(2)強硬突入~ダイナミック・エントリー~

文字数 6,454文字

PM10:18 ロサンゼルス港
 エリオット貿易会社『集出荷所』――

 目的の倉庫は、港の幹線から1ブロック奥まった多少の不便を感じるところに位置していた。恐らく意図的にそうした場所を選んだのだろうが、ディラン達にとっても都合のいいロケーションなのは間違いない。
 夜勤シフトの時間帯にもなれば、通りに人気はなくなり、銃撃戦が行われても気づく者はなく、通報される心配もないからだ。
 先ほど、社員から入手した情報によれば、大型倉庫の角に見える小部屋は、案内所兼警備室になっているらしい。
 今も明かりが灯っており、24時間態勢という話しを裏付けているものの、窓から見える範囲に人影はない。
 単なる留守なのか、それとも……。
 ディラン達が警戒心を強めるのは当然であったが、それでも不審がる者はいなかった。事務所への電話に応じる者がいない時点で、ある程度のことを予期していたためだ。

誰もいない(・・・・・)と思うが、油断はするな」

 車内から、明かりが灯るだけで人の気配が感じられない目標建築物(オブジェクト)を目にしながらディランが念を入れる。

「これだけの倉庫を全チェックする余裕はない。手はず通り、要所(C.ポイント)安全確保(クリーニング)した後はタイミングをみて二班に分かれる。――質問は?」
「予備弾薬はどうする?」

 クレイグが予備武器(バックアップ)としている拳銃のスライドを引き、すぐに銃撃できるように準備をしながら質問をする。ちなみに手にする銃は馴染みの薄いブラジル産だ。
 ホルハス・タウルス社製『PT809E』――通常の9ミリ弾を使用し、最新のポリマー製で造られた二列弾倉(ダブル・カーラム・マガジン)は装弾数17発を誇る。露出式のトリガーを用いるが、早撃ち(クイック・ドロウ)を重視していないクレイグはあまり問題視していなかった。

「倉庫内の安全が確保されるまでは、通常装備分でいく。他は車内に置いていけ」
「万一、従業員がいた場合は?」

 同じくM4の弾倉チェックをしているリディアに「とりあえず状況を聞き出せ。危険がなければ警備室で待機させ、あれば逃がす」と即答する。

「ぶるって通報しない?」
「マルコの名で黙らせていい。他には?」

 口にはしたものの、答えは分かっていた。
 誰も口を開かず、装備のチェックも終わって身動ぎひとつしない。ほどよい緊張感は準備完了の合図だった。
 ディランが軽く頷く。

「――よし。行くぞ」

 通りに誰もいないのを確認してから、ディランの号令でチーム全員が一斉に降車した。
 移動隊形(フォーメイション)は一列縦隊。
 クレイグを先頭にサミィ、リディア、ディランと続き殿(しんがり)をマーカスが受け持つ。あくまで前方を主眼にした突撃型の隊形だ。
 野犬だろう、遠くの吠え声がよく響く。それ以外の物音は自分たちの微かな足音のみ。
 想像したとおり、この辺りのブロックはすっかり寝静まっていた。
 案の定、戸締まりされていない玄関を通って第一経過点(C.ポイント)の小部屋まですんなりと辿り着く。
 窓口たる小部屋から声を掛けてくる者は当然おらず、廊下から窓越しに確認してみるが、やはり室内に人影はなかった。
 どこにいったのかなど考えても始まらない。想定通りの展開なため、一行はそのまま本体である倉庫内へと進んでいく。
 前方に扉。窓がないため、向こう側の状況は残念ながら確認できず、ぞれでも、事前情報と照らし合わせれば、その扉が直接倉庫に繋がっているとは容易に推測できた。
 問題は、向こう側に悪意を持つ者が待ち伏せていた場合、積荷という絶好の隠蔽物が多すぎて、対処に難儀するという点だ。“地の利”を完全に取られる実に嫌なシチュエーションだが、だからといって、立ち止まるわけにもいかない。
 事前の検討では、十中八九、倉庫に敵対者はいないという見解でチームの意見は一致している。仮にいたとしても、この場面でとれる選択肢はひとつしかないので迷う必要もなかったが。
 強行突入(ダイナミック・エントリー)に備え、リディアまでの前三人が素早く位置取りを済ませる。今更再確認の必要もなく、慣れた感じで配置に着く三人の顔に気負いはない。

(いくぜ?)

