第1話 学ぶべき過去と、学ばざるべき未来

文字数 13,894文字

剣導水(きどうすい)
学ぶべき過去と、学ばざるべき未来

登場人物



                                  信 しん

                                  和樹 かずき

                                  亜緋人 あひと

                                  李 りー

                                  死神 しにがみ

                                  拓巳 たくみ

                                  みりあ

                                  エド

                                  鳴海 なるみ



















賢者は、生きられるだけ生きるのではなく、生きなければいけないだけ生きる。 

モモンテーニュ

































第一盗【学ぶべき過去と、学ばざるべき未来】

























 貧しい世界で生きているからこそ、そこから見えてくる時代背景がある。

 生きるために必要なものが、愛であるなんて、そんな綺麗事、一体誰が口にしたのだろうか。

 最低限、お金は必要なものなのに、だ。

 お金が無ければ、食料も手に入らず、なにも買う事など出来るわけも無く、それはつまり、“死”を意味するも同然なのだ。

 “愛”など、所詮、目には見えぬものであって、それは最低限必要なものでは無く、お金がある程度ある者が、口に出来る“余裕”だとも考えられる。

 落としてしまえば、辺りの砂に紛れて分からなくなってしまう。

 バランスの悪い世界にいる今、どうやってバランスを保ち続けていけるというのだろう。

 そして、バランスが崩れた時、人はどうなるのだろうか・・・。







 とある場所、歴史に名も遺すほど由緒正しき家柄があった。

 その名は“凰鼎夷家”である。

 何百年、何千年と続くこの家には、数十年前に第一子を授かることが出来、さらに男子であったことからも、後継者が出来たと喜ばれた。

 その後ももう一人男子が産まれ、何の問題も無く国を統一するはずであった・・・。

 「信様が王位を放棄したそうだ!!」

 「なんだったんだ!あのスピーチは!?一体どういうことなんだ?国王からの報告はないのか!?」

 凰鼎夷家の御支族、第一子である“凰鼎夷 信”は、つい先ほど行われた王位継承の式典にて、放棄すると言い放ったのだ。

 そしてそのまま煙のように消えてしまい、家来たちが総出で探したものの、結局見つからなったそうだ。

 国王でもある信の父親と、その妻である母親は大層悲しんだそうだ。





 ―某所

 「おい和樹、あんまり銃ぶっ放すんじゃねぇぞ」

 「分かってる」

 「じゃあ、行くぞ」

 闇にまぎれて三人の影が、無駄に広い敷地の中へと入って行った。

 「亜緋人、見つかるなよ」

 「それはお前だろ、信」

 信と呼ばれた男は、紫の髪が綺麗に整えられている。

 和樹という男は、少しはねた長い髪の毛は黒と緑が混ざっており、首筋には三日月が背中合わせになったような痣を持っていた。

 亜緋人はオレンジの髪をしており、左頬に絆創膏、右耳には同じ形のピアスが二つついていた。

 みなそれぞれ目立つ風貌をしている。

 とある豪邸に忍び込み、ちょっとした盗みをしている最中なのだ。

 「よし。これくらいにしとくか」

 そう言って、信たちは窓から外へと脱出する。

 「よくもまあ、こんなに金持ってるな」

 亜緋人が感心したように呟くと、そのお金で食料を買い、つまみ食いをしながら歩いていた。

 しばらく歩いていると、和樹が目を細め、何かに気付いた。

 「おい、人がいるぞ」

 「え?」

 余程距離があるのか、和樹の視力がとても良いのか、信たちには見えなかった。

 しかし、しばらく歩くと、確かにそこには村があり、人々が暮らしていた。

 「すっげえな、和樹」

 「ほえー。めっちゃ目ぇいいな」

 信と亜緋人で感心していると、村の人々がずらずら並んで何処かへ向かっていた。

 何処に行くのだろうと、興味本位で着いて行くと、そこは教会だった。

