第6話 ロミオとジュリエット

文字数 7,705文字

 またしても、僕は夢を見た。
 前と同じで、僕はベッドに横たわり身動きが取れない。だが、今回は人物達の話し声が聞こえる。
「……本当に宜しいんですか?上の判断を待たずに……!」
「待っていたら、間に合わないわ。この研究成果を活用出来る瞬間は今しか無いのよ!」
女性と男性が何かを言い争う様な声が聞こえる。その女性の声は、僕の母親の声に良く似ていた。
「結局は、モルモットとしての扱いなのね……。」
意味は良く解らないが、後ろに控えていた別の若い女性がポツリと呟く。その言葉だけが、何故か僕に向かって投げ掛けられた様で……。

 僕は、ユイの最期の日から丸一日ホテルに籠り、ベッドに寝転がり天井を見上げながら過ごした。飲み物も食べ物も、何も口にしていない。不思議と空腹は感じなかった。涙も出なかった。
 翌日も、ずっとベッドから天井を眺めて過ごした。夕刻頃になって、ふとユイの遺体がどうなったのかが気になった。橋の直ぐ下の河川敷だ。夜が明けていれば、その日の内に発見されても不思議では無い。なのに、川の直ぐ傍に位置しているこのホテルまで、パトカーのサイレンや野次馬の声等の騒音は一切聞こえて来ない。気になり出すと居ても立っても居られなくなり、僕は外套を手にホテルの部屋を飛び出した。

 河川敷に到着すると、一昨日、ユイが飛び降りたであろう辺りを調べてみた。血痕は疎か、誰かが立ち入った形跡も見当たらなかった。狐につままれた様な気分になり、何かしらその後の経緯が解る手掛かりは無いかと、暫く辺りを歩き回っていた。
 一瞬、突風が吹き抜けた。反射的に閉じた眼をゆっくりと開くと、其処には一面に桜の花弁がハラハラと舞い、花弁が舞い落ちた先には一組の男女の横顔が在った。接吻をしていた。
 僕は有ろう事か、人様の情事を至近距離で観賞してしまっていたのだ。何か謝罪をして走ってその場を逃げるべきだと思ったが、僕の右足と左足は硬直して役に立たない。
「ごめん、変な所を見せちゃったね。」
男性が爽やかにそう言って此方を向くと同時に、女性は顔を真っ赤にして男性の腹の辺りに顔を埋めてしまった。男性は、とても綺麗な口唇の両端を上げ、怪しげな微笑を浮かべている。その時、何か違和感を感じた。
「こ、こ、こ、こ、此方こそ、ごめんなさ……。」
精一杯に声を振り絞ると、僕はヨタヨタとその場から逃げ出した。逃げ出しながら、先程の違和感の原因は何なのかとぼんやりと考えていた。

 翌日、ユイの遺体がどうなったか気になり、再び河川敷を訪れた。案の定、例の男女が居た。幸いな事に、本日は接吻の最中では無い。僕は警戒して視線を逸らしつつ、そっと河川敷を川下の方へ向かって進んで行った。
「ねぇ、君!待ってくれよ!」
突然に声を掛けられ、慌てて僕は歩を早める。
「君だよ、君!昨日、僕達の接吻を眺めていた、其処の君!」
再度、大声で呼び止められ、蛇に睨まれた蛙の様にその場で一時停止してしまった。
「良かった~。聞こえていないのかと思った。」
一瞬で僕の傍まで駆け寄ると、男性は少し屈んで僕の顔を覗き込んだ。
「ね、一寸話せるかな?」
男性の、質問とも恐喝とも取れるその言葉に、僕は振り子の様に頷くしかなかった。

