6 崩壊

文字数 2,345文字

私と彼は仕事や職場の愚痴や小説や映画の話題でLINEのやり取りをしていた。

彼は邦画はあまり観ないと言った。洋画が好きで、それも70年代〜90年代の古い洋画を好んで観ていた。
彼は世間で話題になっている小説も読んでいたが、純文学と言われる古い作品を読んでいることが多かった。
日本の小説家だけではなく、日本の純文学小説家が影響を受けたという海外の小説家の作品も。

私は純文学と聞くと、もの凄い人が書いていて凄い人が読むものだ。と敷居が高くて読んだことがなかった。
それを読んでいる彼は、私の中で『もの凄い人』になっていった。

私は彼の小説に登場するもの、彼がラジオで紹介したものを観て聴いた。
彼が読んでいる純文学と言われる小説も読むようになった。
読んでみると、意外と読みやすく高い敷居は無くなった。

こうして私と彼は、お互いが読んだり観たりした小説や映画、彼の書いた小説の感想でコミニュケーションをとっていた。

私は若い頃から夜型で起きていよう思えばいくらでも起きていられる。けれど一度眠ると何度起こされても起きれなかった。
さすがに親になり子どもを学校に送り出さなければならないし仕事もあるので朝はちゃんと起きるが、夜のうちにアレもコレもとやっているので深夜0時はまだ起きていることがほとんどだ。

私も彼もシフト制で不規則な仕事なので翌日が早番でないと夜中にLINEをしても既読や返信もあった。
お互いに起きていてもLINEでの会話だった。
ある時、LINEの通話の着信音がなったので驚いてドキドキしながら通話に出た。彼の声だ!緊張してしまう。

ん?呂律が回っていない?雑音が酷くて聞き取りにくい。
どうやら飲んだ帰り道に電話をしてきているようだった。
どうしたのかと聞く。彼は私の声が聞きたくなった。と言った。嬉しいけれど…。
呂律が回っていないから何を言っているのかハッキリと聞きとれない。
そのうち私の名前を呼びながら「声がエロい。その声が聞きたい。会いたい。やらせて。なんでオレを慰めてくれないの」などと言っている。
一体全体何を言っているんだ?今から会うわけないじゃないか。今からヤルわけがない。慰めているじゃないか。酔っ払いに適当に話を合わせた。
けれども、会話の中で「オレは気持ち悪い人間だから、気持ち悪いと(私の名前)に思われて嫌われたいんだよ!気持ち悪いっていえよ!」「本当のオレはどこにもいない。自分が書いている小説の中にだけオレがいるんだよー」などと言っていた。『小説の中にだけ本当の自分がいる』とはLINEのやり取りの中でも話していたことがあった。
そんなこんなで無事に帰宅した様子で「おやすみ」と電話を切った。

翌日彼にLINEをした。大丈夫?何かあったの?一人で抱え込まないで話せるならば話して欲しい。と。
彼から返信がきた。「迷惑かけてごめんね」「迷惑ではないよ」と私は返した。
彼は特に何かがあったわけではない。と。けれど、定期的に『崩壊』するのだと。カラオケの帰りに私が彼を追いかけたあの日のように。そして、あの日のように話の内容はあまり覚えていないようだった。あの時みたく「いつものことだから心配はいらない」と彼から返ってきた。

それからも時々、彼から夜中に通話の着信がくることがあった。1人で飲みに行った帰り道に電話をしてきた。
「いつものこと」と言っていたが、やはり彼の心が心配だった。それでも定期的に『崩壊』している彼からの電話に私もだんだんと慣れてきた。
「エロい声が聞きたい、エロい顔がみたい、ヤラせて、オレはオレ自身が気持ち悪い、オレが気持ち悪いことをみんなに知って欲しい」毎回必ずといっていいほどに同じことを言ってくる彼。
 
彼の小説を読んで、LINEで会話をして、崩壊しながら電話をしてくる彼をみてきて、少しずつ私の中で彼のことが理解できるようになってきていた。理解というよりも読解だ。
彼が1人で飲みに行く時、きっともうここから始まるのだろう。家に居たくない時や帰りたくない時や繊細な彼の心が死んでしまいそうな時に彼は1人でも飲みに出る。その精神状態で1人で飲むから崩壊していく。そして電話をかけてくるのは、私とヤリたいわけでも会いたいわけでも無いのだろうと思う。崩壊しつつもカロウジテ残っている意識を保つために通話しながら帰宅したいのだろうと思った。
キミにとって唯一の救いであるならば私は酔っ払いに付き合おう!

彼の『崩壊』が少し軽い時に電話をしてきたことがあった。「電話していい?」とLINEがきてからの通話。本人曰く、LINEで断りを入れてからの通話は理性が残っているから崩壊も軽いらしい。(なんだ?そりゃ!)
もしかしたらこの時が、彼が私に対しての本音だったのかもしれない。
「ヤリたくなるときはあるの?ヤリたい時はいつ?」
「オレのことは好きなの?どう思っているの?」と。
珍しい。彼からの質問だ。確かに理性は残っているようだ。
「ヤリたい時。じゃなくて、キミとならヤリたい。が正解なんだよ」「こんな時間には出て行かない」
そして、オレのことは好きなの?の質問。
「怖くない?私は怖いの。始まることが。いつか終わりがきた時に、自分が喪失感を感じることも相手に与えてしまうことも」と私は答えた。彼は一言「怖い」と言った。
私と彼は、ほんの少し似ているのかも。喪失感に対してかなり臆病者なのだ。

酔って送ってくるLINEや電話で、彼は何度か「この人はどこまでしたらオレのことを嫌いになるのだろうか?と試したくなる。めちゃくちゃにしたくなる時がある」と言った。
それが私だけに対してなのか、彼が関わった人全てに対してなのかはわからないけれど。
私はいつも「私はキミのことをキライにはならないよ」と伝えている。

 




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