 そこの神父様はなぜか神同等、いや、神以上に崇められていた。

 異様な光景ではあるが。きっとこの村ではそういう宗教なのかもしれないと、三人は遠巻きから眺めていた。

 神父は信たちに気付くと、みなが立ち去ったあと、中に入れてくれた。

 「ようこそ。旅のお方でしたか」

 「ええ、たまたま通りかかりまして」

 「ここはアタ―シャ村といいます。ゆっくりしていってください」

 「ここって美人な女とかいる?」

 亜緋人の言葉に、思わず信は亜緋人の足を踏みつけた。

 ニコニコと笑ったままだが、その表情からは想像出来ないほど強く踏んでいる。

 「それにしても、神父様が祀られるというか、ここまで神のように扱われているのは、不思議な風習ですね」

 ふと、信がなんとなく聞いてみた。

 「ええ、まあ。他に縋るものがないのでしょうな」

 とりあえず信達は、その日はその村に泊まらせてもらうことになった。

 とはいっても、野宿なのだが。

 火を焚いて、身体を暖めながらも周りの様子をなんとなく見ていた。

 夜にも人の出入りがあり、教会は常に賑やかな感じだ。

 「どうした?そんなに気になるのか?」

 亜緋人が、ずっと教会の方を見ていた信に声をかける。

 すでに寝袋に入って寝ている和樹を横に、信はなにかが気になるようで、ずっと教会を眺めている。

 「?おい、信?」

 「ああ、いや。なんか、違和感が」

 「違和感?」

 その時は、信にも分からなかった。

 何に対して違和感を覚えたのかも、何に対して気になっているのかも。

 翌日、朝から教会に人が出入りしているのを見て、亜緋人が呟く。

 「よくやるなー。他人に縋ってどうしたいんだかな」

 「偉いというか。律儀というかな」

 まだもぞもぞと寝袋から出ることなく、顔だけ出して話しをしている。

 眠気が残るまま、目を細めている信が横に目をやると、和樹は目さえ開けていなかった。

 「信」

 「んー?」

 「今日はどうする?まだ金もあるし、綺麗で可愛い女でも買って」

 「却下」

 「なんでだよ」

 全否定してきた信の返事に、亜緋人は口を尖らせて拗ねる。

 そして、寝袋のまま信のほうにゴロゴロと転がって突進してきた。

 「おおおおおおお!?怖い怖い!こっち来んなよ!」

 「はははは!天罰じゃあ!」

 何が楽しいのか、亜緋人から逃げるように、信も同じようにゴロゴロ転がっていった。

 まるで芋虫のような格好のまま、二人は追いかけっこを続けていた。

 「うお!」

 すると、突然、土が柔らかいものになり、信も亜緋人も身体が少し埋まってしまった。

 そのまま何とか脱出を試みるが、なかなかうまく抜け出せないままでいた。

 「亜緋人のせいだぞ!なんとかしろ!」

 「えー、俺のせい?こっちに逃げてきたのは信だろ?俺はお前のケツじゃなくて、女のケツしか追わない主義だってば」

 「馬鹿しか言わねえな、お前は」

 傍から見れば、とても気持ち悪い映像。

 「どっちも馬鹿だ」

 声にならない声で身体をねじらせていると、そこにやってきた救世主。

 「和樹!助けてくれ!出られねえんだ!」

 「・・・はあ。寝袋からまず出ればいいだろうが」

 「あ、そっか」

 仕方なく信たちを助けると、亜緋人が回りを見て何かに気付いた。

 「あり?」

 「どうした?」

 「ここって、墓地か?」

 冗談を、と思った信だが、確かに、良く見てみるとそこは墓地のようだ。

 十字架が綺麗に並べられている。

 となると、今自分達のいる場所の下には死体があるのかと、勢いよく身体をどかす。

 だが、埋められているにしては、あまりに頼り無い場所だ。

 「これ、掘られた痕じゃねえ?」

 ふと、亜緋人が指差した方には、ぽっかりと棺桶が入るくらいの穴があった。

 十字架の数に比べると、あまりにもスカスカな空間だ。

 「埋めた人間を掘り起こした?んなことあるかよ」

 「けどよ、無い話じゃあないだろ?」

 「なくはないけど」

 「どうかなさいましたか?」

 「うおおおお!」

 突如として現れた四人目の声に、信と亜緋人は和樹の後ろに隠れる。

 そこに立っていたのは神父だった。

 「なんだ、あんたか」

 信は思い切って神父に聞いてみると、渋い顔をしながらも、答えてくれた。

 「実は、場所を移動させたのです」

 「移動?」

 「ええ。ここの土は大変柔らかく、土砂崩れを起こして、下の町へと落ちてしまうことがあるのです。そこで棺桶が流れては大変だということで、教会の地下室へと移したのです」

