第1話

文字数 4,439文字

 オレの両親の馴れそめは、およそ15年前、おやじが聖騎士で、おふくろが黒魔道士だったとき、赤水晶の谷でおやじがベヒーモスに喰われそうになっていたところを、おふくろが助けたのがきっかけだという。
 そのことを聞いたとき、オレは両親が早くもボケたか頭でもおかしくなったと思ったのだが、その話はまぎれもなく真実だった。

エニグマ:『へぇ、オンラインRPGがきっかけとはね! なかなか新しいね、カインくんちの両親』
カイン:『そういうふうにして知り合うカップルがいるのは聞いたことありましたけど、まさか自分の親がそうだとは夢にも思いませんでしたよ』
 オレもオンラインRPGでは遊ぶけど、仲間はみんな男性ばかり。そのなかでもエニグマさんとはよくチャットしあう間柄だった。
 エニグマさんは、黒いダイヤの紋章がついた仮面がトレードマークのアサシンで、筋骨隆々とした体格のナイスガイ。自慢の二刀流で瞬時に敵を倒すので、難しいクエストもらくらく解決。オレが所属するギルドのなかでもめちゃくちゃ頼りになる存在。だけど、いつも回復アイテムは「いちごミルク」なんておちゃめなところもある。
 実際のプロフィールは非公開だけど、どんなときにも冷静で的確な作戦指示と、落ち着いた物腰が特長で、毎日夜遅くにログインするから、きっとやり手のビジネスマンなんだろう。
カイン:『でも、オンラインゲームで恋に落ちるなんてどうかと思いません? うちの両親はたまたま上手くいったけど、ふつーそこまではちょっと……』
エニグマ:『そうかな? 何事も縁だと思うよ。そこが現実世界でも、たとえ魔物の巣窟でも、縁があればどんなところでも愛の生まれる場所になると思うな』
 ふーん、エニグマさん、案外ロマンチックなところあるんだ。だけど、オレは赤水晶の谷や魔物の巣窟での出逢いにも興味はない。
 ゲームの中なんかじゃなく、同じ中学校にちゃんといるんだ。好きなひと。今までひとっこともしゃべったことないけど。
 
 彼女とすれちがうと、あたたかい春の風が吹きこんだみたいに、あたりの空気が一瞬にして変わる。
 となりのクラスの隅野 結さん。かぐや姫みたいなサラサラのストレートロングヘアに、黒曜石みたいにつやのある大きなひとみが印象的な美少女。成績は常に学年トップで、運動神経は抜群。チートキャラって実在するんだ。
 一度は話してみたいけど、彼女のそばにはもうすでに――。
「おっはよ! 結。昨日の課題やった?」
 明るい笑顔を浮かべる茶髪のイケメン、熊田 英二。制服をダボっと着くずし、いっけんチャラ男そうな外見とは裏腹に、こいつも成績が良く、隅野さんとなにかといっしょにいる。塾もふたり同じところに通っているらしい。
 オレはといえば、特別頭が良いわけでも、女子から人気があるわけでもなく、体育の成績もイマイチ。オレと隅野さんの間にはどうしても超えられない壁があるわけで。

カイン:『近づきたくても近づけない存在がいた場合、エニグマさんだったらどうします?』
エニグマ:『なにそれ、激レアモンスターとか?』
カイン:『まあ、そんな感じです』
 好きな子なんて正直に言ったら冷やかされるよな。
エニグマ:『基本はレベル上げだよ。何事も! そしたら一気に可能性が広がるから。カインくんも早くレベル上げて、いっしょにインフェルノドラゴン討伐に行こう』
カイン:『えー、あいつやだ。秒で返り討ちに遭うしー!』
 
 レベル上げかぁ。RPGの世界では敵を倒せばレベル上がるけど、現実はそう簡単にはいかないもんな。自分のどのレベルをどう上げていけばいいのかすら分かんねーし……。
 と、悩んでいると思わぬチャンスが俺のもとに転がって来た。
「今度のテストは来年のクラス分けを決める大事な機会だからな。来年はいよいよ君たちも受験生だ。来たる高校受験に向けて、今のうちからがんばっておくように」
 ある朝、ホームルームで担任に告げられた。
 これだ! 次のテストで成績上位になれば、三年生では隅野さんと同じクラスになって、今より距離も縮まるかも?
 なんとも単純だけど、その日からオレはレベル上げモードになった。放課後は図書室で暗くなるまで勉強、家に帰ってからも夜遅くまで机に向かう。これを継続すれば、きっとテストで結果を出せる。そう思っていたのだけど……。
「く、くたびれた」
 開始1週間ほどで、オレのHPは底を尽きそうになっていた。疲労と寝不足で、やっと図書室に向かっても、グダグダと机につっぷしているばかり。
「ちょっと、そこオレの席なんだけど」
 不機嫌そうな声がした。
 顔を上げると、熊田がオレをにらみつけている。だけど、図書室に指定席なんてあったか?
「そこじゃねーとやる気出てーんだわ。早くどけよさっさと」
 熊田がイライラしたようにバンッ! と机をたたく。
「そんな言いかたしなくてもいいじゃない、どこで勉強したって同じでしょ」
 そう熊田をいさめたのは、えっ、隅野さん!? 一瞬で目が覚めた。熊田のとなりに、隅野さんがいる!
「だけど、結……」
「ほら、向こうの席が空いてるよ。行こう」
 熊田は隅野さんに連れられ、しぶしぶオレの斜め向かいの席に座った。
 驚いたな、おとなしいタイプだと思ってたけど、意外と芯が強いんだ。となりの熊田がジャマだけど、やっぱ図書室通いはじめてよかったかも?
 と、フワフワ心が浮き立ってたのも束の間――。
「なー、結。この動画さぁ……」
 勉強の合間、熊田の手にしたスマホを見て、オレは冷や水を浴びせられたような気分になった。スマホケースには見覚えのある黒いダイヤの紋章。すなわちアサシンの印。
 あいつの名前は熊田 英二。まさか、クマダ エイジをもじって『エニグマ』だったり……。
 いやいやいや、今どきオンラインRPGユーザーなんて世界中にいるし、そのなかでオレのやってるゲームのアサシンなんて何万人はいるだろう。考えすぎ、考えすぎだ、きっと。たぶん。おそらくは……。

