一、邪宗真槍

エピソード文字数 9,284文字

 一五三七年ーー。


 神聖ローマ帝国領内、ライン川を跨いで栄えし大都市ケルンから北西へ数マイルの地。今となってはもはや名も伝わらぬ、滅びて久しい廃村より、この暗闘は幕を開けた。

「はぁっ……! はあっ……!」
 少女が駆ける。

 荒れ果てた廃屋の合間をーー、陰鬱なる隘路を走る。

 彼女の纏いし衣服はあまりにお粗末だ。薄汚れた無地の麻地の貫頭衣。今なら最下層の者であっても、もう少し上等なものを纏っているだろう。

 足下は皮のサンダル。素足は砂埃で汚れきっている。

 少女は駆けながら何度も背後を振り返った。彼女は逃げていた。背後から迫り来る異形の影に怯えながら。夜の帳が降りつつある薄闇の中、異形のシルエットが彼女の瞳に映り込んだ。

「ぐはは、ぐはははは!」
 だみ声を轟かせながら、男は大股で少女を追う。

 男はのしり、のしりとした緩やかな足取りで迫る。必死に駆け走る少女はなぜか男を振り切ることができない。

 彼女が角を曲がり、廃屋に隠れ、影の中に身を潜めても、男はどうしてか彼女を見つけ出し、迷うことなく一直線に彼女の隠れ場へと突き進んでくるのだ。

 駆けれども隠れども振り切れぬ男の追跡は、むろん少女を慄然とさせたが、それ以上に彼女の心胆を寒からしめたのは、何よりも男の特異な姿にこそあっただろう。

 男が歩を進めるたびに、槍のような長いものが、右へ左へとメトロノームの針のごとくに揺れ動くのである。だが、それが槍などでないことは明らかだった。少女は既にその正体を認めていたからだ。

 そう、それは陰茎であった。

 男の股ぐらから生えだせし恐るべき陰茎なのである。太さこそ並のものと変わらぬが、全長は優に三メートルを超えている。その長大な陰茎を堂々と露出させ、男は高笑いと共に少女へと迫りくるのだ。

 その全身から発する性惨の気からしても、男の狙いがレイプにあることは確実だと思われた。でなければ、あのような長大な陰茎を露出したまま少女に迫ることがあるだろうか?

「し、死んでしまいます。あのようなものに貫かれたら……」
 少女の頭を包んでいた布がはらりと落ちて、油に濡れた黒髪と浅黒い肌が顕となった。十数分に及ぶ逃亡により少女は息を切らしている。肺が締め付けられるように痛い。それに、脳髄は酷く困惑していた。不可解なのは、謎の巨根男に追われることだけではない。

 ーーここは、一体どこなの!?

 少女には訳が分からない。いつも通りナザレの自宅にいたはずなのに、ふと目を瞬いた瞬間に、目の前の光景が一変したのだ。見たこともない様式の廃屋が立ち並び、人の気配は辺りから一瞬にして消えた。そして、代わりに彼女の目の前にいたのが、あの、長大な陰茎を持つ魔人なのであった。男がその陰茎の先からどろりとした液体を漏らした瞬間に、彼女は悲鳴を上げて、訳も分からぬままに駆け出したのだ。

 だが、少女の哀れな逃避行もついに終わりを告げる。

 息が乱れ、足がもつれ、少女は崩れるように倒れ込んだ。ぼろぼろの皮サンダルは片方どこかにすっ飛んでいった。少女は歯を震わせて、瞳に涙を湛えて、恐怖に怯えながら背後を振り返った。