 「ああ、なるほどね」

 「良かったら、ご覧になりますか?」

 「良かったら、の使い方合ってる?それ」

 和樹の後ろに隠れたまま、信と亜緋人は神父と会話を続ける。

 そして、神父の後を着いて行く間も、和樹の背中から離れることはなかった。

 地下室というイメージは大方みな一律だろうが、それにしても暗くジメジメしていて、蝋燭の灯りがこんなにも頼もしく思えるとは。

 螺旋階段は幅が狭く、信たちは和樹を先頭にして一列に並ぶしかなかった。

 地下室に辿りつくと、そこは今までの狭さが嘘のようにだだっ広い場所になっていた。

 「わー、涼しいってか寒い」

 「こちらになります」

 神父が蝋燭を灯した場所には、幾つもの死体が並べられていた。

 積み重なった死体は、いつ崩れるかも分からないほどの高さだ。

 「これ、全部村人だった人ですか?」

 「ええ、そう言われております」

 「すっげ。なんか色々漂ってそう」

 「・・・・・・」

 しばらく眺めてから、三人は再び階段を上り、教会内部へと戻ってきた。

 「では、私はこれで」

 そう言って神父が去っていったあと、信は教会のパイプオルガン近くに椅子に座った。

 足を組み、指を顎に当てて何かを考えていた。

 「なんだ?なんか気になったのか?」

 「うーん」

 暗かったから、確実にとは言えないが、確かにそこに見えたのだ。

 一つだけ、別の場所に祀られている死体を。

 しかもまだ骨格が小さいことから、子供だったのかもしれない。

 「もう一回行こう」

 「俺パス」

 即答で信の言葉を拒否した亜緋人だったが、首根っこを和樹に掴まれた。

 そして猫のようにそのまま地下室へ繋がる階段に放り出される。

 「いやいや、まずくね?てか、見張りは必要だろ?俺やるから。大丈夫。逃げないから。多分」

 「そのあやふやな言葉を信じろっていう方が無理だろ。良いから行くぞ。ちょっと確かめるだけだ」

 教会の端っこにあった、きっと何かあったときのための懐中電灯を手に持つと、信はすいすい歩いて行く。

 地下室に着くと、亜緋人は階段近くの壁に背中をくっつけた。

 和樹は灯りなど気にせず、骸骨たちをじーっと見ていた。

 そして信は、気になっていた場所へと向かうと、それをマジマジと眺める。

 「(やっぱりこれだけ別だ。それに、名前までつけてる・・・。み、ミルク?)」

 きっと生前の名だろうが、名がつけたままになっているのはこの身体だけだ。

 もしかしたら、最近死んだもので、これだけまだ積まれていないだけなのか。

 「んー」

 「なあ、もう戻った方がいいって。俺達怒られるぜ?」

 「そのために亜緋人はいるんだろ?」

 「え?俺って怒られ担当だったっけ?」

 懐中電灯をもっと奥まで照らすと、その身体の下に、すり鉢のようなものがあるのが見えた。

 「なんだ、これ?」

 「触んねえ方がいいって」

 後ろから亜緋人が止めに入るが、信はそれを手前に引き寄せると、目を見開いた。

 「・・・これ」

 小さなすり鉢の中には、白い骨が砕かれた痕が残っていた。

 さらにいうと、鉢の中にはピンク色の液体が少しへばりついていて、臭いを嗅いだだけで、それは血だと分かる。

 「なんでこんなものが?」

 「信!誰か来るぞ!」







 ぴちゃ、ぴちゃ・・・。

 足音と共に、人影も見える。

 「今宵も私と一緒になる儀式を始めよう」

 人影はゆっくりと名のある身体に手を伸ばすと、骨を折ってすり鉢に置いた。

 蝋燭の火だけを頼りに、人影は骨をゴリゴリと音を出して砕いて行く。

 時間をかけて砕き終えると、胸の内ポケットから何かと取り出し、それをすり鉢の中に混ぜた。

 「ミルク、早く君と一つになりたいよ」

 「ああ、どうして君はこんなにも私を狂わせるのだろうね」

 「愛しているよ、ずっと、ずっとね」

 人影は、砕いた骨をぐいっと飲みこんだ。

 「げっ」

 「!?誰だ?」

 隠れていた信たちだったが、人影の光景に我慢できなくなり、亜緋人が声を出してしまった。

 パッと人影に灯りを灯すと、眩しそうに腕で顔の前を隠す。