 低姿勢でドアノブを握るサミィが、空いた手で握り拳をつくり、皆に見えるように掲げた。そこから三本指を立てれば、突入カウントのはじまりだ。

 3――

 2――

 馴染みのリズムで、立てた指の数をサミィは徐々に減らしていく。それをクレイグやリディアは、いちいち目線を向けることなく、視界の端に捉えるだけでカウンティングに反応する。
 これまでにどれほど突入訓練を繰り返し、実戦で磨き上げてきたことか。それでも色褪せぬ新鮮さで胸中が満たされるこの感覚。
 緊張する以上に、高揚感が肉体を熱くする瞬間だ。

 ――0!

 サミィが扉を開き、踏み込んだリディアが左、クレイグが右の射線をカバーする。その場で膝立ち姿勢をとっていたディランは真っ正面を。

 そこは三階建ての建築物がすっぽりと収まるくらいの高い天井を持つ広大な空間だった。
 普段なら夜の作業を支援すべく倉庫内を昼間のように照らす主電灯が、今は電源を落とされて、副電灯による柔らかい暖色系の明かりに誘われるように倉庫全体が静かな眠りについている。
 明かりが弱いせいもあって、大小様々な荷物が積まれ、影が生まれているところは視認できぬほど闇が濃い。おかげで死角もだいぶ多いが、幸い、何者かから銃撃されることはなかった。

 そのまま固着したように、チーム全員身動ぎもせずに、しばらく待つ。
 クレイグが感覚を研ぎ澄まして気配を探っているからだ。彼の超感覚に触れるものがなければ、“問題なし”と合図が出される。それをチーム全員が待っていた。

 クレイグの首が二度、縦に振られる。

 すぐさまカバーに入ったサミィに肩を叩かれ、クレイグが右方へ向かって前進を開始した。
 おおよその進行方向は事前に決めてあり、それを見越して全員が最適な位置取り(ポジショニング)を行っている。屋内戦闘は最も力を入れた訓練だけに、チームの行動は滑らかで本職が見ても隙はない。
 サミィの動きに連動(リンク)して、ディランがリディアと交替し、先へと進ませる。
 最後は背後を警戒していたマーカスと伴にディランとサミィも前進を始めることで、速やかに突入状況を終了させた。

「――――」

 存在あるいは位置を気取られないため、今のような状況では私語は禁じられる。特に屋内は声が響きやすいこともあるから尚更だ。それだけに移動中の緊張感は、突入とはまた違ったものがあり、決して楽ではない。
 移動によって警戒すべきポイントが変化し続けるのを、的確に把握するディラン達の銃口は、互いの死角を消し合うべく絶えず動き続ける。
 それは各人の驚くべき練度の高さによって支えられる。
 腰を落としながらも、頭を揺らすことのない歩みの安定感。
 忙しなくカバーリングをしているのにも関わらず、視線と銃口が連動し、ブレることのない射撃姿勢の精確さ。
 ひとつひとつの技術の積み上げが“優秀な個”を作りだし、そうした“個”が滑らかに連動することで部隊としての力に昇格される。
 周囲に少しでも動きがあれば、即座に部隊はひとつの生き物となって、凄まじい火力を叩きつけるだろう。

 すこぶるいい感触だ。

 チームの一部となって動く心地よさにディランは確かな感触を得る。
 実に2年ぶりのチーム行動だが、錆を感じさせない動きだ。互いの呼吸も悪くないし、今夜の二度に渡る撤退戦がよい錆落としになったような気さえする。
 油断すべきではないが、今回も襲撃されることはないはずで、それならそれで、訓練だと思えばちょうどいい。
 このまま部隊のコンディションを上げていき、絶頂期で奴らとやり合えるのならこれ以上のことはなかった。