「お初にお目にかかる、処女殿」
 いた。あの男がいた。

 己の陰茎を青眼の如くに構え、滴る切っ先を少女へと向けて、男は酷薄な笑みを浮かべていた。

 少女の方は、顔を真っ青に染め上げて、魔人の陰茎を見上げるばかりである。見上げて、神に祈るばかりである。

「ククク、処女殿、おいたわしや。いたく震えておるご様子。なに、案ずるなかれ。誰しも初めての折はそのようなものにござる」
「わ、わたしに……何をする気なのです」
「おや? まさか、勘付いていないとは申されますまいな。無論、レイプにござる。拙僧の立派なる息子を用いて、御処女、貫き申し上げる」
「ううっ……ひぐっ……」
 分かりきっていた未来が確定しただけではあるが、少女は改めて卒倒しそうな恐怖を全身で味わっていた。

 なぜ? なぜ自分がこんな目に合わなければならないのか。意味が分からない。何が起こったのかも分からない。何も分からないままに、己はこの異様な陰茎に秘部を貫かれる定めなのか!?

「な、なぜ……なぜ、私を犯そうとするのです。その、異様なる陰茎で! 御坊様、せめて、せめて訳をお話下さいませ!」
「訳とな? 処女殿。言っておくが、拙僧としても、決してやりたくて、そなたを犯し奉るわけではござらぬ」
「な、ならば、慈悲を! 御慈悲を!」
「否、それもならぬ。犯すは犯す。だが、拙僧の大願は、決して処女殿、貴女にあるわけではない。このマルキオン、心よりお慕い申し上げるは、ただ一人、聖パウロ様のみ」
「パ、パウ、ロ……さま?」
 少女の困惑が深まる。唐突に、訳の分からぬ固有名詞が出現したからだ。
「左様。拙者の大願は、この立派なる息子を用いて、聖パウロ様の御尻を頂戴し、その菊門から深々と差し入れ、パウロ様の腸内にて激しく中出しすることにある。ゆえに、そのためにこそ、マリア殿、貴女様の処女、致し方なく頂戴せねばならぬ」
「? ??? !?」
 少女にはますますもって意味が分からない。ただ一つ、分かったこともある。相手は己の名を知って、狙って犯しに来たということだ。そう、彼は彼女の名を正しくこう呼んだではないか。

 マリア、とーー。

「マリア殿、誤解することなかれ。拙僧、穴であればいずれの穴でも構わぬような、そのような不謹慎、罰当たり、自堕落淫蕩の徒にはあらず。拙僧、一途なる愛に生きる男。聖パウロ様の尻穴以外には本来、興味なし。マリア殿、貴女を犯し奉るのもいわば方便なり。ゆめ誤解なさるな」
「? ??? !?」
「む。今、誤解を解かねば、拙僧の名が後世まで穢れて伝わりかねぬようだ……。よろしい。処女殿、なぜ、拙僧が今から御処女犯し奉るか、いささか説明致す故、ご清聴頂きたく」
「? ??? !?」
「まずもって、これはもはや歴史的事実として揺るぎ難きことであるからにして、貴女様は性根を入れて受け止めざるをえないのであるが、貴女様は翌年、ご懐妊遊ばす。しかも、処女のままにしてご懐妊なさる。ゆえに、貴方様は以降、聖処女殿と呼ばれ、万人から崇め奉らるることとなる」
「わ、わたしが……? 処女のまま、懐妊? そ、そんな不可解な話がありましょうや」
「それがあるのです。否、あったゆえにこそ、神秘、奇跡と呼ばれのでござる。しかも、貴方様が孕みしは尋常の子にはあらず。歴史の大変革者、栄光の救世主、油注がれし神の子、イエースースなり」
「!」
「イエースース様はご立派な方にあらせられた。その超常なる力で、多くの民草をお救い遊ばされた。だが、イエースース様のご意志を継ぐべき者共と来たら、これがイカモノ揃いの不出来千万也! 唯一、聖パウロ様のみが正しくイエースース様の神意を受けておられた。まあ、百歩譲っておまけしてルカ様も上出来であったと言えよう。ともかく、かのお二方以外は碌なものではござらぬ。概ね、犬の糞にござる」 
「い、犬の……糞……」
「ゆえに拙僧は聖パウロ様を強くお慕い申し上げた。パウロ様の書かれたお手紙を可能な限り集め、そして、犬の糞どもがパウロ様のお手紙を勝手に改竄したと思しき箇所を逐一添削し、修正し、ルカ様の書いた福音書をおまけでセットとして、我らキリスト教徒が読むべき書はこれぞ! として提示したのでござる。然るに、あの犬の糞どもは拙僧を異端と断じ、訳の分からぬ屁理屈を捏ねて、拙僧の勢力を攻撃にかかりおった。断じて許せぬ」
「お、御坊様……そ、それと、わたしのレイプに何の関係が?」
「ゆえに!」
「ゆ、ゆえに……?」
「ゆえに! 拙僧は貴方様を激しく犯し奉る。貴方様が非処女となれば、イエースース様の聖性も雲散霧消し、歴史は逆行して、この世は魔界へと変わり、正統も異端も分け隔てなく、拙僧はパウロ様の菊門に陰茎をぶち込むことができるのでござる!」