エニグマ:『カインくん、久しぶり! 最近ログインないから心配してたよ。元気だった?』
カイン:『ちょっと、今いろいろ立てこんでて』
エニグマ:『そうかー。残念。インフェルノドラゴン討伐はもう少し先になるかな』
カイン:『オレのことはいいんで、ギルドの他のみんなで倒しに行っちゃってください』
 こっちのレベル上げは当分あとになりそうだしな……。
エニグマ:『そういうわけにはいかないよ!』
 えっ?
エニグマ:『我々は苦楽を共にした戦友なんだ! これまでいっしょにいろんなモンスター討伐やって来たじゃないか。いつもカインくんの鉄拳には助けられてきた。カインくんなしで討伐なんて考えられないよ』
カイン:『エニグマさん……』
エニグマ『カインくんはわがギルドの文句なしのモンクだ! ちょっとすべったかな? でも、いつまでも待ってるからね』
カイン:『ありがとうございます!』
 その言葉でオレは確信した。やっぱり熊田はエニグマさんじゃない。こんなあたたかい心の持ち主が、あんなチャラ男なわけがない。
 ただ……。
カイン:『エニグマさん、席とかってこだわるほうですか?』
エニグマ:『なにそれ?』

 それから、さらに日にちがたち、いよいよテストが近づいてきたある日の放課後、図書室に行くと熊田がいた。しかし、いつもとちがって隅野さんはおらず、別のクラスメイトと大声でしゃべっている。なるべく顔を合わせないようにしようと離れた席に座ろうとしたところ、熊田の会話が聞こえてきた。
「そんでこないださー、結にオレのことどう思ってる? って聞いてみたんだけど」
 なんだと?
「オレのこと戦友だとかって抜かすんだよ。なんだよ戦友って? 意味分かんねーよな。オレあいつのこと気に入ってたけど、中身はただの不思議ちゃんだった。一気に冷めたわ」
「戦友っていい言葉じゃん」
 オレは思わず口に出していた。
「はぁ? なにお前」
「あんた隅野さんといっしょに勉強してたんだろ? 戦友ってことは、たいへんな時期も乗りこえた仲間ってことだ。あんた隅野さんから信頼されてんだよ」
 くやしいけど!
 熊田はフンッと鼻で笑い、
「誰だか知らねーけど、えらそうに説教してんじゃねーよ。不快だからとっとと出てけ」
 あぁ、言われなくてもそうするよ。オレはカバンをつかむと、足早に図書室を出ようとした。
 けれども、出入り口付近で、
「あっ、ごめんなさい!」
 不意に誰かとぶつかりかけた。そこにいたのは――隅野さん。隅野さんはオレに気づくと、図書室には入らず、足早にどこかに駆けて行った。もしかして、今までの会話聞こえてたのかな……。
 そして、その日以来オレと隅野さんが図書室で顔を合わせることはなかった。

「お、終わった……」
 これまでの苦労もむなしく、肝心のテストの手応えは微妙。来年、隅野さんと同じクラスになることは難しそうだ。やっぱり現実世界でのレベル上げはそんなにうまくは行かないか。
「うっ、アタマ痛てっ!」
 連日の睡眠不足と疲労に加え、テストが終わった脱力感でフラフラだ。あとは帰るだけなのに、足が鉛のように重い。
 校舎を出て、校門のあたりに差しかかったところで、オレはうずくまった。
 テストは不振。隅野さんと友だちになることも無理。ただただ心身フルボッコ状態。
 ああ、もうダメだ、だんだん視界が暗くなる。
 ここまで、オレなりに努力したのにな……。
「大丈夫ですか!?
 そう言ってオレの顔をのぞきこんだのは、あの隅野さんだった。え、なにこれ。幻?
「わぁ、すごい冷や汗。貧血起こしたのかな」
 隅野さんがハンカチを広げ、オレの額を拭く。そのハンカチの柄が、ぼんやりしたオレの意識を瞬時に元に戻した。
 黒いダイヤのエンブレム。なぜ? どうして隅野さんがアサシンの印を?
 コイのようにぱくぱくと口を開くオレを見て、隅野さんが、あぁ、とひらめく。
「のどがかわくんですね? これどうぞ、さっき買ったばかりでまだ口つけてないので。糖分補給にもなりますよ」
 隅野さんがオレに差し出したのはピンク色の紙パック。真っ赤なイチゴのイラストつき。
 封を開けると、ふっとかすかに甘い香りが広がった。
 あぁ、そうだ。そうだったんだ。
 オレは以前からずっとこうやってあなたに助けられてた。あなたはいつだって優しくて頼りがいのある人なんだ。
 どこの世界に存在していても。
「あの、オレこういう者なんですけど」
 オレは自分のカバンにつけていたキーホルダーを見せた。白と黒、2つの月が合わさったエンブレム。
「それってモンクの……」
 目を丸くしてエンブレムを見つめる隈野さんにオレは笑いかけた。
「こちらの世界では、はじめましてですね」
 以前あなたはオレに言ったっけ。そこが現実世界でも、たとえ魔物の巣窟でも、縁があればどんなところでも愛の生まれる場所になるって。
 初デートは、インフェルノドラゴンの巣になるのかな。
 
 おわり。
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