第3章 マスクとワクチン

文字数 3,299文字

第3章 マスクとワクチン
 新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは世界を大きく変える。その変化の中で最も目に見えるものはマスクのある風景である。

 新型コロナウイルスは症状が軽い、もしくはない罹患者からも他者に感染する可能性がある。それを予防するために、マスク着用が呼びかけられたり、義務化されたりしている。近代人は自由で平等、自立した個人である。しかし、他者の健康や生命、財産などに危害を与える恐れがある場合、この自由が制限されるとJ・S・ミルは『自由論(On Liberty)』(1859)において説く。これを「危害原理(Principle of Harmless)」と呼ぶ。飲酒は個人の自由である。管を巻いている姿が見ていて不快に思えても、禁止はできない。気分を害する程度のことは自由の尊さのために我慢する必要がある。けれども、地下鉄の運転手や警察官が勤務中に飲めば、人々に危害が及ぶ恐れがあるので、彼らの飲酒は禁止できる。同様に、マスクをしないことは個人の自由だという意見は危害原理により斥けられる。

 近代は権利の体制である。自分たちが集まって形成する社会のために、個人がその権利の一部を政府に信託する。政府は、この対価として、社会に義務を負う。他方、前近代は共同体主義である。義務の対価として権利が構成員に付与される。前近代と違い、近代は政府に個人に協賛を求めても、危害原理の根拠が十分でない場合、義務を課すことができない。しかし、マスクは危害原理に抵触するので、その着用を政府は義務化できる。

 しかも、感染拡大の抑止という共通善、すなわち公共の利益の実現に基づくマスクのある風景はこのパンデミックが必要とした新たな公共性である。

 ワクチン接種はマスク着用と少々事情が異なる。新型コロナウイルスワクチンの場合、主な目的は感染しにくさ、した際の症状の軽減である。そのため、当局は重症化リスクの高い高齢者に優先的に接種を実施している。ワクチンにより感染しにくくなったり、重症化が避けられたりする可能性が高いことは確かで、接種は個人にとって利益がある。マスクが他者への感染予防であるのに対し、ワクチンは接種者の効用が主目的である。危害原理に基づいていない以上、死亡を含めた副反応も起こり得るので、ワクチン接種の拒否も選択の自由として認められる。

 現在、日本には定期予防接種制度がある。感染症の発生や蔓延防止、感染予防、重症化回避などこの制度のもたらす効用は社会にも個人にも大きい。予防接種の主な対象が乳幼児や児童であるため、義務教育と同様の発想に基づき義務化することも可能である。子どもにはワクチンを受ける権利があり、接種は彼ら自身に利益があるので、保護者は受けさせる義務がある。ただ、以前は義務だったけれども、副反応をめぐる議論などもあり、定期予防接種は努力義務とされている。

 ただ、公衆衛生には社会防衛と個人防衛という発想がある。感染症の大流行の場合、個人防衛よりも社会防衛を優先させる。それが公共の利益だからだ。一方、流行の可能性がない場合は、社会防衛の必要がないので、個人防衛に徹する。

 社会防衛の代表例が1960~61年に起きたポリオの大流行である。「ポリオ(Polio)」は「急性灰白髄炎(Poliomyelitis)」の通称で、ポリオウイルスによる感染症である。病原ウイルスは感染者の咽頭に存在する。感染者の便から排出されたウイルスがさまざまな経路で経口感染する疾病である。発症してもたいていは数日ほど胃腸炎のような症状が出る程度ですむ。しかし、1%以下の確率で四肢に左右非対称性の弛緩性麻痺が残る。しかも、5歳以下の小児の罹患率が90%以上と高い。この時の流行は年間の患者数1000~5000人、死亡者数100~1000人に達する。有効な治療法はない。