 空調が効いているのか、土と埃の乾いた匂いが鼻につく。
 警戒すべき方向を限定させるため、チームは十分なスペースのある倉庫中央を避け、端の通路状となった隙間を奥へと進む。
 中間地点に二階へ向かう階段があり、そこを使えば当初の目標である『事務所』に辿り着く。警戒態勢で進んでいるために時間がかかったが、普通に歩けばそれほどでもない。
 ふいに、クレイグの左拳が掲げられて、チームがぴたりと立ち止まった。
 手信号(ハンドサイン)は“待て”だ。
 何らかの異常を察知したクレイグの合図に、チームの緊張感が一段と高まった。

「――?」

 クレイグがディランを振り返り、己の鼻を指さした。他の面子も戸惑うか鼻を鳴らすが、反応を示す者はいない。
 今のは特別なサインではなく、素直に「異臭」という意味に捉えていいだろう。チームの動きを止めたまま、ディランだけが前に歩を進める。

「血の臭いがする」

 尋ねるまでもなく、クレイグが何を感知したかを短く告げた。ディランには分からないが、要因が何かの想像はつく。
 目の前には2階への階段が。要因が想像通りなら、無視して階段を上るのが正解だ。わざわざ不愉快なものを見学しに行くほど暇ではないからだ。それでも“異変”があれば、事実確認して不確定要素を取り除いておくのが正道(セオリー)でもある。
 ディランは2階を一瞥しただけで、速やかに2名を指名した。

(サミィ。クレイグと偵察に出ろ)

 手信号(ハンドサイン)で命令を伝えて、他の者と待機する。
 こういう時に無線がないのは正直厳しい。使い捨ての携帯電話を準備すればよかったと思うが後の祭りだ。
 それからいかほども待つことなく、奥の方からサミィが姿を現し、手招きしてきた。

「奥で死体を見つけた。結構あるぜ」
「全滅か?」
「見ればわかる」

 素直に「イエス」と答えないサミィの意図は奥の部屋を目にして合点がいった。

「扉が開いてたんで、探ってみたらこう(・・)だった」
「こいつは――」

 マーカスが絶句するのも無理はない。
 部屋の中央に簡素なテーブルと椅子が一式あるだけで、その他にめぼしい物のない部屋にはむっとするような血臭が充満していた。
 その源となっているのが正面奥の壁に貼り付けられた死体であり、その首から先はなく、溢れた血が上質そうなスーツを濡らし、床に大量の血だまりをつくりだしていた。
 凄惨と言うべきか奇怪なと言うべきか。
 その死体がゴルゴダの丘で磔にされた某尊き偉人のごとく、腕を広げた姿になるように両掌をナイフで縫い止められ、それだけでは飽き足らず、胴や足など、全身の至る所に無数のナイフが突き立てられていた。
 床には血だまり以外にも、首無し死体に殉じるがごとく無数の死体が斃れている。

「何なんだ、これは? どいつもこいつもナイフだらけだ」

 マーカスが呆れ返るのも無理はない。すべての死体に無数のナイフが突き立っているのは勿論のこと、その数にも圧倒されていた。

「なあ。どうやったら、こんな状況が出来上がるんだ?」

 サミィの指摘に巨漢が唸る。

「んー。“ナイフ・マシンガン”みたいなもので撃ちまくれば……」
「それだったら、ナイフを百本くらい詰めた壺を破裂させれば、こんな風になるんじゃない?」
「それだ!」

 冗談の域を出ないリディアの一言に、何を気に入ったのかサミィが思わず指を鳴らす。場違いな態度に、軽蔑の視線を返されたのはいつものことだ。

「誰がやったかは決まってる。こんな馬鹿げたことをやれるのはな」

 そう指摘するディランの視線は机の上に置かれた銀の皿に向けられている。
 一見して空の皿にはナイフやフォークも添えられておらず、だが、よく見れば美しい輝きを示す皿の表面は薄く朱色のソースで汚れている。それが紛れもない“血”であると気づいたからこそ、ディランの口調に苦みが含まれる。
 おそらくエリン側が“愚かしい真似”を行い、激昂した相手が報復に出た――そう読み取れたからだ。

