第三夜:続 努力と才能

文字数 774文字

 めずらしく今日は、悪夢の続きをみた。

 泳いでいても、何も感じない。何か大切なものを失った気分。ただ機械的に手足を動かすだけ。相変わらず水の中では苦しいまま。
 周りはどんどん先へ行く。もともと、天と地ほどの差があったのに、私が止まってからはさらに差が広がる。私を見つめるバカにするような視線も、哀れむような言葉も、皮肉も、もう全部慣れた。
 自ら望んで足を踏み入れた世界。周りとの差があることなんて百も承知で、多くの反対を押し切って、泳ぐことが好きという、ただそれだけの理由で扉を開けた世界。・・・でも、あちら側は想像以上につらく厳しくて、半年もたたずに私は音を上げた。
 大好きだったもの。生活の一部だったもの。それなしの日常は考えられなかったもの。
 そんな大切なもののはずなのに、一度だけ感じた息苦しさと、周りの言動、たったそれだけで「好き」が「嫌い」になった。
 自分でもぞっとする。今まで、泳ぐことが嫌だと思うことはあっても、息苦しさは感じなかった。水泳が「嫌い」とは思わなかった。それなのに。たった一度のことだけで、水泳という単語すらも嫌になる。何年も積み重ねてきたものが、一瞬で崩れる。そんな簡単に失うもの。
 この世界に入るために、多くを犠牲にした。これから大切になるであろうものも手放した。そんな、軽くはない覚悟で入ったのに。周りはもっと多くを犠牲にし、私が躊躇したものをあっさりと手放し、私とは比べ物にならないほどの覚悟をもって入ってきた。かなうわけがない。
打ち砕かれたのは、何とかなるという甘い考え。突きつけられたのは、夢も希望もない現実。
 ここは私の居て良い世界じゃない。初めから決まっていたことだ。
 そして、こんな疑問をもって目覚めた。
    
         私は本当に水泳が「好き」だったのだろうか?
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