第二章 町井瑠璃子(三)

文字数 1,377文字

 山歩きの会当日、中央線の集合駅に着いた瑠璃子は、すぐに麻里を探した。そして、人混みの中にようやく麻里を見つけ、ホッとして近づくと、そのあたりの人はみな会の人だと気がついた。
 周りの人に体験参加者であると麻里から軽く紹介され、瑠璃子も会釈を返した。そして、メンバーがそろうと一行は電車に乗り込み、高尾駅に向かった。ちょっとした遠足気分で和気あいあいと話をしているうちに高尾駅に着き、みんなの後をついていくとなんなく登山道の入り口に到着した。
 
 五月の陽射しは暑く、歩き始めるとすぐに額に汗がにじんだ。ただ涼やかな風が時おり吹き抜け、額の汗を冷やしてくれる。
 ところが、慣れたメンバーたちの足取りは思いのほか早く、瑠璃子は次第に遅れだした。そんな瑠璃子に麻里が付き添い、励まされながら何とか休憩場所の高台にたどりついた。すると、もうとっくについていたメンバーたちは、そろそろ出発の準備を始めているところだった。着いたばかりの瑠璃子たちに気がついた佐原郁夫が声をかけてきた。
「しばらく休んだ方がいいですよ。みんなはそろそろ出るようですが私は残りましょう。ルートはわかっていますのでご案内します。せっかくの山歩き、楽しまなければね」
 瑠璃子はこの親切な申し出に甘えることにした。慣れない山道を歩くのは思ったよりきつい。いきなりの団体行動は無理だったと後悔し始めたところだった。そんな瑠璃子の思いに気づいたのか佐原が続けた。
「気にすることないですよ。初めて参加する人の脱落は珍しくありませんから。そんな時はグループ行動に変更することもよくあるんですよ」
 そう言うと、佐原はメンバーの代表者らしき人に何やら報告に行って戻ってきた。
「ここからは三人のパーティーで行きましょう。そして、町井さんのペースでのんびり景色を楽しむことにしましょう」
 五十八歳になるという佐原は日頃から体を鍛えているようで、年齢よりかなり若く見える。初対面ではあったが、一緒に汗を流すと自然と会話もうまれ、三人で楽しい時間を過ごすことができた。山歩きが楽しかったのか、佐原と麻里との三人の語らいが楽しかったのか、瑠璃子は家に帰って湯船に体を浸かりながら考えたがわからなかった。
  
 翌朝、目が覚めると体中が痛い。昨日の筋肉痛であることはすぐにわかった。だが夫の聡にほら見たことか、と言われないように、さりげない素振りで家事をこなした。
 これではいけないと思い、瑠璃子は明日から、ウォーキングをすることにした。初めの一週間は近くの公園まで往復十五分の行程にした。筋肉痛が取れない中ではそれでもきつかった。しかし、体の痛みが取れてくると以前より体が軽く感じられ、ウォーキングの距離もスピードも少しずつ伸びていった。
「三日坊主だと思ってたけど、ずいぶん続いているね」
 夫からそう褒めてもらうと、瑠璃子は一層この日課が楽しくなった。そして麻里を通して「山歩きの会」に入会した。一度参加したくらいで大丈夫か? と聡は心配したが、体を動かす心地よさ、自然の中を歩く爽快さは一度味わえばその魅力は十分にわかった。
 だいたい二か月に一度のペースで計画されている山歩きの次の会までに、みんなについて行ける体力、脚力をつけておこうと瑠璃子は雨の日も休まずウォーキングに励んだ。

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