カチカチ山裁判
文字数 3,622文字
じゃがな……ワシはもう本当に裏切られるのが怖いのじゃ。
その誓いを立てられないなら、この爺は放って消えてくれ。ワシは嫁を食った罪で餓え死ぬのが定めだったのじゃ……。
走り回ること二時間。それらしきタヌキを見つけると、ウサギは近くに忍び寄った。
見物に回って儲けだけ横取りするものと思っていたウサギは感心していたが、変な態度を見せては感づかれる。なにより、口が回る相手である。良い仕事ぶりもペテンの一部であることは考えられた。
ウサギも薪を拾いながら、持ってきた火打金にぶつけて火花を起こす火打石を探した。ちょうど手頃な黒曜石を見つけたので、ウサギは懐にしまいこんだ。
火打ち石の高い音が山に響く。タヌキは訝しげに首をかしげた。
灯台下暗しというやつかな。
なに、この辺りにはああしてカチカチと鳴くカチカチ鳥が居るのですよ。
それがここの別名、カチカチ山にも通じているのさ。
ウサギはおや、と思った。神判が正しいとすれば、タヌキは罪なき者ということになってしまう。だが現実に、タヌキに火傷の被害はなかった。
ウサギの確信はより強まった。タヌキは爺さんに悪行を働いてなどいない。
その話を聞いたタヌキが語った、間違いなく同族がやったことではない、という意見もウサギは信じた。諸悪の根源はどうやらタヌキではなく爺である。
だが爺のもとに戻れば約束の上にウサギはウサギ汁にされてしまうだろう。一瞬の躊躇、それでもウサギは約束通り爺のもとに戻ることを決めた。
その数分後、口から泡を吹いて倒れた。
……翌日、家に踏み込んだ村の者が爺が死んでいるのを発見した。
今回の事件のあらまし。これから自分が食われること。そして、自分は毒薬を飲んでから爺に身を差し出すこと。
骨の形からどうも全て女性、しかも年若い女性のものばかりであることもわかった。
爺は若い女を生涯何人も嫁に迎え、飽きたら殺害して食う事を繰り返していたのだった。
ウサギのまさに決死の働きによって、爺の悪行は露見したわけだ。
その道を固める三和土に爺の骨を砕いた粉を混ぜて、隣村との行き来の度に爺が踏まれ、罰せられるようにしたのだ。
その言葉がいつしかその道路のことを指すようになり、その道路は「米久路(よねくじ)」と呼ばれるようになったそうな。