 予防法はワクチン接種が有効である。ワクチンには経口生ポリオワクチンと不活化ポリオワクチンの大きく二種類がある。ただ、流行時には生ワクチンが効果を発揮する。これは弱毒化したポリオウイルスを使用するものである。そのため、ワクチンウイルス感染による副作用や麻痺性ポリオ発症が一定の確率で引き起こされる。

 実は、当時の日本には大流行に対処するだけの生ワクチンが不足している。海外から緊急輸入しなければならない。しかし、その中には日本で未承認のものが含まれている。カナダのシロップ・タイプとソ連の「ボンボン」とも呼ばれるキャンディー・タイプがそうである。それは薬事法などの規制を超えて、小児麻痺の危険性のあるワクチンを子どもたちに接種させることを意味する。

 自民党内を含めさまざまな方面から生ワクチン輸入に異論が出される。この事態を前に、池田隼人内閣の古井喜実厚生大臣は次のように述べる。「平常時守らなければならぬ一線を越えて行う非常対策の責任はすべて私にある」。この決断を受けて全国の1300万人の子どもにワクチンが摂取され、流行は沈静化する。

 この実話を元にしたのが松山善三監督『われ一粒の麦なれど』である。この1964年公開の映画は松山善蔵のオリジナル脚本で、小林桂樹や高峰秀子等が出演している。

 このポリオワクチンの一斉接種は、その後、世界に影響を与える。1988年、WHOはポリオ根絶の取り組みを始める。その際、「コールドチェーン」が重要課題になる。ワクチンを冷凍・冷蔵・保冷といった低温に保ったまま接種拠点に運ぶ輸送網を構築しなければならない。熱帯雨林をかき分け、砂漠を超え、山岳地帯を登り、スラムに入り、紛争地域に足を踏み入れることもある。途上国ではそうした環境が珍しくない。このポリオの「コールドチェーン」の経験は今回のパンデミックでも生かされている

 ポリオに対する社会防衛のためのワクチン投与は子どもが対象である。しかし、新型コロナウイルスワクチン接種は、集団免疫が目標であるので、人口の7割程度が対象である。人数が多い以上、重篤なケースの比率が低くても、副反応の件数が大きくならざるを得ない。

 『NHK』2021年7月14日 10時16分 更新「米FDA J&Jワクチン情報に警告追加 ギラン・バレー症候群受け」によると、J&Jのワクチンが1250万回接種された時点で、ギラン・バレー症候群の発症が100件報告されたとFDAが公表している。ギラン・バレー症候群は、免疫が自分の神経細胞を攻撃するために手足のまひなどが起きる病気で、FDAは毎年米国内で3000~6000人が発症していると推定している。なお、『キャッチ=22(Catch-22)』(1961)の作者ジョセフ・ヘラーがその闘病記『笑いごとじゃない─世にも明るい闘病記(No Laughing Matter)』(1988)を著している。また、『NHK』2021年5月26日 22時23分更新「ワクチン接種601万人余 85人死亡 “重大な懸念認められず”」によると、厚生労働省は、5月21日までにファイザーのワクチンの接種を受けた601万6200人余りのうち85人の死亡を確認している。25~102歳の男女で、78%が65歳以上の高齢者である。

 けれども、定期予防接種が示している通り、ワクチンのもたらす利益は社会にとって小さくない。それは集団免疫の形成である。ワクチン接種を進めれば、感染者も含めて免疫を持つ人が人口の7割を超える。そうすれば、ウイルスは増殖の機会を失い、感染が抑制される。ワクチン接種の推進にはこうした利益がある。もっとも、今は相互依存の国際社会であるから、世界全体にワクチン接種が行き渡らないと、真の意味での集団免疫は形成されない。ただ、集団免疫実現まで至らなくても、症状が全般的に軽くなれば、従来株の感染力が同程度とされる季節性インフルエンザ同様、社会と共存できる。そうした見通しに基づきマスクからの解放がイスラエルや米国などで喧伝される。しかし、そのような予測は変異株の影響を楽観視している。実際、期待はあっさりと裏切られる。
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