第弐夜
文字数 1,288文字
まだ日の入りまでにはかなりの時間がある夕方の茜空。その恨みの炎にも似た真っ赤な日の光に照らされながら、一人の少女がお堂へと続く長い石段を登って行く。藍色の着物に薄い桜色の帯を後ろで結んだ小さな顔は、必死そのものだった。
…早く…早く神様にお願いしなくちゃ……!
始は小走りに。だんだんと足が疲れてくると一段飛ばしに大股で。最後には這うようにしてなんとか階段を上り切る。上り切ったら切ったで休む間もなくふらふらとお堂の前に歩み寄り、さい銭箱にお金を投げることも忘れて。少女はしがみついたお堂の鈴を、ジャラジャラと力いっぱい左右に振った。
ぱんっ! ぱんっ!
なんとかその場に立つと、勢いよく両手を打ち合わせて深々と頭を垂れた。
「お願っ…します、神様…。どうか…どうか私の弟の病気を治して下さい!!」
叫んだ声も虚しく、辺りに答える者はいない。それでも少女の願いは止まることなく溢れ出る。
「弟が治るのなら、私はどんな苦労でも耐えます。ですから…ですから!! 弟の病気を…どうか治して下さい!!!」
終いには叫ぶように訴えた彼女の言葉に、やはり答える声はどこからも聞えなかった。
「…お願いよ…弟を治してよ……お願いだから…。助けてよ! 助けて…弟を…弟を連れて行かないでぇっ!!!」
泣きたくも無いのに涙が後から後からこぼれ落ちる。強く拳を握り締めて、少女は負けるもんかと歯をくいしばった。
少女には両親がいなかった。二人ともまだ少女が幼かった頃に亡くなっており、少女は親の顔を知らなかった。物心ついたときから多くの自分と同じ境遇の子供たちと共同生活を送っていた。少女が“弟”と呼んでいる少年も、少女と同じく親の顔を知らない子供だった。それでも少年は少女のことを実の姉のように慕い、少女もまたそんな少年を実の弟のように可愛がっていた。
少年は少女にとってもっとも大切なもの。
―――絶対に失いたくない―――
…その思いだけで、少女は一心に祈った。
今日だけではない。少女がこのお堂へお参りに来たのは今をいれても二十を越えていた。
「今日で何回目になるんだろう…。ちっとも良くならないよ……」
お参りしたことで緊張の糸が解けたのか、少女はぽつりとつぶやいてお堂の階段に座り込んだ。無理もない。ほぼ毎日といっても良いほど少女はお参りに来ているというのに、その効果が目に見えて現れることがないのだから。
「神様なんて……本当はいないんだわ。いれば、弟が良くならないなんてことがあるわけないもの……」
うつむいた少女の目に、じんわりと涙が浮かぶ。それは、悲しみと悔しさと腹立たしさの入り混じった、冷たい涙だった。
(…そう…私も同じ……)
「……え?」
ふいに誰かの声を聞いた気がして、少女は後ろを振り返った。しかしそこには、古ぼけたお堂の扉がぴったりと閉まっているだけ。
「気の……せい?」
(…神様は……何もしてくれなかった!!)
「!!」
今度ははっきりと聞こえた。それは確かに、お堂の中から聞えて来るものであった。
…早く…早く神様にお願いしなくちゃ……!
始は小走りに。だんだんと足が疲れてくると一段飛ばしに大股で。最後には這うようにしてなんとか階段を上り切る。上り切ったら切ったで休む間もなくふらふらとお堂の前に歩み寄り、さい銭箱にお金を投げることも忘れて。少女はしがみついたお堂の鈴を、ジャラジャラと力いっぱい左右に振った。
ぱんっ! ぱんっ!
なんとかその場に立つと、勢いよく両手を打ち合わせて深々と頭を垂れた。
「お願っ…します、神様…。どうか…どうか私の弟の病気を治して下さい!!」
叫んだ声も虚しく、辺りに答える者はいない。それでも少女の願いは止まることなく溢れ出る。
「弟が治るのなら、私はどんな苦労でも耐えます。ですから…ですから!! 弟の病気を…どうか治して下さい!!!」
終いには叫ぶように訴えた彼女の言葉に、やはり答える声はどこからも聞えなかった。
「…お願いよ…弟を治してよ……お願いだから…。助けてよ! 助けて…弟を…弟を連れて行かないでぇっ!!!」
泣きたくも無いのに涙が後から後からこぼれ落ちる。強く拳を握り締めて、少女は負けるもんかと歯をくいしばった。
少女には両親がいなかった。二人ともまだ少女が幼かった頃に亡くなっており、少女は親の顔を知らなかった。物心ついたときから多くの自分と同じ境遇の子供たちと共同生活を送っていた。少女が“弟”と呼んでいる少年も、少女と同じく親の顔を知らない子供だった。それでも少年は少女のことを実の姉のように慕い、少女もまたそんな少年を実の弟のように可愛がっていた。
少年は少女にとってもっとも大切なもの。
―――絶対に失いたくない―――
…その思いだけで、少女は一心に祈った。
今日だけではない。少女がこのお堂へお参りに来たのは今をいれても二十を越えていた。
「今日で何回目になるんだろう…。ちっとも良くならないよ……」
お参りしたことで緊張の糸が解けたのか、少女はぽつりとつぶやいてお堂の階段に座り込んだ。無理もない。ほぼ毎日といっても良いほど少女はお参りに来ているというのに、その効果が目に見えて現れることがないのだから。
「神様なんて……本当はいないんだわ。いれば、弟が良くならないなんてことがあるわけないもの……」
うつむいた少女の目に、じんわりと涙が浮かぶ。それは、悲しみと悔しさと腹立たしさの入り混じった、冷たい涙だった。
(…そう…私も同じ……)
「……え?」
ふいに誰かの声を聞いた気がして、少女は後ろを振り返った。しかしそこには、古ぼけたお堂の扉がぴったりと閉まっているだけ。
「気の……せい?」
(…神様は……何もしてくれなかった!!)
「!!」
今度ははっきりと聞こえた。それは確かに、お堂の中から聞えて来るものであった。