 マリアは衝撃のあまり声も出ない。

 目の前の巨大な魔羅の男が何を言っているのかは、よく分からなかった。狂人の戯言としか思えない。だが、ともかくも確実なのは、この男の異様なる論理の果てに、己の処女はあえなく散らされようとしていることだった。

「や、やめて……」
「良き哉! 誤解はすっかり解けたようにござるな。それでは遠慮なく。御処女、頂き奉る!」
 マルキオンが下卑た笑みを浮かべ、先端からドロリと液体の滴る一物をマリアへと向けて、一歩足を進めた、その瞬間であるーー!

 魔人は弾かれたように、後ろに跳んだ。刹那ーー、彼の眼前に絢爛なる熱の華が咲き乱れた!

 そして、闇の中から、突き刺すような鋭い女の声が響いた。

「そこまでだ! 異端の下郎!」
 闇の中より、二つの影が現れた。

 マルキオンが振り向くと同時に、さらに三つの黒い影が廃屋の屋根から飛び立ち、少女の前へと着地した。

「ひっ、ひいっ!」

「処女殿、ご心配めさるな、我等、味方にござる」

 そちらの方へ、マルキオンがちらりと目を向けた。

 男一人。女二人。年若き男女の三人が、炎の壁の後ろでマリアを守るように立っていた。

 そして、マルキオンの正面からは、先に「下郎」と叱責した声の主がーー、二人の女が黙々と近付いてくる。

 マルキオンはこめかみに脂汗を垂らして、憎々しげにその名を口にした。

「鷲のクロフォード家……教皇の犬めが……早くもここを嗅ぎ付けるとは」
「オリーヴィア、ダリオ、エメリア。貴様らはそこで命懸けで処女殿をお守りしろ」
 騎士鎧に身を固めたキアラ・クロフォードは冷徹な声で妹たちに命じると、歩みを止めることなく、手にした十字架を無造作に投げ付けた!
「ぬお!」
 マルキオンが慌てて身を逸らす。キアラの投じた十字架は魔人の陰茎と頬を掠めた。すると、途端に陰茎と頬が焼けた鉄棒を押し当てられたかの如くに爛れ始めたではないか!

 キアラと並んで歩いていた、少女と言っても良い年頃の若い女が、これまた無造作に手にしたボトルを投げ付けた。

「ぬわわッ」
 爛れた陰茎の痛みが魔人の動きを鈍らせたか! マルキオンは投じられたボトルの直撃こそ避けたものの、割れたボトルから飛び散った液体を相当量、下半身に浴びてしまう。すると、その液体が途端に青い炎を放ち始めた。マルキオンが慌てて下半身の炎を消そうと両掌でバタバタと叩くも、一向に炎は消えず、むしろ掌にまで延焼し始める始末だ!
「き、消えぬ! さては……聖水か!」
「再び死ね、下郎」
「グあっ……!」
 キアラの氷のように鋭い声と、マルキオンの痛ましい悲鳴が同時に漏れた。

 おお、見よ! 魔人の首筋を! 首筋から十字架の先端が突き出て、緑色の血液がピューと溢れているではないか!? 