 男性に呼び止められて、橋の下まで戻って来ると、昨日も一緒に居た女性が不安気に此方を見ている。年齢は僕より少し上かと思われるが、どちらも美男美女のカップルである。
 男性の方は、サラサラのストレートヘアに切れ長の眼、細くて長い手脚に高身長と来た。僕も背は低い方では無いが、恐らく僕よりも十センチ近く高い。百八十五センチといった所か。女性の方は、ウェーブの掛かったロングヘアに零れ落ちそうな大きな眼、華奢なウエストが庇護欲を掻き立てる。正に、少女漫画に出て来る、完全無欠のカップルそのものだった。
「誰にも秘密にしてくれないか?」
唐突にそう言われ、昨日の情事の事かと思う。
「あ、当たり前ですよ。人様のそ、そ、そ、そ、そんな事……!」
「そうじゃ無くて、僕達が此処に居る事も、此処で僕達を見た事も。」
良く解らないといった様子で居ると、女性がポツリと呟いた。
「……駆け落ち……しているの。」

 二人は結婚を前提に交際をしているらしいが、親族の猛反対に遭っているのだそうだ。結婚は元より、交際さえも反対されているらしい。こんなに愛し合っていて、こんなにお似合いのカップルなのに、と僕は不思議に思う。結婚は色々と難しい問題も有るだろうが、何故に交際までも……。
「僕は、生物学的には女性なんだ。性自認は男性なんだけどね。」
突然に伝えられた言葉に戸惑いつつも、僕は昨日の違和感の理由を理解した。高身長で長い手脚……その割には、首が細かったのだ。男性の首の細さでは無かった。
「私は……そんな事はどうでも良いの!他の人なんて愛せない!彼とじゃなきゃ駄目なの!」
女性は涙声でそう言う。
「でも、僕達の家はそれを赦さない。どちらの家も、愛情よりも家の存続を優先したんだ。」
傍らで涙を流す女性を優しく抱き締め、男性は僕の眼を見据えて言う。
「僕達は、現代のロミオとジュリエットなんだよ。」

 男性の家は老舗の和菓子店で、彼女……いや、彼には婿養子を迎える事を望んでいた。女性には到底継がせられる家業では無いとの考えから、学生時代から何人もの男性と見合いをさせられたらしい。見合い相手は良い人も居たが、夫婦としての関係を結ぶ相手とは考えられなかったそうだ。
 或る時等は、シティホテルのレストランでの見合いの後に、無理矢理に上階の部屋に連れ込まれそうになったらしい。既成事実を作ってしまえという事だ。見合いの席でそういった行動を取る男性もどうかと思うが、それを許容した両家の親族達もどうかしていると思わざるを得ない。怒り心頭のままホテルの部屋を飛び出し、その時にホテルのロビーで見掛けた女性が彼女だったのだ。彼女も傍らの男性に腕を引かれ、どう見ても嫌がっている様子なのに、無理矢理部屋に連れて行かれそうになっている。
 「失礼、其方のご婦人をどちらに連れて行かれるのですか?」
彼……此処では一先ず仮称ロミオとしておこう……は、細身のライトグレーのパンツスーツを完璧に着こなしている。そのジャケットのボタンを外しながら、ゆっくりと近付いて行った。
「何だ、君は!私の連れだ、何処に連れて行こうと部外者には関係無い!」
女性の腕を引いていた男性は、一瞬たじろぎながらも必死に言い返す。
「ですが、ご婦人は酷く拒絶されている様にお見受け致します。女性が嫌がる行為は、紳士の成すべき行いでは無いのでは?」
「な……何だと、貴様!」
ロミオは掴み掛かって来た男性を軽い身のこなしで躱すと、優しく女性……此方も一先ず仮称ジュリエットとしておく……の手を取り、軽やかにホテルのロビーを駆け抜けた。そして、そのまま車寄せに停車していたタクシーに乗り込む。タクシーはドアが閉まると同時に発車し、緩やかに表通りの喧騒の中に消えて行った。先程の男性も後を追おうとするが、もう二人の痕跡は跡形も無く消えていた。

