【幕間2】 船霊祭 -別れの挨拶-
文字数 1,767文字
「そう……ですか。なら、私も同じだわ」
ディアナは一層深く息をついてから、唇の両端を軽く上げてシャインへ微笑してみせた。
「えっ」
「私の恋も、一方的な片思い」
ディアナのその言葉をきいて、シャインは再び口元を結び、胸の中に重苦しい思いがじわりと広がっていくのを感じていた。
「本当に申し訳ありません、ディアナ様。でも……俺は……」
「どうか謝らないで、シャイン様」
胸の前でシャインのマントの端を合わせながら、ディアナがゆっくりと首を振る。シャインの行為を咎めるように。
「海と船に恋していると言われた時のあなたの顔。とてもうれしそうでした。本当に愛していらっしゃるとわかったから、私、今はこの世界すべての海を、干上がらせてしまいたいと思ってますわ。でも、そんなことはできないから……」
ディアナは恐る恐るシャインを見上げた。
けれどそのすみれ色の双眸には、暖かな光が満ちている。
「このアスラトルの土地で、あなたの航海の無事を祈っています。そして、もし、あなたさえよろしかったら……これからも友人として、私にも海や異国のお話を、聞かせて下さいませんか?」
シャインは深くうなずいた。
ディアナがシャインの為に、自分の気持ちを抑えて話していることを察しながら。
「はい、喜んで。……次の航海が終わったら、少し長い休暇を取れそうなんです。貴女のご都合がよかったら、またロワールハイネス号に乗ってみませんか。任務ではないので、今度はゆっくりと話す時間もできると思います」
ディアナは一瞬両目を見開き、まじまじとシャインの顔を見つめた。
そしてマントの端を握りしめる手に力を込めてうつむいた。
「……ええ。それはとても、うれしいですわ」
ディアナの声が少し震えている。もしかして、泣いているのだろうか。
シャインは自分の無神経さに気付き、己自身に腹立たしさを覚えた。
彼女の気持ちに応えられないくせに、今の言葉は、余計その心を傷つけてしまっただけではないのか。
シャインはうつむいたままのディアナを見つめながら、どう声をかけようかしばし悩んだ。けれど何か言えば言うほど、虚しさが募ってくるような気がする。言い訳になってしまうような気がする。
「シャイン様」
「あ、はい」
シャインが我に返るとディアナは再び顔を上げていた。
背筋をすっと伸ばし、ゆるぎない瞳でシャインを見つめている。
公爵令嬢としての気品に満ちた高貴な女性がそこにいた。
「夜も更けてきたので、私……そろそろ屋敷へ戻ります」
「ならば通用門までお送りします」
だがディアナは首を横に振った。
「大丈夫です。供の者を控えの間で待たせているので、一人で行きますわ。でも……」
ディアナはそっと手袋をはめた右手で、シャインが肩に羽織らせたマントの端を握りしめ、その柔らかな手触りを確かめるように左手で肩を撫でた。
「風が少し冷たくて……このマントをお借りしてもいいでしょうか」
シャインは青緑の瞳を細めうなずいた。
ディアナは一人にして欲しいのだ。無理もないことだが。
「今宵はいつもより冷たいですね。お風邪を召したら大変です。どうぞお使い下さい」
「ありがとうございます」
ディアナはゆっくりとシャインに向かって頭を垂れた。
「シャイン様。今夜はいろいろとご迷惑をお掛けして、本当にごめんなさい」
「いえ、俺の方こそ失礼なことばかり申し上げました。どうかお許しを」
今のシャインには許しを乞う言葉しか言えなかった。
「それでは、私はこれで……」
ディアナは一瞬ためらいがちに目を伏せた後、袂を押さえていた右手をシャインへ伸ばした。
別れの挨拶。
シャインはそれを自らの手に受け、身を屈めてディアナの手の甲に軽く唇を寄せた。
「月明かりがありますが、足元にはお気をつけて」
ディアナの手を離し顔を上げると、彼女が小さくうなずいた。
月明かりが逆光となって射したため、その白い顔には影が落ちていたが、
まるで葉の上に浮かぶ夜露のような雫が、銀の睫からひと粒こぼれるのが見えた。
見てしまった。
「……!」
だがディアナはすでに、シャインに背を向けて歩き出していた。自らの思いを振り切るように。
噴水の前を通り過ぎ、青白いエルシャンローズの花を這わせたアーチ状の門をくぐりぬけ、その姿は庭園の木々の影に見えなくなっていった。
