第1話
文字数 2,757文字
「アルファ!」
「ん?どうしたの?シルキス」
「んー、ただ呼んだだけ、えへへへ」
村が一望できる丘。
白い花の絨毯に二人の男女が並んで座る。
空は一面の青。
風が吹くたびに、シルキスと呼ばれた少女の、銀色の髪が流れる。
それを見て、中性的な少年アルファは、髪と同じ黒色の瞳を細めた。
アルファとシルキスは、ここ、リユート村で生まれ育った、幼馴染という関係だ。
王国内の端にある、エゴレスト山とカキクケ湖に囲まれた、辺鄙な村。
だが、自然の恵み豊な、平和でのどかな村だ。
この世界は、魔物で溢れている。
にもかかわらず、それらからの被害がなく豊かなのは、リユート村に女神の祝福があるからだと言われている。
豊穣神サナエル。
命と豊穣を司る神。
村の人々は敬虔に、この女神を崇めていた。
アルファは他の村人よりこの女神を敬っている。
毎日、時間さえあれば祈るほどである。
それも、病気で死んだ両親が、あの世で安寧で幸せである様にと願うからだ。
「アルファ、いよいよ明日だね」
「うん、どうしよう、緊張してきた」
「私もよ、一体どんな命職になるのかしら」
シルキスの言葉に、アルファは複雑な顔をして頷いた。
命職、それはこの世界における、人の魂の形。戦闘や魔法系はもちろんのこと、生産系学者系などいろいろある。それはいわゆるジョブだ。
人は皆、この命職を定める儀式を、13歳の夏に行う。
そして、そこで定められた命職への道へと、歩き出す。
命職を得た者は、その命職にあった能力を授かるのだ。
リユート村での儀式は、明日。
故に、2人は楽しみでありながら不安を抱え込んでいるのだ。
「アルファは何がいい?」
「僕は…やっぱ農業系かな、この村で生きていきたいし」
「そっか、私は…えへへっ、」
「な、なんだよ」
シルキスの目が細くなり、アルファを見つめる。
幼馴染が浮かべる色っぽい顔に、アルファはドキリとした。
「私はね、アルファと一緒にいれるなら、何でもいいかな」
「シルキス…、うん、僕もだよ、シルキスと一緒にいたい」
「えへへ、じゃあ、約束!」
「うん、約束!」
2人は互いに微笑み、それぞれの小指を絡めた。
「私とアルファは、将来結婚して、幸せになる!」
「僕とシルキ…え、ええええ!?け、結婚!?」
「何よ、一緒にいるって事は、結婚するって事よ?」
「それはそうだけど…まだ早いよ!僕たち子供…!」
アルファは慌てるが、途端に寂しそうな顔になった幼馴染を見て、言葉を止めた。
結婚はまだできない。
でも、約束はできる。
「…じゃあ、これ、持っててよ」
「なぁに?…わぁ、綺麗!」
アルファが取り出したのは、赤いリボンだ。
どの道、この場所でシルキスへとプレゼントする予定であった。
「薪を売ったお金で買ったんだ、これが約束の証!」
「アルファ、私、大事にする!結婚するまで、身に付けておくね!」
シルキスは早速、銀色の髪にリボンを絡める。
それを見てアルファは、ドキドキしながら綺麗だよと洩らした。
村を眺めながら将来を誓った2人の約束は、今も、アルファの心の中に鮮明に残っている。
それは、村からシルキスがいなくなって久しい、今でも…。
アルファの一日は、鍛錬から始まる。
朝、陽が出る前に起床し、村の周りを走り、剣の稽古をする。
そして、汗が陽で輝く頃に鍛錬を切り上げ、水を浴びるのだ。
水を弾く、若々しい体。
中性的だったアルファは顔こそ綺麗なままではあるが、その体は逞しく育っていた。
12歳の頃に両親を亡くし、天涯孤独となったアルファ。
だが村人達の協力もあり、また、シルキスとの約束を希望に、力強く生きてきた。
(…やっぱ、来ていないか)
汗が滲む体そのままで帰宅したアルファは、ポストを覗き込み、ため息をついた。
一週間に2回は来ていた、シルキスからの手紙。
それが最近、全く来なくなったのだ。
アルファは、赤い布が巻かれた剣の鞘を立てかける。
赤い布…、あの時、シルキスに贈ったリボンの片割れだ。
(…まぁ、忙しいんだろうな、何せ勇者一行のお仲間、剣姫、だからな)
アルファは、2人が離れる事となった3年前のあの日…命職の儀の日を思い浮かべる。
村の中央に立つ、創造神タミエルを奉った教会。
この村では女神サナエルを奉っているが、その辺は緩い村であった。
その小さい教会で行われた、命職の儀。
「俺は…やった!狩人だ!父さんの手伝いが出来る!」