 実はこの十字架、先にキアラが投じたものなのである。

 マルキオンがかろうじて躱した十字架だが、これはマルキオンを過ぎ去ると、アボリジニの用いる異形の飛去来器(ブーメラン)の如くに空中で回帰し、炎に慌てるマルキオンを背後から襲ったのであった。

 クロフォード家長女と四女の、計算され尽くした戦術コンビネーションである。

 マルキオンの喉元がブスブスと焦げていく。十字架から放たれる信仰の力が自分の魔界の体を侵食していく感覚を魔人は覚えていた。槍の如き魔羅を持つ魔人は、喉元から血を溢れさせながら悟ったーー。

 敵の恐るべき信仰の力を。この日に備えて鍛えたのであろう破邪の武具の威力を。

 おそらくは背後でマリアを守護する三人も、同様の破邪の力を備えているに違いない。

「し、死ね、ぬ……。マリアを犯し、パウロ様の菊門を貫くまでは、再び死ぬわけにはいかぬ!」
 血だらけのマルキオンは炎に炙られながらも、決死の形相でマリアの方を向いた。マリアを守護する二人の女が、それぞれ聖書と斧を構え、もう一人の男はやや遅れて鞭を握り直した。
「神よ、守り給え!」
 三女エメリアが動いた!

 全身の信仰の力を込めて聖書を投げつけた。彼女の容貌は先に聖水を操った四女デメトリアと瓜二つである。二人は双子であった。クロフォード家の中でも特に信仰力の強い二人であり、特に姉のエメリアはその慈悲深く自己犠牲的な性格から地元の村民たちの間でも強く慕われていたのである。

 そのエメリアでなければ使えぬ必殺の信仰兵器。それが聖書であった。

 投げ付けられた聖書は空中で円を描くように急速縦回転しながら、マルキオンへと迫っていく! 並の邪教の徒であれば、この聖書の高速回転に巻き込まれ、全身をズタズタに切り刻まれて果てるだろう。

 だが、マルキオンの巨大な陰茎は蚊でも払うかのように、聖書を撃ち落とした!
「そんな、私の必殺聖書が!」
「笑止、他の六人はいざ知らず、このマルキオンに聖書など効くものか!」
 そう絶叫して、マルキオンが跳んだ。

 人外の跳躍力をもって数メートルもその場に跳び上がった。

 そして、宙空で槍の如き一物をマリアへと向けると、一直線にマリアへと襲いかかったのだ。

 敵の狙いは明らかだった。

 死に物狂いの特攻である。跳び上がってしまえば、もはや誰にも止められぬ。十字架で全身を打たれようが、さらなる聖水を浴びて燃え上がろうが、マルキオンはもはや止まらぬ。後は重力に惹かれるままに落下し、そして、マリアの秘部を激しく突くだけだ。

 とにかく、マリアの処女さえ奪えば、魔人の勝利なのだーー!

 だが、あのクロフォード家がーー、この日に備え、アナテマの魔人たちをゲヘナに送り込むためだけに生きてきた彼らが。異端の徒のそのような浅ましい戦術を見抜けないとでも思うだろうか?

「グ、グアッ……」
 マリアを狙って急降下したはずのマルキオンが、志半ばにして惨めに落下した。

 彼の体には巨大な斧がずさりと食い込んでいた。その圧倒的な重量がストッピングパワーとなり、空中の彼を地上へ引きずり下ろしたのだ。

「贖罪の斧"エスピアツィオーネ"。……マルキオン、諦めてゲヘナに落ちなさい」
 大斧を投じたのはマリアを守護せしクロフォード家次女、オリーヴィア・クロフォードである。