 「あなた、何をしているんですか?神父様?」

 「・・・・・・」

 神父は特に焦る様子もなく、ゆっくりと腕を下ろした。

 「まだお帰りになっていなかったのですか」

 「自分が何をしているか、分かってるんですか」

 「何がいけないのですか?」

 神父の表情は、至って平然としていた。

 「そのミルクと名が書かれた人物は、誰なんですか?どうしてこんなことをしているんですか?」

 「・・・ああ、この子は」

 こちらが三人もいて圧倒的に有利なのにも関わらず、神父から発せられる空気は、それをも覆すほどの狂気に満ちていた。

 神父はすでに骨となっている身体に近づくと、愛おしそうに唇をつけた。

 「私が殺したのです」

 「!?」







 「忘れもしません。ミルクと出会ったのは、もう二十五年も前のことです」

 以前から教会で神父をしていた男は、村にやってきた一人の少女と出会った。

 それが、ミルクだった。

 ミルクは消極的な子だが、とても可愛らしく、風に靡く髪は美しかった。

 最初は、兄妹、もしくは親子のような感情だと思っていた。

 だが、それは違っていた。

 「私は、ミルクに恋をしていた。だが、まだ幼かったミルクは、私を受け入れてくれるはずがなかった」

 神父はミルクを教会に呼び、祈りをするという名目で二人きりになった。

 そして、ミルクに襲いかかった。

 当然、ミルクは抵抗をしたが、男の力に敵うはずがない。

 「私はミルクを愛し、殺した。この手で。私はミルクとひとつになりたかっただけなんだ」

 「だから骨を砕いて食べた?その子の生き血を抜いたものと混ぜて飲んだ?」

 「信?何を言って・・・」

 「そう。私はミルクの全てが欲しかった。だから、骨も。血も。そして肉も。この口にして、誰にも渡さなかったのだ」

 「ちっ。こいつ狂ってるぜ」

 亜緋人は吐き気を押さえるように、口元を手で覆う。

 だが、一つおかしな点もあった。

 目の前の神父は四十代に見える。

 それなのに、二十五年前となると、十五歳ということになる。

 果たして、十はいっていたであろうミルクが、五離れただけの男を、そこまで拒むだろうか。

 いや、世の中には生理的に無理という言葉があるのだから、全くないとは言えないが。

 「・・・まさかあんた」

 かく、かく、と玩具のように動きだした神父に、信たちは思わずその場から逃げる。

 階段を駆け上りながら、亜緋人が信に聞く。

 「おい!どういうこったよ!」

 「話は後だ!和樹!来てるか!?」

 「・・・ああ。物凄い形相で追ってきてる」

 「冷静に言うの止めてくれる!?」

 一番後ろにいる和樹が、追ってくる神父に向かって銃を撃つが、威嚇射撃程度だ。

 教会に着くと、信たちは神父から距離を取って息を整える。

 「はあ、はあ」

 「もう、追いかけっこは終わりですか」

 「はあ、はあ、ああ。新鮮な酸素が欲しかっただけだからな」

 和樹が銃を構えるが、神父は全く気にしていないというか、恐怖も何も感じていない。

 亜緋人に関しては、もう意気消沈。

 「そんな物騒なもの、ここには似合いません。下ろしていただけませんか」

 「物騒なのはお互い様だ。死人野郎に言われたかないな」

 「死人?誰が?」

 和樹の言葉に、亜緋人が尋ねる。

 和樹の視線の先には、今もっとも近づきたくない相手、神父しかいない。

 だが、神父は生きている。というか、ちゃんと動いている。

 「何言ってんだ?和樹」

 「馬鹿が」

 「俺?え?俺が馬鹿?」

 ちょっとだけ顔を引き攣らせながら、亜緋人は和樹を睨む。

 懐中電灯の明かりを消すと、信は腰に下げていた刀を抜く。

 「こいつ、生きてる臭いしない」

 「和樹くん、犬並みの鼻だね」

 至って冷静に話す和樹の横で、信は困ったように笑いながら返事をする。

 二人の様子を見て、神父は少し俯き、肩を震わせ始めた。

 「ふふ・・・ふはは・・・ふははははははははははは!」

 「あ、笑った」

 いきなり神父が笑いだし、亜緋人が遠巻きから一人、それを見ていた。

