第4章 イエス・メシア化計画

文字数 3,603文字

4 イエス・メシア化計画
 この不穏な空気漂うユダヤ属州を親ローマ的にし、支配を容易にするために、ローマ駐留軍の最高顧問官は、ユダヤ通との評価の高い「おれ」を呼び、次のような秘策を打ち明ける。

「もしも、ユダヤ人どもの中に、たよりになる指導者が一人でも存在するならば、連絡してそ奴をわれらの意志どおり動かし、ユダヤ人どもをわれらの意志どおり支配することができる。もしも、その指導者がわれらの命令にしたがうことを拒絶するならば、われらはそ奴を消してしまえばよろしい」
 と、顧問官殿はおごそかに言われた。
「ただし、たよりになる指導者が彼らのあいだに一人として見出されず、ただただ、信頼しても信頼しなくても結果は同一になるていの、うぞうむぞうの親分衆のみが、ユダヤの民の上層部としてむらがっているのにすぎないとするならば、われらはいかになすべきであるか。強力なる指導者を失った彼らの仲間うちが、そのためどのように乱れに乱れようとも、われらは喜んだり悲しんだり気にかけたりする必要がないが、その乱れ方がある一つのけしからぬ方向に傾き、それによってわれらの勢力が損害をうけぬようにするための警戒はおさおさ怠ってはならぬ。警戒するだけでは足りぬ。むしろ、積極的にこちらの好む方向へ、奴らの乱れを導いてやある明確な方針、策絵約を打ち出さねばならぬ。つまり乱れに乱れる奴等のまっただ中に、ハッシとばかり強靭なる杭を打ちこみ、それにわれらの太い手綱をゆわえつけねばならぬ。その杭とは何か」
 怪鳥のくちばしの如く突き出した最高顧問官殿の鼻の両わきで、穴の如くおちくぼんだ両眼がらんらんとかがやきはじめるので、おれはかしこまざるを得なくなる。
「べたべたとわれらにねばりつく妥協主義者。もうけ仕事にはぬけ目のない密偵、内通者、裏切者。古くさい権威を看板にして、どうやら小グループの声名を保っている旧式小頭。それらは、とても丈夫と保証できる『杭』にはなりえぬのじゃ。わしらは、いいかな、最新式の政治学の尖端を行くわしらは、今までとは全く種類のちがった、今まではとても指導者とは思われなかったような、斬しんなる『指導者』を奴らの中から発見せねばならんのじゃ」
「そんな者が、発見できますでしょうか」
「発見するということは、つまるところ、育てあげ製造するということなのだ。まぼろしの指導者、まぼろしの予言者、部落民どもの夢とねがいの根源をなす『力』を、奴らにかわってわしら自身の手で、彼らの目の前にありありと出現させてやるのだ」

 ユダヤ属州は、ローマから見れば、極めて小さく、経済的・軍事的にも必ずしも重要ではない。けれども、ローマはユダヤ属州の問題をドミノ理論として認識している。ユダヤ属州の反乱を押さえこめなければ、他の諸民族もローマを恐れなくなり、独立運動の火が各地に飛び火する危険性がある。見せしめという意味でも、ローマはユダヤに断固とした態度で臨まねばならない。

 この「杭」として誰か適任者がいないかと尋ねられた「おれ」はイエスを推薦する。顧問官もすでにイエスに目をつけていたため、プランBを考えることもなく、その案は了承される。イエスのキリスト化計画、すなわちパイル・プロジェクトがこうして隠密裏に始まる。

 最高顧問官は「奴隷の身分から、奴隷をこき使う上層部にまではい上がった」。被支配者から支配者になりあがったため、支配=被支配の力学・心理学に精通している。イエスの教団にスパイを忍ばせて、情報収集させながらも、「おれ」にはイエスの肉親との接触にとどめさせ、預言者に直接関与することを禁じる。

 大国による傀儡があからさまな政権は、新しく現われても、民衆から支持されない。アメリカ政府は、CIAを使って、イランのモハンマド・モサッデク首相を失脚に追いこみ、チリでサルバドール・アジェンデ大統領をクーデターで死に至らせたが、その後に登場した親米政権が民衆の心をとらえて放さなかったとは言えない。むしろ、非人道的な手段で反対派を弾圧し、売国奴や人殺しと罵られてさえいる。イエスはローマの指示通り動いているわけではない。むしろ、イエスにローマは何ら要求を出していない。ローマとしては、監視下に置きながら、イエスを自由に活動させ、その言動を事後的に利用する戦術をとっている。

