偽薬に救われ、真剣で刺される

文字数 595文字

貴方の為を思って言っているのだから。
その言葉に何度、釈然とせぬまま従ったか、片手では数えきれない。
平手で打たれて、納得せぬまま謝罪を述べた事もある。
自分の正しさを飲み込み、相手に合わせざるを得ない。
それが世に言う協調性らしく、出来ない者は除けられるようだ。
弁論の術を学び、突っ掛かってくる輩を、理屈でねじ伏せる事をしてみた。
ようやく、言い争いの度に気分を害さずに済む。
万事解決かと言うと、否、これで済むほど、事は容易では無かった。
恥ずかしながら、この歳になるまで気が付かなかったが、相手も馬鹿ではなかったのだ。
主張は違えど、向こうも又、何かしらの正しさを頑として離さず、言い負けて尚、釈然とせず、納得などせず、眉の皺を深めるだけだった。
正しさと正しさが衝突した折ほど、厄介な事はない。

嘘をつくなと、幼少期に千度聞かされたものであるから、それほど悪い事なのだと、最近まで信じて疑わなかった。
なので、世に出回る誤報も、それと疑わず、丸のまま鵜呑みにした。
誤報に惑い、詭弁に踊り、やはり偽りはなんという悪かと、目上の教えを反芻しながら日々を過ごした。
しかし、重ね重ね恥ずかしながら、この歳になるまで気が付かなかったが、どうやら絶対悪ではないらしい。
他人を思い、良い結果に導く為に、あえて騙す事の清さも、幾度となく感じてきた。

心得ねばなるまい。
人を傷つける正しさもあれば、人を救う偽りもあるのだと。
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