた
 死はわたしから剥奪されていた

 死を持たない存在は人間とは呼べない
 わたしは人間ではなかった
 名づけることのできない大柄で柔かな単色の塊だった
 置き場所を間違えられた塊として
 わたしは誰よりも幸福だった
 身内にあふれる生の充実感
 家族への愛
 そしてわたしは
 誰よりもすみやかに死にたかった

 十二の頃にわたしは凍りついた
 恩寵に浴したその日以来
 温もりは消え失せ
 わたしは自分自身から疎外された
 家族から受けた愛の残骸が
 わたしを動かし
 人間のふりを続けさせた

 わたしは自分自身を模倣した
 まだ人間だった頃の振る舞いをひとつひとつ思い起こし
 検証しつつ再現した
 二本足で直立しているとき
 両手はどこに置くんだっけ
 口蓋を動かして咀嚼するとき
 視線はどこに向けるんだっけ
 他人と楽しく笑い合うとき
 こころはどんなふうに揺らすんだっけ
 身近な誰かが死んだとき
 涙はどこから流すんだっけ
 わたしのぎこちない再現は家族を騙しおおせ
 べつに逐われることもなく
 べつに殺されることもなく
 わたしは人間の外殻を維持した
 詰めものだらけの内面を固持した
 鋳型を裏切らずに舗道をたどった
 こころだけが破綻をきたした

 本当の死を得る者は稀だという
 家族を失ったときわたしは
 奪われた死を取り戻し
 誰の記憶にも痕跡を残さない
 完全無欠の撤退戦としての死を戦い抜くことができるのかもしれない
 そのときが来るまでわたしは
 いかものめいた塊として
 泥をすすってでも生き延びるだろう
 わたしはけっして死なないであろう
 死が死になるまで
 事故によって
 病によって
 自らの手によって
 死が訪れたとしても
 わたしはけっして死なないであろう
 死が死になるまで

 家族に安らかな平安あれ
 家族にすこやかな眠りあれ
 家族に死のような幸いあれ
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