ふたつめ

文字数 829文字

「ああいうのはね、見なかったふりする。結構居るし」
隣を歩きながら、遥が言った。
さっきみたいのが結構居る……。
あの姿を思い出すと背中が冷たくなる。
時々、私から彼女の視線が外れるのは、気のせいだと思いたい。
「主張強くてめんどくさいし」
恐怖感など全く無く、心からそう思っているという顔が何だか可愛い。
「面倒くさいのは、生きてるのもそうだね」
先程の三人を思い出す私の言葉に、遥は首を横にふった。
「生きてるのの方がめんどくさいよ」
窓の外を一瞬見てから、彼女は続けた。
「関わんなきゃ良いのにぐいぐい来る」
それは確かに。
気に入らないのを放っておけない人種が居るのは何故なのだろう。
「あっちは、見なければ居ないのと同じだもん」
そう言った彼女の視線の先、廊下の奥から、カラカラと何やら乾いた音がする。
聞き覚えの無い、音。
カラカラ。
耳障りな響き。
カラカラ。
何の音か分からない。
カラカラカラカラ。
息を飲む私の前方に、袖のある古めかしい白衣を来た看護士が現れた。
遠くからでも分かる程錆び付いた空の車椅子を押している。
カラカラカラ。
俯いたまま、タイヤの音を響かせて、ゆっくりこちらへ近寄ってくる。
首は左右へ際限なく揺れていた。
明らかに関わりたくない物だと理解する私に遥の言葉が過る。
……見なければ居ない。
ホントに……?。
一瞬迷うと同時に、明らかに普通じゃない相手が突然歩みを止め、ほぼ横向きに垂れ下がった首でこちらを見た。
表情の無さに背筋が総毛立った次の瞬間。
ガッガッガッ。
錆を撒き散らしながら、それがいきなり走り出した。
物凄い速度でこちらへ進んでくるモノから、目が離せない。恐怖というより呆気に取られていたその時、遥の手が私の瞼を塞いだ。
「見たら居る」
瞬間、音が止む。
「ほら」
私の耳元で声がする。
「見なきゃ居ない」
妙にしんとした空気の中、
「ね」
少し楽しそうな、柔らかい声がした。
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