第53話 昔を思い出して笑って生きる

文字数 1,929文字

自分には信じられないような思い出がある。
母ちゃんのおっぱいを飲んでいるころの記憶がある。
道路沿いの2階建ての家。窓からは田んぼや畑が見える。
向かい側には木造の小さな家が並んでいる。
いつも同じ光景の所で母ちゃんのおっぱい飲んでいた。

ある日、私は2階の階段から転がり落ちて大声を出して泣いていた。
両親や兄弟は出かけいた。姉ちゃんがその日の子守だった。
姉ちゃんが漫画を見ているすきに階段のそばまで行ったのだ。
近所の人が集まり大騒ぎしていた。
誰かの腕に抱かれてゆれていた。病院のへんな臭いも残っている。
先生の太い手の感触がある。白い姿の看護婦の顔が大きかった。

リヤカーの荷台に乗って遠い所まで運ばれていった記憶もある。
父ちゃんの後姿が残っている。道からはほこりが舞っている。
暗くて臭い家に連れられていった。それからはそこの光景がずっと続く。
引越しだったのだろう。その日からのあたりの景色が違っていた。
今考えると、危険な2階から平屋に移ったのだろうと思われる。

4歳年上の姉ちゃんにおんぶされている記憶もある。
知らないおばさんの家に行って、おっぱいをもらって飲んだ。
母ちゃんのおっぱいよりも大きかった。味と匂いが違ったが夢中で飲んだ。
前には遠くまで広がる茶色と緑の景色があった。
暑い日、チリン、チリンと音がしたあとには、甘い冷たい飲み物が口に入ってくる。
キャンディー屋さんだったのだろう。

何かをきっかけにその記憶が広がっていく。
3歳のころにはお寺にあずけられた。(保育園?)
お寺のおばさんに「1から10まで数えられる?」と聞かれた。
私は1から100まで数えた。おばさんは驚いていた。
「いくつまで数えられるの」
「いくつまでだってできるよ。きりがないよ」
おばさんは信じられないような顔をしていた。
私が数をかぞえられたのには理由があった。
私をお風呂へ入れるのは父ちゃんの役目だった。
熱くて嫌がる自分を抑えて1から100まで数えていた。
「いいち~、にいい~、さあん~、しいい~~、ごおお~、ろおく~・・・」
それを毎日聞かされていた。100からまた数え始める事もあった。
嫌がっても、父ちゃんの腕からは抜けられない。
「ひゃくいち~、ひゃくに~、ひゃくさん、ひゃくし、・・・・・」
冬の寒い時などには、「にひゃくいち、にひゃくに・・・」と続いた時もあった。

数えるのは「いち、にい、さん、しい~の繰り返しだった。
そこに “じゅう” とか “ひゃく” に追加するだけの事に気づいたのだ。
「きゅうひゃくきゅうじゅうきゅう」までは数えられそうだ。
「父ちゃん、””じゅう”” の次が ””ひゃく”” だよね。その次もあるん」
「うん。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまんだよ」
あそうか、又繰り返しだ。いくつまでも数えられそうだ。
面倒になってきた。どうでもいい。早く風呂を出たい。
父ちゃんは小学校しか出ていないといっていた。父ちゃんの精一杯の教育だ。

小学校1年生のときの記憶はもっと鮮明だ。入学式に母ちゃんがついてきた。
田んぼの中の2階建ての木造の校舎。隣の便所が臭かった。
その日には授業参観も行われた。
1年1組の教室。先生は女の川島先生。30代の先生だった。顔が丸かった。
教室にはいっぱいに机が並んでいた。知らない子供がいっぱいいた。
先生があいうえお順に子供を並べてた。それが席順だった。
私は後ろから2番目の席に座った。すぐ後ろにはお母さん方がいっぱいいた。
廊下にも父兄がいっぱいいた。その頃は1クラス50人以上いた。

川島先生が緑色の黒板に、丸と三角と四角を大きく書いた。
「はあい。ここに名前の書ける人、手を上げて!」
名前を書けない人なんている筈がない。やさしい問題だった。誰だってかける。
みんな手を上げた。先生が3人指名した。そのうちの一人が私だった。

白墨を持ってその図形の下に名前を書いている。
みんなシーンとしている。二人が書き終り自分の机に戻っていった。
私が最後だった。書き終わって後ろを向いた。教室中が大爆笑の渦が巻き起こった。
なんだか訳がわからない。褒められるってこんな感じなのかなと思った。
照れ笑いをしながら自分の机に戻り黒板を見た。

黒板に書かれた私の答えは違っていた。
丸い 図形の下には “ま る”
四角の図形の下には “し か く”
三角の図形の下には “は や か わ た か し”

ああああ!!!! かん違い。“さんかく”が正解だったのだ。
まだみんなの笑いが止まらない。自分の名前を書いてしまったのだ。
「ここに名まえのかける人」これじゃあ誰だってまちがえるよ
人の話しをよく聞かない。おっちょこちょい。空気が読めない。
思い込みが激しい。この性格は今でも少し残っている

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