 その後、二人は裏通りの人目に付かないカフェに入ると、暫くの間、互いの自己紹介と身の上話をした。ロミオは老舗和菓子店の唯一の跡取りで、ジュリエットは先程逃げ出して来たホテルのオーナーの一人娘だ。どちらも家の為に、決められた相手と結婚して子供を持つ事を定められている。自由恋愛なんてものは、端から許されてはいない。
 この一件で、互いに一目で恋に落ちた二人は、共に茨の道を進む事を選択した。家族には当然の事ながらこの恋は受け入れられず、其々の家で更なる見合い話が進められた。二人はこっそりと連絡を取り合い計画を立て、友人と食事に行くと家族に嘘を吐いて自宅を抜け出し、昨日の夕方頃にこの河川敷に到着したらしい。

 それにしても、駆け落ちの割には荷物が何も無い。二人の顔色を見ると、どう見ても血色が悪く、まともに食事を取っている様子では無かった。余計なお世話かと思ったが、訊いてみる事にした。
「あの……荷物とかは?昨日からずっと此処に滞在しているんですか?直ぐ近くにビジネスホテルも在りますけれど……。」
「今頃、両家の家族や警察が必死で捜索している筈だ。誰かに目撃される可能性の有る場所には行くべきでは無い……ホテルなんてのは以ての外だ。荷物も持ち出せる余裕なんて無かったしね。」
という事は、やはり昨夜はこの河川敷で過ごしたのか?春先とはいえ、朝夕は未だかなり冷える季節だ。僕はおせっかい序でに訊いてみた。
「食事はちゃんと取られていますか?」
その瞬間、ジュリエットの居る方向からクゥゥ~と音がする。きっとまた、顔を真っ赤にして丸くなっているに違いないと思い、敢えて彼女の方を見ずに僕は立ち上がる。
「少しだけ、此処で待っていて下さいね。」
言うが早いか、僕は河川敷を後にしていた。

 十五分後、僕は息を切らせながら河川敷に戻って来ていた。右手に提げたコンビニエンスストアのビニール袋を差し出しながら、息も絶え絶えにこう言った。
「ゆ、夕食にしましょう!」
二人がまともに食事を取っていないであろう事、僕本人もユイと遊園地に行った日から何も口にしていない事から、先ずはこれが最優先に成すべき事だと思った。きょとんとした表情の二人の前に、コンビニエンスストアのビニール袋から取り出した、お握りとペットボトル飲料を一通り広げる。
「さぁ、好きなのからどうぞ!好みが解らないので、全種類買ってみました。」
「……え、これ……食べても良いのか……?」
ロミオもジュリエットも、喉から手が出そうな表情で、それ等を見詰めていた。
「勿論です!その為に今、一っ走りして来たんですから!」
そう言ったが早いか、二人はお握りを掴んで無言で食べ始めた。その姿を見てほっと一安心し、僕も一番手近に在ったお握りを手に取り頬張った。二人が急いで口にお握りを放り込み、時折咽ている様子なので、思わず僕は声を掛ける。
「焦らないでも大丈夫ですよ。少し、多めに購入して来ましたから。あ、デザートも有るので良かったら……。」
その瞬間、ジュリエットが宝石の様な輝く笑顔を此方に向けた。僕がジュリエットの笑顔を見たのは、この時が初めてだった。
 誰かと一緒に食事をする事は、こんなにも心が満たされるものなのか。僕は、マナミやユイとの食事を思い出し、少し感傷的な気分になっていた。いつもは感じた事が無かったけれど、この日に口にしたツナマヨネーズ味のお握りは無性に美味しかった。また今度、リピート買いしてみても良いと思った。