「私は薬師!これでおばあちゃんを救える!」
「ぁぁぁ、僕は武道家だよ!戦いたくないよ!」
「私は魔法使いが良かったのにぃ、商人だよぉ」
教会内に響く、悲喜交々の声。
自分の定められた命職を喜ぶ子もいれば、落胆する子もいる。
だが、結果がどうでアレ、命職を進まなければならない。
それが、この世界における常識、いや、運命なのだ。
「次、シルキスだね」
「うん、ドキドキしてきた」
神官が、シルキスを呼ぶ。
シルキスは、言われるがままに、赤い水晶に手を載せた。
次の瞬間。
「な、け…剣姫、じゃと!?」
「け、剣姫!?あの、伝説の!?」
「シルキスちゃんがかい?嘘じゃろ!」
「魔王が蘇ったと聞いてたが、まさか…」
「とにかく、お、王都に報告を!」
神官の声に、大人達が沸いた。
「アルファ!」
「シルキス!」
シルキスがアルファへ駆け寄ろうとしたが、神官がそれを留める。
それからはあっという間だった。
シルキスは教会の中で過ごす事になり、会う事が出来なくなった。
アルファがいくらお願いしても、シルキスの両親しか面会ができなかった。
そして数日後、王都からの迎えが来た。
この世界には、魔物の他に魔族がいる。
最近、その魔族を治める魔王が復活したのだ。
これに対し、王国は勇者を選定し、魔王討伐へ向ける事にした。
魔王現る時、勇者も現る。
聖女、剣姫、賢者、弓聖もまた、勇者のために現る。
王国に伝わる、伝承。
それを元に、王国は各地からその命職の者を集めていた。
剣姫の命職を得たシルキスは、「世界の為」と勇者のパーティーに組み込まれる事となった。
また、アルファの命職は「worlds ONE(剣神)」で抑止力でもありアルファ以外誰も読めず、特に話題になる事は無かった。
「シルキス!僕、待ってるから!」
「アルファ!私、絶対帰ってくる!約束、忘れないでね!」
「うん!シルキスに相応しくなるよう、強くなる!」
「私も!手紙書くから!アルファ!また!」
王都へ向かう馬車に、人が群がる。
そこから伸びた幼馴染の手に、アルファは必死で返す。
走って、走って、躓いて、走って…。
青い空の下、馬車が見えなくなるまで、幼馴染の名を呼んだそんな思い出。
「ん?どうしたの?シルキス」
「んー、ただ呼んだだけ、えへへへ」
村が一望できる丘。
白い花の絨毯に二人の男女が並んで座る。
空は一面の青。
風が吹くたびに、シルキスと呼ばれた少女の、銀色の髪が流れる。
それを見て、中性的な少年アルファは、髪と同じ黒色の瞳を細めた。
アルファとシルキスは、ここ、リユート村で生まれ育った、幼馴染という関係だ。
王国内の端にある、エゴレスト山とカキクケ湖に囲まれた、辺鄙な村。
だが、自然の恵み豊な、平和でのどかな村だ。
この世界は、魔物で溢れている。
にもかかわらず、それらからの被害がなく豊かなのは、リユート村に女神の祝福があるからだと言われている。
豊穣神サナエル。
命と豊穣を司る神。
村の人々は敬虔に、この女神を崇めていた。
アルファは他の村人よりこの女神を敬っている。
毎日、時間さえあれば祈るほどである。
それも、病気で死んだ両親が、あの世で安寧で幸せである様にと願うからだ。
「アルファ、いよいよ明日だね」
「うん、どうしよう、緊張してきた」
「私もよ、一体どんな命職になるのかしら」
シルキスの言葉に、アルファは複雑な顔をして頷いた。
命職、それはこの世界における、人の魂の形。戦闘や魔法系はもちろんのこと、生産系学者系などいろいろある。それはいわゆるジョブだ。
人は皆、この命職を定める儀式を、13歳の夏に行う。
そして、そこで定められた命職への道へと、歩き出す。
命職を得た者は、その命職にあった能力を授かるのだ。
リユート村での儀式は、明日。
故に、2人は楽しみでありながら不安を抱え込んでいるのだ。
「アルファは何がいい?」
「僕は…やっぱ農業系かな、この村で生きていきたいし」
「そっか、私は…えへへっ、」
「な、なんだよ」
シルキスの目が細くなり、アルファを見つめる。
幼馴染が浮かべる色っぽい顔に、アルファはドキリとした。
「私はね、アルファと一緒にいれるなら、何でもいいかな」
「シルキス…、うん、僕もだよ、シルキスと一緒にいたい」
「えへへ、じゃあ、約束!」
「うん、約束!」
2人は互いに微笑み、それぞれの小指を絡めた。