 そして、オリーヴィアの用いる大斧こそが、対異端用破邪対空信仰兵器"エスピアツィオーネ"であった。この斧には特殊な性質があり、上方へと向けて投げた時にこそ破邪の力が最大化されるのである。四女エメリアの作りし炎の壁を、邪教異端の徒が飛び掛かって越えんとしたならば、オリーヴィアの対空迎撃が炸裂する。

 これもまた、鍛え上げられたクロフォード家のコンビネーションであった。

 全身を無骨な青銅鎧に固めたオリーヴィアは、筋骨隆々たる体躯を誇り、日に焼けた赤茶けた肌を鎧の隙間から見せている。だが、いかに彼女の膂力が凄まじかろうと、重量数十キロに及ぶ"エスピアツィオーネ"を上方へと投じることは容易ではない。だが、現実にそれは可能である。何故か? 信仰の力だ!
「グ、ググ……もはや、ここまで、か……。クロフォード……恐るべし……」
 マルキオンが足を震わせながら、なおも立ち上がった。

 全身を炎で爛れさせ、食い込ませた斧の端から腸を垂れ下がらせ、口と鼻と首からは赤黒い血液を大量失血しながらも、魔人はなおも己の一物を左手で握りしめ、右手を高々と翳した。

「も、もはや……パウロ様の菊門……犯し奉る……叶わざりき、や……」
「しつこいぞ、下郎! 疾く死ね、今すぐ死ね!」
 キアラが止めの十字架を投じるべく振りかぶった。

 それと、魔人の右手手刀が振り下ろされたのが同時だった。

 だが、手刀は何を狙った!? あにはからんや、狙いは魔人自身の陰茎だ! 魔人の膂力により、陰茎は根本から立たれた! 激しく血が吹き出す。勃起は充血により引き起こされる。そしてマルキオンの勃起は三メートルに及んでいた。凄まじい出血! 辺りが途端に血霧に満たされる!

「しまった! ……処女殿をお守りしろ!」
 十字架を放ちつつキアラが絶叫した! 現にその直後、血煙の中から、投げ槍の如きものが凄まじい速度で射出されたではないか! 無論、これは断ち切られしマルキオンの陰茎に他ならぬ。陰茎はロケット噴射の如くに夥しく出血しつつ、的を目掛けて低空飛行する。的? 狙いは何か? 無論、マリアの秘部である!
「聖母様! 危ない!」
 次女オリーヴィアと長男ダリオが一瞬の硬直を見せる中、最も素早く反応したのは三女エメリアであった。必殺の聖書をマルキオンに弾かれてから、エメリアは攻撃を諦め、マリアの処女をお守りすることだけに精神を集中していた。それが功を奏したといえよう。

 マリアの秘部めがけて突撃してくる陰茎槍の前に、彼女は身を投げだしたのだ!

「ハッ!」
 ナイスキャッチ!

 エメリアの柔らかない両掌が陰茎槍を挟み込み、白刃取りで止めんとする!

 だが、エメリアの美貌と若さが災いした。少女の掌に挟まれし魔人の一物がここに来てさらなる伸張を遂げ始めたのだ!


「と、止まらない……!」
 エメリアの顔面の前で槍がどんどんと伸び、近付いて来る。そして、ついに少女の可憐な唇に槍の先端が到達。獣臭い白濁の液体を滴らせる先端が彼女の赤い唇を汚して、むくつけき臭いを放つ。槍はまだ止まらぬ。凄まじい力で彼女の唇を強引に押し開いていく。そして、エメリアの口内へと力強く侵入していく。
「あッ……うう、おおえぇエ……」
 エメリアの口内に凄まじい味と臭いの液体が充満していく。それでもなおも槍は止まらず、彼女の喉奥を突き、そこでも激しく液体を溢れさせる。
「グッ……げえッ……おオオゲェエェ……」
 エメリアの小さな唇から大量の白濁液が溢れ出す。さらには、彼女の鼻穴からも。続いて、目から涙と一緒に白濁液が垂れ落ち始め、耳孔からも液体が溢れかえる。
「エメリアッ!」
 長男ダリオ・クロフォードがマルキオンの巨大陰茎をがっしと掴み、運動会の綱引きの如くに構えて、妹の口内から陰茎を引きずり出そうとする。一瞬遅れて、次女オリーヴィア・クロフォードも陰茎へと取り掛かった。だが、全ては遅かった。遅すぎたのだ!
「ゴボゴボゴボーッ、ゴボゴボゴボゴーッッ!」
 射精! ついに射精!