 すると、神父の身体が徐々に腐っていき、鼻がもげそうな臭いを発する。

 骨も肉も見えだし、体内からは虫もうじゃうじゃと出てきた。

 かくん、かくん、と神父の動きは奇妙さを増し、和樹が銃で左足を狙って撃つ。

 「おいおいおいおい。マジかよ」

 「・・・・・・」

 確実に足に当たったのにも関わらず、神父は平然と歩いてくる。

 撃った張本人は無表情のままだが、近くにいた信は思わず身構える。

 「亜緋人、援護しろよ?」

 「あいあいさー」

 亜緋人は武器を持っていない。

 というのも、亜緋人は武道派のため、接近戦では心強い。

 だが、きっとあんな腐った、虫が溢れ出してくるような身体に、触れたくないのだ。

 そんな亜緋人に援護など務まるのかと聞かれれば、難しいだろう。

 「恨むなよ?神父様」

 そう言って、信はぐっと足に力を込めて踏み出し、神父に向かって剣を振るった。

 「!?」

 まるでからくり人形のように動いていた神父だが、ぐるんっ、と身体を捻った。

 それは、人間と言うにはあまりにも軟らかな動きで、骨がないかのようだ。

 「気持ち悪っっっ!!!」

 それを見て、誰よりも反応したのは、一番離れているはずの亜緋人だった。

 神父の目玉はただれ落ち、それでも信と和樹に向かって歩いてくる。

 「・・・キリがないな」

 「?どうするんだ、和樹?」

 「・・・・・・撃つ」

 そう言うと、和樹は近づいてくる神父に向けてまた銃を構える。

 そして、今度は神父の額を撃ち抜いた。

 「げっ」

 眉間に穴を開けた神父だが、それでもまだこちらに向かって歩いてくる。

 信はいよいよ一歩後ずさろうとしたとき、神父の身体は宙を舞った。

 「なんだ!?」

 「何何何何!?」

 「・・・・・・」

 きりきりと音を立てて飛んだ神父を見上げ、信たちはみな顔を上げる。

 すると、神父の身体を受け取った人影があった。

 「おやまあ、ボロボロになっちゃったな」

 金のはねた髪をし、額に何かマークがついている、肩の出るちょっとセクシーな格好をしている男。

 そしてその男の隣には、真っ黒の短い髪をしている男と、茶色のふんわりとした、耳の隠れるくらいの髪の男がいた。

 金の髪の男は、神父の身体を茶色の髪の男と黒髪の男に手渡す。

 ちらっと、金の髪の男がこちらを見てきた。

 「で、君たちは誰だい?」

 ふわっと髪を靡かせながら、男は信たちを見下ろし、笑う。

 「お前たちこそ、何者だ?その男は、なんだ?」

 刀を腰にしまいながら、信は尋ねる。

 首を少しだけ傾げながら、男は至極楽しそうに微笑んだ。

 「そうだね。まずは俺たちが名乗るべきかな?」

 そう言うと、男たちは信たちの前に下りたってきた。

 白い肌には似合う綺麗な目をしている男は、宙に浮いたまま口を開く。

 「俺は李。よろしくね。あいつらは死神と拓巳」

 「死神って名前なの?」

 不気味な神父がいなくなったからか、亜緋人は信たちの後ろに来ていた。

 ひょこっと顔を出して聞くと、李はケラケラと笑いだす。

 「本当の名前知らないんだよねー。だから適当につけたんだ」

 視線だけを上の二人に向けると、まるで機械か玩具を扱う様にして、神父の身体を縫い合わせ、中身を詰めて行く。

 見ているだけで吐き気がする作業を、死神と拓巳は淡々とこなしている。

 「気になる?」

 「え?」

 視線と李に戻すと、李はにっこりと笑ったままだ。

 心を読まれているわけではなく、信がわかりやすい表情をしていたのだろうが、なんとも気味悪い。

 李との距離を保ちながら、信は移動する。

 「あれはね、カラクリだよ」

 「カラクリ?人間だったんだろ?」

 「勿論。彼が女の子を殺しちゃった話は聞いた?」

 「ああ」

 「自分の手で愛する人を殺した彼は、酷く落ち込んでいてね。そこで、俺はこう持ちかけたんだ」

 くるっと、李は信たちに背を向け、教会にある十字架を仰ぐ。

 「君の身体をくれるなら、心はそのままに、あの子とひとつになれる方法を教えてあげるよ、ってね」

 何を言っているのか分からず、信も亜緋人も、眉間にシワを寄せる。

