彼の名乗った名前
文字数 2,021文字
交流会広場は、女の子たちの努力の甲斐あって、かなりイイ感じになっていた。
行儀よく座っていた若者たちはそれなりにほどけて、グループに分かれて談笑している。
例のホルズの末娘が陰ながら音頭を取って、外れる者が出ないようにと気配りしているようだ。
「おお、あいつ等にあのような振る舞いが出来るとは。ほうほうなるほど、これが時間をかけて相手を見つけるという奴ですか」
最初は不満気だった風波の世話役の男性も、宴席の方に身を乗り出して上機嫌になっていた。
その後ろでナーガ長は、そっとノスリに囁いた。
「リリも手伝えればいいんですが。すみません」
「あぁ? 恐ろしい事を言うな」
同じく小声のノスリ。
「せっかく円満に行っているあそこに、あのヤマアラシを放り込むって?」
歯に衣着せぬ言い草にナーガは苦笑いし、改めて感謝の瞳で宴席を眺めた。
こういう場面で、社交力の高いノスリ家の女性陣は、百本の剣よりも頼りになる。
「うぬ?」
鉤髭男性が髭をしごきながら声を上げた。
「あ奴がおらぬ」
「どうされました?」
ナーガの問いには答えず、男性は慌てた感じで席を離れ、談笑しているグループの一つに声をかけた。
「ヘイムダル!」
明るい髪色の若者が振り向いて、男性の方へ駆け寄った。
「父上、何でしょう?」
「奴はどこだ? 『海竜使い』の」
聞かれて若者は、今気付いた素振りで周囲を見回した。
「ああ~、そういえばいないですね」
「気付かなかったのか」
「はあ、すみません。でもあいつ乗り気でなかったし…… 僕の顔を立てて同行してくれたようなものだったから、うるさく言うのも気が引けて」
「あ奴がおらぬのでは、何もかも骨折り損ではないか。儂の苦労を分かっておらぬのか。探して来るのだ」
「え、ええ~~」
若者は嫌そうに、肩越しに後ろを見た。
さっきまでお喋りしていた女の子が、ニコニコしながら待ってくれている。
ナーガとノスリが席を立って近寄った。
「どなたか迷子なら、うちの若い者に探しに行かせましょうか? お客人にはゆっくりして頂きたいですし」
「いや、はあ、面目ない」
世話役の男性は汗を拭いながら頭を振った。
「白状しますと、今日の交流会は、あ奴をおびき出す口実のような物でして」
「父上、それを言っちゃ他の者が立つ瀬がないですよ」
どうやらヘイムダルと呼ばれる息子の方が、父よりも常識人なようだ。
「いや、もう、まだるっこしい事は言っていられない。蒼の長殿、是非ともに花嫁を世話して頂きたい者がおるのです。健やかで多産系の娘をズバンと。天下の蒼の長殿の仲介とあらば、あ奴も断れまい」
無茶を迫られて困っているナーガを横目に、ノスリがそっとヘイムダルにすり寄った。
「『あ奴』って何だ?」
「風波の中でも、術の力が桁違いにずば抜けた『海竜使い』って系統があるんです。貴重な能力なのに、子孫が途絶えて今一人しかいない」
利発そうな若者は申し訳なさ気に答えた。
「ほお、そいつは大変だな」
「なのにその一人が妻をめとる気が全然ない。父が躍起になるのも仕方がないのです、失礼は勘弁してやって下さい」
「ああ、まあ……」
こちらは適当に受け流そうと思っていた交流会だけれど、どうやら先方さんには切羽詰まった目論見(もくろみ)があったようだ。
その『海竜使い』の能力とやらは、蒼の里にとっての『内なる目』みたいな物なんだろう。そう考えると痛いほど気持ちは分かる。
さてどうした物か……と、顔を上げたノスリの目に、執務室から馬を曳いて下りて来る見習いの少年が映った。
「おおい」
「あっ、ノスリ様」
少年は馬を係りに託し、息せききって駆けて来た。
「今呼ぼうと思っていた所だ。用事を頼まれてくれるか。客人が一人迷子なのだ」
「それってシィシスさんですよね? 今、執務室にいらっしゃいます」
ノスリはホッとしたが、ヘイムダルは雷に打たれたような表情になった。
「奴の名は、シルフィスキスカだ!」
世話役の父親の方が叫んだ。
「風波の男の名は先祖伝来受け継ぐ大切な物、違えてはならぬ。だがそうか、見つかったか、良かった。早速ここへ……」
「いえ」
少年は堅い表情で、ナーガ長の正面に立った。
「ホルズさんが、至急執務室に戻って来て欲しい、との事です」
「??」
よく分からぬまま、広場の監督はノスリに託して、ナーガは執務室に向かった。世話役の男性も付いて行った。
後に残ったノスリとヘイムダル。
「シィシスって、シルフィスキスカの略称か?」
「そうなのですが……」
「ん?」
「あいつがその名を名乗る筈がないんだ……」
「??」
***『内なる目』***
蒼の長の血筋にだけ継承される能力。
「物事の本質を見抜いて正しい方向に風を流す力」と伝えられていますが、ナーガ自身は未(いま)だによく分かっていません。実は歴代長もよく分かっていなかったのでは……と思っています。
『地の記憶』『手紙の筆者の本心』等の術は、内なる目の一種と言われています。
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