 憐れ、エミリア・クロフォードの口内にてマルキオンの陰茎が盛大に射精! 高圧水発生ポンプの如くに溢れ出した白濁液がエミリアの体内を駆け巡り、少女の柔らかき臓腑を白濁の圧力が押し潰す。さらには、彼女の目、耳、鼻、口、尻穴、秘所など、ありとあらゆる人体の穴からピューッとマルキオンの白濁液が飛び出して、そのままエメリアは後ろ向きに倒れ、絶命した!

「エッ、エメリアーッッ!!」

「…………!」
「お……お姉、ちゃん……」



 エメリアと瓜二つの双子の妹、デメトリアが変わり果てた姉の死体を見て、全身をガクガクと震わせた。陰惨無残な姉の死は、彼女にとっては近い将来に己の身に降りかかる、恐るべき未来図にも見えたことであろう。
 一方、血煙の中で魔人マルキオンも果てていた。

 キアラの投じた止めの十字架を後頭部に深々と食い込ませて。キアラはマルキオンの死を確認すると、なおも茫然自失となっているデメトリアの頬を叩き、マルキオンを聖水により荼毘に付すよう命じた。

 それから、変わり果てたエメリアの側へと進んだ。妹の無惨な姿を見下ろし、瞳に焼き付けながら、数秒間、何事かを想い、そして、十字を切った。

「南無阿弥陀仏。……エメリアよ、神の御許で暫し憩うが良い」
 殉教した妹へ僅かな哀悼を示した後、キアラはエメリアの奥で、尻餅をつき、小便を漏らしてへたり込んでいる少女を見た。すなわち、聖母マリアをーー。

 キアラは、淡々と口にした。

「処女殿、状況はかようにござる」
「…………」
 マリアは冷や汗をとめどなく垂らして震えるばかりだ。
「御処女を狙い、邪悪なる異端、異教の魔人どもが蠢いておりまする。彼奴らは過去に既に死んでおる亡者ども。それが邪悪なる魔界の力を借りて現世に復活し、御処女を付け狙っておりまする。御身の処女が奪われれば、神の御子の聖性は地に堕し、歴史は逆行し、この世は魔界へと変貌しまする」
 冷徹な、氷のような声でキアラはマリアを見下ろしながら、淡々と述べる。マルキオンに言われたことのほとんど繰り返しだが、マリアには未だ何がなんだか分からない。そもそもここはどこなのだ!?
「処女殿、信じがたきことなれど、全て事実ゆえに、心して聞かれよ」
 そのマリアの困惑を見抜いたかのように、キアラはずばりと核心を突いた。
「今の世は西暦千五三七年。処女殿のご子息、イエス様が生まれてから千五百三十七年後の世界にござる。すなわち、処女殿は、時間と空間を越えて千五百年後のこの地へと強制転移されたのでござる。忌むべき邪教の呪術によって……」
 なおも呆然とし続けるマリアをさておいて、キアラは皮サンダルを掴み、マリアの方へと投げ渡した。マリアが転んだ際に脱げ落ちたものだった。
「処女殿、直ちにここを発ちますぞ。先の魔人、マルキオンめが、『他の六人はいざ知らず、このマルキオンに聖書など効くものか!』と叫んでおりました。おそらく、貴女様の秘部を狙いし魔人は残り六匹……。彼奴らを迎撃しつつ、われらクロフォード家が教皇のお膝元、バチカンまで護送いたす」
 マリアにはまだ何がなんだか分からないままだ。