 最高顧問間は自らイエスの言葉に手を加える。作中では、次の二つの福音書が伝える言葉が例として挙げられている。「しかし、わたしは言っておく。悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい」(『マタイによる福音書』5章39節)。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(『マルコによる福音書』12章17節)。元来のイエスの言葉は、前者が「顔を殴られたら、だまって殴った相手から離れ去れ」であり、後者は「神のものは神へかえせ」である。しかし、これでは、顧問官にとっては、不十分である。ローマの支配を正当化させるために、イエスの言葉を脚色する必要がある。

 しかし、このプロジェクトを成功させるためには、ローマ人には決定的にユダヤ人に関する知識が欠けている。イエスが「神の子」だと聞いて、「おれ」はジュピタア(ゼウス)が人間の女を孕ませた物語を思い起こしている。「おれ」がこのミッションの担当者に選ばれたのは、彼が「ユダヤ通」だからだが、ローマ人がユダヤ教を理解していないことを端的に示している。

 イエスをメシアにする計画を考えている人物が、ローマ側だけでなく、ユダヤの方にも一人いる。それがユダである。彼は商人出身であったが、イエスの教えを知ると、彼の信者となり、12使徒と呼ばれる教団の最高幹部の一人と目されている。

 ユダはイエスをローマからユダヤ人を解放する政治的メシアと言うよりも、分裂していたユダヤ・コミュニティを統合する存在と考えている。既存の利害関係と無縁のイエスによってユダヤ社会はまたまとまれるのではないかと期待し、彼の教団に加わる。ユダはユダヤ経済界の次のリーダーと見なされる極めて優秀な人物である。商人や農場主にまとまるように働きかけ、神殿貴族や富裕層との調整を密かに行っており、フィクサーと呼べるだろう。

 しかし、実際には彼の計画が失敗に終わることは日を見るよりも明らかである。富裕層はサドカイ派やそのシンパであって、パリサイ派に近い主張のイエスを受け入れるはずもない。むしろ、イエスを擁護する主張をすればするほど、ユダは保守派の利益を売り渡す裏切者と見なされ、イエス以上に憎まれてしまう。

 パリサイ派にしても、イエスの戦略的ともとれる自分たちを批難する説教を耳にしては、ユダの案には乗れない。共産主義者が社会主義者を批判し、自らとの違いをアピールするように、イエスは説教の内容自体は近いはずのパリサイ派を厳しく糾弾する。その反パリサイ派の態度を改めない以上、イエスをリーダーと認めることはできない。

 エッセネ派などのメシア待望論者は意識や理念が先行しすぎて、律法の解釈を政策として練り上げ、積み重ねていくことをおろそかにしている。妥協などということは彼らにはありえない。理念を貫徹することがそのアイデンティティだからである。

 最も現実的なのは中道のパリサイ派を軸に、左右の穏健派をとりこみ、過激派を孤立させることである。それはイエスを中心にして、新たなコミュニティをつくり、そちらに今の対立情況にうんざりしている人々を吸収していくことだが、かなわぬ夢である。

 分裂状態を克服するのに必要なのは共通の価値観・イデオロギーではなく、共有する利害である。ハスモン朝以前のハスィディームが手を組んでいたのはシリア軍という共通の敵がいたからである。ユダは、ところが、イエスでまとまることが共通の利益につながるという理由を提示しきれない。

 イエスは最高顧問官の狙い通りにも、ユダの思惑通りにも機能しない。イエスはユダヤの統合をもたらすどころか、既存の宗派勢力から憎悪の対照とさえ見なされている。イエスの殺害ないし刑死が不可避となってくる。それは、「おれ」から見ても、ユダから見ても、時間の問題にすぎない。もはやイエスは生きていることでは利用価値はない。だからと言って、今さらイエス以外の選択肢をとれるはずもない。

 最高顧問官はイエスを真のメシアとするために、他の預言者を間引きさせている。顧問官は預言者以外の選択肢をまだ残しているけれども、むしろ、彼の死を政治的に利用する方が現実的である。ユダは、そのためには、復活の神話が必要だと考えている。死んでも復活すれば、それでいい。一度死ねば二度と死ぬことはない。復活はイエスの最後の奇蹟であり、誰にも起こせなかった奇蹟であり、それによって彼は世界の各地で語り継がれていく。
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