 久々に空腹を満たせたからか、ジュリエットはスヤスヤと寝息を立てながら、ロミオの膝で眠りに入ってしまった。僕とロミオは、無言で川岸の桜を眺める。
「……ありがとう。」
ポツリとロミオが僕に言う。
「いや、僕が一緒に夕食を食べたかったんです。簡単な物で申し訳ないけれど……。」
「ふふ……君って、本当に良い奴だな。」
そう言ってロミオは美しい横顔に笑みを浮かべると、風で舞って来た桜の花弁を指先で摘み、僕の方をゆっくりと振り返った。
「君は、恋しい人は居るのかい?」
僕はこれまで、恋愛と呼べる程の経験は無い。だが、その時何故か不意にマナミの顔が浮かんだ。
「恋しい人は……居た……と言うべきですかね。初恋だったんです、きっと。でも……今は、もうこの世に居ないんです。殺されたんです、実の父親に。」
「…………。」
「だから、仇を取ってそいつを殺したんです。僕は、人殺し……なんです。こんな僕でも、『良い奴』なんでしょうか?」
黙って聞いていたロミオは、じっと真正面から僕の眼を見詰めた。
「あぁ、『良い奴』じゃ無いな、……『良い男』だ。愛する女性の為に自ら罪を背負う事を選んだんだ、君は立派な男だよ。……君ともっと早くに知り合えていたら、きっと僕達は男同士、良い友人になれていただろうね。」
予期していなかった反応に、僕は何と答えれば良いか解らず言葉に詰まる。
「それと、さっきの『ロミオとジュリエット』は冗談だからね。僕の名前はヒロミ、彼女の名前はジュリ。語呂が少し似ているからっていうのと、この恋が絶対に実らない事を知っているから、態と皮肉ってそう言ったんだ。」
薄っすらと笑みを湛え、全てを悟っているかの様な表情で僕を見詰める。
「後、敬語は禁止だ。君には、友人として接して欲しい。」
僕が照れて小さく頷くと、ヒロミはニッコリと屈託の無い笑みを浮かべた。先程のジュリの笑顔と少し似ていた。目の前の人間に対する安心感と、己が未来への絶望を宿した寂しい笑顔だった。

 「何か、何かしたい事は無いで……無いかい?何でも良いから言って下さ……くれないか!」
僕は、思わずそう口にしていた。単なるお人好しなのか……、それとも添い遂げられなかった自身の初恋の代償行為なのか……、僕には解らない。
「うん、敬語を使わない様に凄く必死だね……。いきなり無茶を言ってごめん。」
「そ、そうじゃ無くて……。何か……今しか……今じゃなきゃ出来ない、叶えておきたい願いは無いのかい?」
ヒロミは少し驚いた様な表情をし、そして直ぐに寂しそうな笑顔を浮かべた。
「君は本当に『良い男』だな。君の恋しい人は、こんな良い男に愛されて、本当に幸せだったと思うよ。」
そんな事を言われて、思わずマナミとの幸せな記憶がフラッシュバックし、僕は涙ぐみそうになってしまった。男の癖に泣いてばかりで情けない。ふとヒロミは空を見上げ、消え入る様な声でそっと言った。
「……結婚式、挙げたかったな……。きっと、もう意味は無いと思うけれど、僕達の愛を形として残したかったんだ……。」
その言葉を聞いて、何故だか僕は、これだけは絶対に叶えてあげなければ……と、謎の使命感に駆られていた。

 翌日の日没頃、僕は例の河川敷に駆け足で向かった。ヒロミとジュリを見付けるなり、一気に捲し立てた。
「今から、付いて来て欲しい所が有るんだ!」
訳が解らないといった様子の二人を、僕は無理矢理に河川敷から連れ出した。
「い、一体、君は何処に行こうって言うんだい?」
「日暮れだから人目には付き難い。良いから黙って付いて来て!」
僕は意気揚々と、二人を連れて街外れに向かった。