 とにかく突拍子もない話ばかりである。自分が処女にして懐妊? 生まれた子供が神の子? そして、千五百年後の世界?? 私をレイプしようとする六魔人? 訳が分からない。だが、彼らが自分を命懸けで守ろうとしてくれたことは確かだった。

 今はーー彼らを信じるしかなかった。

 キアラに引き立てられるままにマリアは立ち上がった。

 キアラ以外のクロフォード家の者たち、オリーヴィア、ダリオ、デメトリアたちも、それぞれが複雑な感情を顔に滲ませている。彼らの肉親が、無惨極まる死を遂げたばかりなのだ。それでも彼らはキアラの号令に従い、馬を引き、武具を背負い、旅支度を整えていく。

 どれほど旅慣れているのか、数分後には彼らは既にその地を後にし始めた。

「あ、あの……」
 旅立つ直前、マリアが戸惑いながらキアラに声を掛けた。
「あ、あの方の……私を守って、その、亡くなられた、あの方の遺骸は……あのままで良いのですか……」

「捨て置くしかありませぬ。本来なら埋葬すべきところですが、ここで時間を浪費していては、魔人どもに次の手を打つ余裕を与えることになります。それでは御身を守り切れませぬ」

「そ、そう……ですか……」
 一行は進み出し、キアラたちは二度と振り返らなかった。

 マリアだけは、最後にもう一度、振り返った。白濁液の水溜りの中にエメリアの死体はなおも横たわったままだ。目ざといカラスどもが人間が立ち去る気配を察するや否や、エメリアの死体へと降り立ち、屍肉を啄み始めた。

 マリアは吐き気を覚えて、その情景から目を逸らし、そして彼女も二度と振り返ることはなかったーー。

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登場人物紹介

架神恭介


日本人の作家。

友人の枢機卿に呼ばれてバチカンの機密文書館を訪れた際、そこでキリスト教2000年の歴史を覆す恐るべき秘史を目の当たりにし、本書の執筆を志す。

A.H.ゴンサレス


スペイン出身の枢機卿。

フンボルト大学神学部博士課程における架神恭介の同級生。

ある思惑により架神をバチカンへと招いた。

キアラ・クロフォード


クロフォード家長女。27歳。

得意武器は十字架だが、類まれなる戦闘力と信仰力を持ち、様々な聖武装を操る。

教皇への忠誠を誓った、冷徹な異端審問官。

(Photo by chauromano)

オリーヴィア・クロフォード


クロフォード家次女。23歳。

聖別されし青銅鎧に身を包んだ筋骨隆々たる信仰戦士。

破邪の大斧「エスピアツィオーネ」を操り、異端を骨ごと斬り捨てる。

だが、実は妹弟想いの心優しき戦士である。

(photo by See-ming Lee 李思明 SML)

ダリオ・クロフォード


クロフォード家長男。18歳。

得意武器は鞭だが、クロフォード家の中では最も信仰力が低く、鞭は破邪の力を持たない。

そのため両親や長女のキアラからは冷や飯を食わされている。

(photo by ƒe)

エメリア・クロフォード


クロフォード家三女。17歳。双子の姉。

得意武器は聖書。

行動的な性格で慈悲深く、地元では聖女と謳われている。

(photo by Lucas de Vries)

デメトリア・クロフォード


クロフォード家四女。17歳。双子の妹。

高い信仰力を持つが、戦闘力は低い。

年若きこともあり、一家の中ではやや精神的な脆さがある。

(photo by Lucas de Vries)

マルキオン


アナテマの七人の一人。160年頃没。

槍のように長大な陰茎を持ち、マリアの処女を狙う。

(photo by tibchris)

聖母マリア


ナザレの少女にして処女。15歳。

邪教、異端の徒の呪力により、紀元前の中東から1537年のヨーロッパへと時空間転移させられ、恐るべき魔人どもに処女を付け狙われる。

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