 和樹だけはいつものように平然としているが。

 「死神は彼の命を絶たせ、拓巳は彼の身体を繕った。ああ、彼自身が望んだことだからね?俺達はそれを手伝っただけ」

 「身体を操って何をしようとしたんだ?彼がもう死んだなら、ちゃんと葬るべきだ」

 「いいじゃない、別に。彼は神に仕えるよりも、自分が長く生きることよりも、彼女と一緒になることを選んだんだから。それは彼の意思であって、彼の人生だよ」

 「彼のことを信用している人達は、これを知ったらどう思うか・・・」

 「君、もしかして言う心算なの?」

 「そうした方が良い」

 「ふーん」

 信と李の会話に、和樹も銃をしまって腕組をしている。

 背を向けていた李は、首だけをこちらに向けたかと思うと、今度は一気に信に近寄った。

 あまりの速さに、信は見動きひとつ取ることが出来なかった。

 信の近くにいた亜緋人が、李の首もとに肘を当てようとしたが、避けられてしまった。

 「君、わかってないね」

 「は?」

 一瞬だけ、李の目つきが変わった。

 すとん、と李の後ろに、死神と拓巳が下りてきて、その手には直った神父がいた。

 だが、まだ意識がないようで、ぐでんとしている。

 「それとも、他人の人生に口出し出来るほど、偉い生き方でもしてきたのかな?」

 「何が言いたい?」

 李の言葉に、珍しく苛立った様子の信を、亜緋人が宥めようとする。

 「この村の奴らにとって大事なのは、この神父の存在じゃないってことだよ」

 「?」

 「つまり、奴らは“神父”という、自分たちよりも神に近い存在によって、自分達が守られるのだと思い込んでるだけ。実際そうだよね?この神父がまだ生きていたとして、誰を助けられるっていうんだい?」

 「だからそれは」

 「生きているか死んでいるかは問題じゃないんだよ。ただ、そこにいるだけで、彼の存在意義は発生しているんだからね。もしも俺達からこの身体を奪い、土の下に埋めてやろうなんて考えてるなら、それはこの村の人達の生きる希望を埋めるってことだからね。そこは理解してもらえる?」

 「そういうことじゃ」

 「もう止めよう。なんだか、君と話すの面倒になってきちゃった」

 「なっ」

 「だって、君は結局、どうするの?」

 「え?」

 李は、拓巳の手から神父を奪うと、その身体を信の方に向かって投げた。

 思わず受け止めてしまった、もう腐ったその身体は、腐敗臭さえする。

 「もし彼がここからいなくなったら、この村の人達はどうする?これから何に縋って生きる?何と祈る?彼はもう神以上に崇められているんだよ?そういうことまで考えて、君がそれでもと言うなら、まあ、仕方ないかな、とは思うけどね」

 触った感じからすると、神父の身体は完全に死んでいる。

 だが、李が言うには、そこに意識を取りこむと、まるで違った生き物になるという。

 そこの概念や思想というのは良く分からないが、信は正直、悩んでいた。

 先程までは強めに言っていたが、いざとなると、自分がしようとしていることが、果たして本当に正しいことなのか。

 しかし、それでも決してあってはならない。

 死者への愚弄とも思える行為だが、それは神父自身が望んだことだという。

 何が正義だとか、悪だとか、完全に割り切ることなんて出来なかった。

 「君が決めていいよ」

 教会に、李の声が響いた。

 「彼を殺すか、生かすか」

 すでに死んでいる神父に対し、おかしな質問だとも思ったが、事実、彼は生かされているのだ。

 こんな身体になっても、誰かの支えとなるならば、このまま李の言うとおり、生かしておくべきなのか。

 「見定めさせてもらうよ」

 という言葉だけを残し、李たちは姿を消してしまった。

 「信」

 考え込んでしまっていたが、はっ、とすると、亜緋人と和樹が信の前にいた。

 信は二人の顔をしばらく見れずにいると、最初に口を開いたのは亜緋人だった。

 「信、この村のことは、この村の連中に任せたほうが良い。俺達は部外者だ。この屍が村の連中にとって何より大事なら、そのままでもいいんじゃねぇか?信が抱え込むようなことじゃねえよ」