「私とアルファは、将来結婚して、幸せになる!」
「僕とシルキ…え、ええええ!?け、結婚!?」
「何よ、一緒にいるって事は、結婚するって事よ?」
「それはそうだけど…まだ早いよ!僕たち子供…!」
アルファは慌てるが、途端に寂しそうな顔になった幼馴染を見て、言葉を止めた。
結婚はまだできない。
でも、約束はできる。
「…じゃあ、これ、持っててよ」
「なぁに?…わぁ、綺麗!」
アルファが取り出したのは、赤いリボンだ。
どの道、この場所でシルキスへとプレゼントする予定であった。
「薪を売ったお金で買ったんだ、これが約束の証!」
「アルファ、私、大事にする!結婚するまで、身に付けておくね!」
シルキスは早速、銀色の髪にリボンを絡める。
それを見てアルファは、ドキドキしながら綺麗だよと洩らした。
村を眺めながら将来を誓った2人の約束は、今も、アルファの心の中に鮮明に残っている。
それは、村からシルキスがいなくなって久しい、今でも…。
アルファの一日は、鍛錬から始まる。
朝、陽が出る前に起床し、村の周りを走り、剣の稽古をする。
そして、汗が陽で輝く頃に鍛錬を切り上げ、水を浴びるのだ。
水を弾く、若々しい体。
中性的だったアルファは顔こそ綺麗なままではあるが、その体は逞しく育っていた。
12歳の頃に両親を亡くし、天涯孤独となったアルファ。
だが村人達の協力もあり、また、シルキスとの約束を希望に、力強く生きてきた。
(…やっぱ、来ていないか)
汗が滲む体そのままで帰宅したアルファは、ポストを覗き込み、ため息をついた。
一週間に2回は来ていた、シルキスからの手紙。
それが最近、全く来なくなったのだ。
アルファは、赤い布が巻かれた剣の鞘を立てかける。
赤い布…、あの時、シルキスに贈ったリボンの片割れだ。
(…まぁ、忙しいんだろうな、何せ勇者一行のお仲間、剣姫、だからな)
アルファは、2人が離れる事となった3年前のあの日…命職の儀の日を思い浮かべる。
村の中央に立つ、創造神タミエルを奉った教会。
この村では女神サナエルを奉っているが、その辺は緩い村であった。
その小さい教会で行われた、命職の儀。
「俺は…やった!狩人だ!父さんの手伝いが出来る!」
「私は薬師!これでおばあちゃんを救える!」
「ぁぁぁ、僕は武道家だよ!戦いたくないよ!」
「私は魔法使いが良かったのにぃ、商人だよぉ」
教会内に響く、悲喜交々の声。
自分の定められた命職を喜ぶ子もいれば、落胆する子もいる。
だが、結果がどうでアレ、命職を進まなければならない。
それが、この世界における常識、いや、運命なのだ。
「次、シルキスだね」
「うん、ドキドキしてきた」
神官が、シルキスを呼ぶ。
シルキスは、言われるがままに、赤い水晶に手を載せた。
次の瞬間。
「な、け…剣姫、じゃと!?」
「け、剣姫!?あの、伝説の!?」
「シルキスちゃんがかい?嘘じゃろ!」
「魔王が蘇ったと聞いてたが、まさか…」
「とにかく、お、王都に報告を!」
神官の声に、大人達が沸いた。
「アルファ!」
「シルキス!」
シルキスがアルファへ駆け寄ろうとしたが、神官がそれを留める。
それからはあっという間だった。
シルキスは教会の中で過ごす事になり、会う事が出来なくなった。
アルファがいくらお願いしても、シルキスの両親しか面会ができなかった。
そして数日後、王都からの迎えが来た。
この世界には、魔物の他に魔族がいる。
最近、その魔族を治める魔王が復活したのだ。
これに対し、王国は勇者を選定し、魔王討伐へ向ける事にした。
魔王現る時、勇者も現る。
聖女、剣姫、賢者、弓聖もまた、勇者のために現る。
王国に伝わる、伝承。
それを元に、王国は各地からその命職の者を集めていた。
剣姫の命職を得たシルキスは、「世界の為」と勇者のパーティーに組み込まれる事となった。
また、アルファの命職は「worlds ONE(剣神)」で抑止力でもありアルファ以外誰も読めず、特に話題になる事は無かった。
「シルキス!僕、待ってるから!」
「アルファ!私、絶対帰ってくる!約束、忘れないでね!」
「うん!シルキスに相応しくなるよう、強くなる!」
「私も!手紙書くから!アルファ!また!」
王都へ向かう馬車に、人が群がる。
そこから伸びた幼馴染の手に、アルファは必死で返す。
走って、走って、躓いて、走って…。
青い空の下、馬車が見えなくなるまで、幼馴染の名を呼んだそんな思い出。