第7話 ヒイラギ(上級州国民の孫)の後悔
文字数 926文字
まさかリコリスが突然消えてしまうなんて、思いもしなかった。
甘草町は監視カメラが張り巡り、セキュリティーに問題は見られなかったのに。
週末に別荘を訪れると、いつもはにかんだ笑顔で俺を出迎えてくれたリコリス。
祖父から、
そんな風にあてがわれた愛人で、単なる性処理用の女のはずだった。
俺は処女だったリコリスを、今にして思うと雑に扱った。
勉強しかしてこなかった俺は、不器用で女の扱いには慣れていなかった。
それでもリコリスは、いつも謙虚で恥ずかしがり屋で清らかだった。
だんだん情が湧いてきて、もう少し打ち解けてくれてもいいのに、とさえ思った。
大学で彼女ができて寝たけど、リコリスに慣れていたせいか、恋人が野蛮で不潔で淫乱に思えて失望した。
祖父からの、
そんな風に答えたりした。
もう少し打ち解け合いたかったのならば、ちゃんと「好きだ」と言えばよかったんだ。
いつも何度も喉まで出かかったのに、
「単なるセフレだろ」
「この俺がこんな身分の女に、ありえないだろ」
そんな風に思い直してしまい、言えずにいた。
俺は素直になれなかった。
本当は一目見たときから「可愛い」と思ったのに。それも言えなかった。
リコリスは不思議な女の子で、虫が好きだった。そして虫からも好かれていた。
リコリスの周りを蝶が舞っているのをよく見た。俺が近づくと一瞬で飛び去ったけど。
ある日、なんの前触れも無くリコリスは消えた。
俺は半狂乱になり使用人や住民を問い詰めたが、怪訝そうな顔で「知らない」の一点張り。
あいつらはあろうことか、俺に対して友達のような対応をするようになった。
祖父に報告すると烈火のごとく怒鳴られた。
祖父と父親が警察を総動員させ、くまなく捜索したが手がかりはまったく無かった。
もしかして樹海で遭難してしまったのだろうか。
もしかして、もう……
俺は今でも後悔している。
リコリスに「好きだ」と言えなかったことを。