ディアナは一層深く息をついてから、唇の両端を軽く上げてシャインへ微笑してみせた。
「えっ」
「私の恋も、一方的な片思い」
ディアナのその言葉をきいて、シャインは再び口元を結び、胸の中に重苦しい思いがじわりと広がっていくのを感じていた。
「本当に申し訳ありません、ディアナ様。でも……俺は……」
「どうか謝らないで、シャイン様」
胸の前でシャインのマントの端を合わせながら、ディアナがゆっくりと首を振る。シャインの行為を咎めるように。
「海と船に恋していると言われた時のあなたの顔。とてもうれしそうでした。本当に愛していらっしゃるとわかったから、私、今はこの世界すべての海を、干上がらせてしまいたいと思ってますわ。でも、そんなことはできないから……」
ディアナは恐る恐るシャインを見上げた。
けれどそのすみれ色の双眸には、暖かな光が満ちている。
「このアスラトルの土地で、あなたの航海の無事を祈っています。そして、もし、あなたさえよろしかったら……これからも友人として、私にも海や異国のお話を、聞かせて下さいませんか?」
シャインは深くうなずいた。
ディアナがシャインの為に、自分の気持ちを抑えて話していることを察しながら。
「はい、喜んで。……次の航海が終わったら、少し長い休暇を取れそうなんです。貴女のご都合がよかったら、またロワールハイネス号に乗ってみませんか。任務ではないので、今度はゆっくりと話す時間もできると思います」
ディアナは一瞬両目を見開き、まじまじとシャインの顔を見つめた。
そしてマントの端を握りしめる手に力を込めてうつむいた。
「……ええ。それはとても、うれしいですわ」
ディアナの声が少し震えている。もしかして、泣いているのだろうか。
シャインは自分の無神経さに気付き、己自身に腹立たしさを覚えた。
彼女の気持ちに応えられないくせに、今の言葉は、余計その心を傷つけてしまっただけではないのか。
シャインはうつむいたままのディアナを見つめながら、どう声をかけようかしばし悩んだ。けれど何か言えば言うほど、虚しさが募ってくるような気がする。言い訳になってしまうような気がする。
「シャイン様」
「あ、はい」
シャインが我に返るとディアナは再び顔を上げていた。
背筋をすっと伸ばし、ゆるぎない瞳でシャインを見つめている。
公爵令嬢としての気品に満ちた高貴な女性がそこにいた。
「夜も更けてきたので、私……そろそろ屋敷へ戻ります」
「ならば通用門までお送りします」
だがディアナは首を横に振った。
「大丈夫です。供の者を控えの間で待たせているので、一人で行きますわ。でも……」
ディアナはそっと手袋をはめた右手で、シャインが肩に羽織らせたマントの端を握りしめ、その柔らかな手触りを確かめるように左手で肩を撫でた。
「風が少し冷たくて……このマントをお借りしてもいいでしょうか」
シャインは青緑の瞳を細めうなずいた。
ディアナは一人にして欲しいのだ。無理もないことだが。
「今宵はいつもより冷たいですね。お風邪を召したら大変です。どうぞお使い下さい」
「ありがとうございます」
ディアナはゆっくりとシャインに向かって頭を垂れた。
「シャイン様。今夜はいろいろとご迷惑をお掛けして、本当にごめんなさい」
「いえ、俺の方こそ失礼なことばかり申し上げました。どうかお許しを」
今のシャインには許しを乞う言葉しか言えなかった。
「それでは、私はこれで……」
ディアナは一瞬ためらいがちに目を伏せた後、袂を押さえていた右手をシャインへ伸ばした。
別れの挨拶。
シャインはそれを自らの手に受け、身を屈めてディアナの手の甲に軽く唇を寄せた。
「月明かりがありますが、足元にはお気をつけて」
ディアナの手を離し顔を上げると、彼女が小さくうなずいた。
月明かりが逆光となって射したため、その白い顔には影が落ちていたが、
まるで葉の上に浮かぶ夜露のような雫が、銀の睫からひと粒こぼれるのが見えた。
見てしまった。
「……!」
だがディアナはすでに、シャインに背を向けて歩き出していた。自らの思いを振り切るように。
噴水の前を通り過ぎ、青白いエルシャンローズの花を這わせたアーチ状の門をくぐりぬけ、その姿は庭園の木々の影に見えなくなっていった。