 「・・・・・・」

 亜緋人の言葉に、信はぐっと唇を噛みしめる。

 「わかってる。俺には関係ないことだって。けど、このままにしておくことが最善なのか、それとも、現実を見せた方が良いのか、わからない」

 「信・・・」

 最初に会ったときに、神父はとても穏やかで優しそうだった。

 きっとこの村のみんなに好かれているんだろうと、すぐに分かるほど。

 けれど、実際には存在していない彼は、この世界に留まるべきなのか否か。

 すると、今度は和樹が話す。

 「お前のやりたいようにすればいい」

 「和樹」

 「お前がどんな答えを出しても、俺はそれを受け入れる」

 「・・・・・・」

 「おい和樹、俺より格好良いこと言うの止めてくんない?俺の出番が少なかっただけじゃなく、最後に決めようとしてたのに、それさえ掻き消されちゃたまんねって」

 ぽん、と和樹の肩に手を置くと、その手を簡単に振り落とされてしまった。

 意地になった亜緋人は、さらに和樹の髪をいじり、懸命に三つ編しようとしたが、銃を向けられたため、大人しく手を放した。

 「・・・よし」

 「お?決まった?」

 「ああ」







 翌日になって、信達は教会に訪れてきた村人にこう言った。

 「神父様は、急な御病気で亡くなりました」

 始めは信じようとしない人がほとんどだったが、両手を合わせ棺桶で寝ている神父を見せると、みな大層悲しんだ。

 泣き崩れ、神さえ恨み、村人は三日三晩悲しみに暮れた。

 その後、神父の葬式が行われ、遺体は焼かれた。

 骨を拾うと、信たちは地下室に遺骨の入った木箱を置く。

 「安らかに」

 神父が愛した少女の隣に置くと、地下室にある全ての蝋燭に火を灯し、冥福を祈る。

 村から出ようとすると、村のあちこちで神父の死から立ち直れない人を見かける。

 「・・・・・・」

 活気のあった村のはずが、とても暗く、生気さえ感じられないほどに。

 「信、行くぞ」

 「・・・ん」

 亜緋人に呼ばれ、信は村を後にする。

 村から二キロほど歩いたところにある小さな森で、また彼らと出会った。

 「・・・・・・」

 「そんなに睨まないでくれる?」

 「お前たちがあんなことしなければ、村は変わってたはずだ」

 目の前の李たちは、そんな信の言葉に鼻で笑ってみせる。

 「それはお互い様だね」

 「なにを」

 「俺から言わせれば、君の方こそ、あんなことしなければ、誰も悲しまずに済んだんだよ?」

 「・・・・・・」

 「彼は生きている間に見出せなかったものを、死んでから手に入れることが出来たんだ。君は自分の正義を貫いたつもりかもしれないけど、この世にある正義なんて不確かなものだ。君にとって、何よりも正しい正義だとしても、他人からみるとそうでないものの方が多い」