 表通りを避け、僕等は日が沈み掛けた街中を、隠れる様にして進んだ。河川敷から四十分程歩いた辺りで、遂に、目的地に到着した。
 其処は街外れに建つ古びた教会で、恐らくは今はもう使われていないであろう場所であった。周囲には雑草が生い茂り、レンガ造りの壁面も至る所が崩れ掛かっている。扉の前に掛かっている錠前は、錆びて腐り落ちていた。僕は、力を込めてその扉を押し開ける。
「さぁ、中へどうぞ。」
僕は二人を扉の中へ案内した。外面からでは解らないが、既に天井も崩れ落ち掛かっており、時折吹き込む風と共に桜の花弁が舞っていた。左右に備え付けられた古びた長椅子が、人々の過去の祈りの面影を覗かせる。正面のステンドグラスも殆どが崩れ落ちており、其処から差し込む月明かりが煌々と教会内を照らしていた。
「素敵……。」
ジュリが教会内を見渡しながら呟いた。
 「ではこれより、新郎ヒロミさんと新婦ジュリさんの結婚式を執り行います。」
僕はリュックサックから取り出した、白い布切れと、ビーズで出来たリングを二人に手渡した。そして、崩れ掛けの祭壇に向かって進む。
「ごめん、不恰好で申し訳ない。」
それは、昨日僕が近隣の商店街で入手し、何とか徹夜で仕上げた物だった。手芸店で購入したレースの布をヴェールらしく縫製し、同じく手芸店で購入したビーズでリングを作ってみたのだ。絶対に良い物を作ると意気込んでいた割には、今朝方出来上がった物を確認して、あまりの拙さに渡すのを一時悩んだ代物である。

 僕は祭壇の上から二人を眺め、大きく深呼吸をした。
「ヒロミさん、貴方は今ジュリさんを妻とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命有る限り、真心を尽くす事を誓いますか?」
「……はい、誓い……ます……。」
ヒロミは涙の所為で、上手く声が出ていない。
「ジュリさん、貴方は今ヒロミさんを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命有る限り、真心を尽くす事を誓いますか?」
「はい!……誓います!」
泣き腫らした顔で、鼻を啜りながらジュリが強く答える。
 二人は僕の渡したビーズのリングを ゆっくりと交換した。そして、月明かりに照らされた二人の誓いの接吻は、どんな高名な画家の絵画よりもずっとずっと美しかった。

 ヒロミとジュリは永い永い接吻を終えると、絵画の中から語り掛けて来た。
「……ありがとう。まさかこんな贈り物をしてくれるなんて思わなかった。人生で最高の贈り物だ……。」
「……私からも、ありがとう。貴方、最初は怖い人かと思ったけれど、こんなに優しい人は人生で初めてよ。」
そう言って二人はその場にしゃがみ込んだ。ヒロミは何かを拾い上げると、ジュリにもそれを手渡す。
「ジュリ、準備は良いかい?」
ジュリはニッコリと美しく頷く。二人は互いに寄り添って座ると、僕の方を見詰め返した。
「本当に君には感謝している。……先に逝って待っているよ。」
「……ありがとう。ロミオとジュリエットは共に死する事が叶わなかったの。それが、二人の悲劇だった。でも、私達は違う……貴方のお陰で共に死する事が出来るわ……!本当に……ありがとう。」
何も言わずに二人の姿を見守っていたが、これから二人が成すであろう事が理解出来た時、僕はその場から動く事が出来なかった。止めなければならないのに、何としてでも二人を救わなければならないのに。でも、救ったその先に、二人の未来は存在するのか?絶対に叶う事の無い想いが、未来で二人の心を殺してしまうだけでは無いのか?
「さぁ、行こうか、ジュリ。……雲雀の鳴き声が聞こえる。僕達を別つ、ナイチンゲールの鳴き声では無いんだ……。これで、僕達二人の原罪は洗い流される……。」
「ええ、ヒロミ。貴方と、永遠に……共に……。」
ヒロミとジュリは向き合った手を握り合い、反対の手で同時に何かを各々の頚動脈に突き立てた。真紅の血が、満開に咲き誇る花々の様に溢れる。先程、ヒロミが拾い上げた物は、割れて飛び散ったステンドグラスの欠片だったのだ。蒼白い月明かりに照らされ、この世で最も神聖で、この世で最も悲しい光景だった。

 後には只、強風で吹き付けられた桜の花弁が、崩れ落ちた天井から次から次へと二人の上に舞い散った。それは、次第に二人の姿を殆ど覆い隠してしまった。僕は、二人の繋いだ手にマナミから貰ったお守りを乗せ、再び固く強く握らせた。
「どうか、永遠に幸せに……。」
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