あれ(・・)は仕返しだったのか……」

 パーティで東洋人が行ったゲスな贈り物といい、少し過剰ともとれる悪意は、そういう背景があってのものと考えれば納得できる。いや、原因を作ったエリン達の愚行に、むしろ憤りしか感じない。あくまでも推測にすぎないが。

(どのみち、事はもう起きている)

 ディランが独り得心する中で、ふいに誰かの声が上がる。

「できたてのパンて上手いよな」
「?」

 屈み込んで死体から生えたナイフを見ていたクレイグが誰にともなく呟いていた。

「暖かいからバターの匂いが引き立つし、柔らかさも格別だ。これも“鮮度”というべきか」

 唐突に食い物の話しをはじめるクレイグに皆が互いに視線を交わし合う。彼が料理に興味を持っていることはこれまでの付き合いで分かってはいたが、だからといって、なんで唐突に?

「このナイフも“洗い立て”というよりは、むしろ“造り立て”というのが相応しい“鮮度のよさ”を感じる」
「おい、何を言って――」
「おかしいと思わないか? “鮮度がいいナイフ”って」
「……」
「分かってるさ、マーカス。馬鹿なことを言ってるってのはな。だが、これだけは間違いない――これは、あの『ピエロ』のナイフだ」

 こちらへ振り返るクレイグの視線に誰もが言葉を無くす。
 誰がやったかは察しが付いていたから驚きはしない。だが、奴らの“戦闘スタイル”があまりに異質すぎて戸惑いを隠せなかった。
 本当に、奴らは何なのか。
 “鮮度のいいナイフ”? それがどうしたというのか。
 まったく訳が分からない。
 考えも、何もかも。
 それ即ち、相手の手の内が読めない――戦闘に置き換えれば、これほど戦術的に不利な話があったろうか。命賭けの戦いだというのに。
 サミィが恐らくは当人も知らずM4を擦っているのは、西側諸国有数の個人兵器(パーソナル・ウエポン)の感触を確かめずにはおれなかったからか。あるいはそれにさえ、不安を抱いてしまったからなのか。

「ポールソン? 肩書きは『専務』か」

 気づけば、いつの間にか磔死体を調べていたリディアが、スーツから見つけた財布で情報を探り出していた。こういう時の立ち直りというか気持ちの切り替えは、女性の方が強いものらしい。

「――こっちのスマホなら、持って行ってもいいわよね?」

 後のことを考えれば下手に触れるべきではないものの、最低限、戦闘用に黒革手袋をしているので指紋等を残す心配はない。
 エリンとの連絡を考えて、スマホは失敬しておくことにする。

「奴らとここで専務が会い、交渉決裂で殺されたようね」
「エリンは別行動で命拾いしたわけだ。で、最悪の結果を知って俺に電話を寄越した」

 リディアの推論にディランが後を継ぐ。

「こうして処理(・・)もしてないところをみると、よほど怯えてるみたいね。今頃は部下を全員集めてどこかに引き籠もってるんじゃない?」
「判断を仰ぎたくても、あっち(・・・)はあっちで大騒ぎだしな」

 最後は話に割り込んできたサミィが締める。

「これで何が起きたかははっきりした」

 これ以上、得るものはないと見切りを付けたディランが宣言した。

「相手が奴らなら、もうここの安全確保に時間を割く必要はない。血の固まり具合からみて、奴らが先回りして起こした現場とは思えんからな。――すぐに二班に分かれて、奴らを迎え撃つ準備を始めるぞ」
「了解っ」

 すでに相応の時間をかけている。
 事前に立てた計画に従い、ディラン達は即座に次の行動を開始した。
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登場人物紹介

ディラン・ウェイアード。黒髪黒目。マルコファミリーのNo.2。【役目】警備主任(ボス専属護衛者だが、攻撃部隊の指揮もとる)。LAでの通り名は『隻腕』『戦鬼』

『彫刻師』。マルコの誕生日会を襲った怪人のひとり。『邪淫の銀縛』なる鎖を全身に纏い、銃弾すら跳ね返す絶対防御を誇る。

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