 「わかってる」

 「なら結構」

 「お前達は・・・」

 立ち去ろうとした李たちに、信は追いかけるようにして声を出す。

 死神と拓巳は顔を少しだけ後ろに向けたが、李だけは背を向けたまま。

 だが、きっと笑っているのだろう。

 「お前達は、どうしてあんなことを?」

 あんなこと、というのは、きっと神父にしたことだろう。

 何か意味があってのことなのか、意味などなかったのか。

 聞いてもどうしようもないことは分かっていたが、それでも信は聞きたかった。

 李は背を向けたまま、顔を上げて大笑いした。

 それはとても楽しそうで、けれどどこか歪んでいて。

 「どうして?理由があった方が良いのかな?」

 「?」

 「理由なんかないよ?ただそこに、彼がいたから。それだけだよ」

 「お前!」

 信が腰から刀を抜こうとすると、死神と拓巳が鎌と銃を信に向けた。

 それと同時に、和樹も銃を構える。

 「運命の出逢いとでもいうのかな?」

 「運命の出逢い?」

 ここでようやく、今まで背を向けたままだった李が、信の方に身体ごと向ける。

 「何の目的もないんだよ。俺達がしていることはね。ただ、運命に導かれるまま、俺達のことを必要としてる人を手助けしてるだけなんだから」

 「ふざけたことを」

 「まあ、そうカリカリしないでよ。凰鼎夷信くん」

 「!?」

 信は、一瞬、呼吸の仕方がわからなくなった。

 名前だけなら、和樹や亜緋人に呼ばれているから、知られていても不思議ではない。

 だが、凰鼎夷という名を知っているのは、どういうことだろうか。

 調べるにしても、そう簡単にはわからないはずなのだが。

 「何の真似だ?」

 やっと動いた口は、そう言っていた。

 「何の真似?別に?言ったでしょ?目的もなにもないんだって。ただ知りたかった。それだけ。ね?」

 にっこり、それはもう本当ににっこりと笑うと、李は手をひらひらさせた。

 「じゃ、俺達はもう行くよ。きっとまた会えると思うから。そのときまた話をしよう」

 強い風が吹いてきて、信たちは思わず目を瞑ってしまった。

 だが、次に目を開けたときには、すでに李たちはいなかった。

 「信」

 亜緋人に何回か呼ばれ、信は和樹と亜緋人の方を見る。

 「行くぞ」







 「李」

 「なに?」

 「あの男、知ってるの?」

 信たちの前から姿を消し、離れた場所から信たちのことを見ている。

 肩を出したまま、金の髪の男は、口角を決して下げること無くいる。

 「以前、何処かで見た顔だと思ってね。ちょっと知り合いに聞いてみただけ」

 「知り合い?」

 拓巳が尋ねると、李は一瞬表情を硬め、またすぐに笑顔に戻る。

 「そう。俺がまだ純粋で穢れを何一つ知らなかった頃に会った、唯一の理解者でもあった人だよ。まあ、今は君たちがいるからね。理解してるのかは別として」

 またいつものようにケラケラと声を出して笑いだした李は、死神と拓巳に背を向けて、移動し始めた。

 李の後を追って行く二人は、一瞬変化した李の表情を見逃さなかった。

 それを口に出して言うことはしないが。

 「あ、それよりも」

 「ん?」

 ルンルンと鼻歌まで唄っていた李が、突然ぴたりと動きを止めた。

 死神と拓巳も同時に止まると、李が首だけを後ろに向けてきた。

 「二人とも、結構血の臭いするから、身体洗いに行こうか」

 にっこりと言った李の言葉に、拓巳は思わず自分の身体をくんくんと嗅いだ。

 そこまで臭う気はしないが、李は気になるようで、温泉のある場所を目指すことになった。

 確かに、先程神父の身体をいじったから、その時にでも臭いが染み付いてしまったのだろう。

 「この辺に温泉なんてあったっけ?」

 死神―、と、李は名指しで聞くが、死神は「知らない」とだけ答えた。

 「拓巳―」

 呑気な李の声が聞こえたかと思うと、いきなり拓巳の前に李の顔が現れた。

 「ぼーっとしないの。早く行くよ?」

 にこりと微笑んだあと、李は拓巳の頬を無意味に抓った。

 「愉しみは多い方が良いよね」







 「信、今俺達は何処に向かってるんだ?」

 信たちは、地図を持っていなかった。

 お金があるうちに地図のひとつでも買っておけば良かったのだが、どうやら、その時は無くてもいいだろうと思っていたようだ。

 「多分、西」

 「いやいや、方角じゃなくて。てか、西じゃなくね?太陽があっちになるから・・・」

 適当に答えた信は、亜緋人のことなど無視して、とにかく真っ直ぐ進む。

 だからと言って、本能的に方角がわかるとか、そういうことではない。

 どちらかというと、方向音痴だ。

 仮に迷子になったとしても、和樹も亜緋人もいるからなんとかなるだろう。

 そんな安易な考えだったのだ。

 「今日はもうダメだな。日も暮れるし。この辺で野宿でもするか」

 「野宿ったって、寝袋、あの村に置いてきちまったぞ」

 「・・・・・・よし。かまくらを作ろう」

 「雪降ってねぇよ」

 「よし。どこか宿を探そう」

 「宿もねぇし金もねぇよ」

 「じゃあどうすんだよ。亜緋人、お前なぁ、否定するばっかりじゃ人生は前に進めないんだからな」

 「信って意外と計画性ってもんがないんだな。あの村で食料なり金品なり、貰ってくりゃあ良かったんだよ」

 「じゃあ亜緋人が貰ってくれば良かっただろ。あんまり活躍してなかったし」

 「それ言っちゃう?さすがの俺でも凹むよ?」

 「勝手に凹んでろ。てか、あれ?和樹、何してんの?」

 「火をおこす準備」

 信と亜緋人が無能な言い争いをしている間に、和樹は一人着々と焚火をする準備をしていた。

 原始的な火のつけかたをすると時間がかかってしまうが、いたしかたない。

 「俺マッチある」

 「なんで」

 「あの教会、蝋燭使ってたろ?だからだと思うけど、マッチ落ちてたから拾ってポケット入れてそのままだった。てへ」

 「・・・てへ、はなんか癪に障るけど、まいいや」

 マッチを使ってなんとか火をおこせると、今度はお腹が空いてきた。

 ぎゅるるるる、とまるでハーモニーのように鳴り響く。

 「なんか落ちてねーかな」

 「ウサギとか狸とか?」

 「捕まえたところで、喰える?その前に捌ける?」

 「・・・・・・」

 亜緋人の言葉に、静まり返った。

 結局その日、三人は何も食べることが出来なかった。

 「よし。早く村でも町でも見つけて、まずは何か喰おう」

 珍しく、同じ目標を持った三人は、足早にその場を後にした。







 「イヴ、大丈夫?」

 「うん!アダム、先に上って!」

 「怪我しないようにね。もう少し頑張れば、木の実が一杯とれるから」

 「うん!」

 ただそこにある現実が、果てしなく残酷。







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登場人物紹介

信(本名:凰鼎夷信《おうていいしん》):指名手配にもなっている青年。

紫の髪が特徴。剣を持ち歩いている。


『ナスの色だ』

和樹:クールな青年。首に不思議なアザガあり、銃を扱う。


『葉っぱの色…』

亜緋人:飄々としてる青年。頬に絆創膏が貼ってある。片耳にピアス2つをつけている。


『太陽~』

李:ふわふわ浮いている青年。人間離れした力を持つ。だいたい笑ってる。


『鳥になるー』

死神:大人しい青年その1。


『………』

拓巳:大人しい青年その2。


『周りが五月蝿いだけ』

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