その３ モアイの悲哀
文字数 1,961文字
はー。ひまだわー。こんなひまで大丈夫かこの店。てか大丈夫かこの遊園地。たぶんヤバいな。だってとしまえんが閉園したよ？ ニュースでやってた。ここもいくら県内の数少ない遊び場だつっても、もともとしょぼすぎだし、ジェットコースターかすべり台かわかんねえって。にせもののモアイ像とか飾ってあるけど、イースター島のあれのレプリカ、でも微妙にちっさくて意味わかんないし。あーあ。この売店のバイトもそろそろクビかもしんないな。次探すか。だりいなー、マジいろんな意味で。
モアイってあれ、何見てるんだったかな、ぼーっと。海？ 太陽？
「らっしゃいませ」
猛暑のせいで植え込みとか茶色く枯れちゃってて、よけい悲しい感じ。だいたいおれの今年って何。春授業なくて夏休み短くて意味わからん。あのバカ姉と同じ高校になっちまっただけでナイトメアなのに、ってべつに落ちたわけじゃないからね、熱出して第一志望の受験に行けなかっただけだから、失敗じゃないから、失敗じゃ。あれインフルだよな。まさかコロナだったりして。抗体できてるかな。
どうでもいいけどあの二人どうなってるの、美羽姉ちゃんと陸兄ちゃん？ もう、さっさとくっついてくれ。アイス食ってラリラリしてる場合じゃねえぞ姉ちゃん、本当うらやましい性格な。おれ陸兄ちゃん大好きだし、姉ちゃんを頼めたら、おれも安心して家出れるんだよ。おれは姉ちゃんみたいな行き当たりばったりのノープラン人間とは違うから。最終目標は東京じゃないの。海外。夢はワイン作り！ 農学部出て酒のメーカーに就職して、会社の金でヨーロッパかオーストラリアか南米に送ってもらう、うちに留学できる軍資金なんてないから。どうよ、おれの完璧な将来計画？ バカ姉がいつ何をやらかすかわからないから、おれだけはしっかりしとかないとね。
あ、客だ。
「らっしゃい……ま、せ」
えっ。嘘だろ。
「コーラひとつ、ください」
おれが絶句してるんで、彼女はうつむいていた顔を上げて、不思議そうな目を見せた。やっぱりそうだよな。だよな。心臓がばくばくする。間違いないよな。マスクしてるけど、……マコトちゃん？
「あの、コーラ、」
「先生ですよね？」
「はい？？」
「広沢先生、ですよね？」
「えっ、……えっ？」
「あの、」おれがマスクを外してみた。「覚えてませんか？」
「あっ、……」
何、その間。
その間が怖すぎて、自分から言った。「柏木です。柏木健。二組の」
「うん、うん、柏木くん。やだ、びっくりした！」マスク外してくれた。やっぱりマコトちゃんだ。化粧してない顔初めて。しなくていいけど。口紅いらない。
「バイト？」
「はい」
広沢真琴、おれの中学のときの担任。新卒で、美貌を裏切るぶっちゃけた性格で、おれら中二に人気沸騰してた。担当は国語。
「この助詞『や』の意味わかる人、誰か？ 当てちゃうよ？ えーと今日は十五日だから、ぜんぜん関係なく柏木くん」
「はあ？！」
かわいがってくれた、んだと思ってた。違ったの？ 何、さっきの間。覚えてなかったよね、おれのこと。先生。おれ、先生の授業楽しみだったんですよ。癒されてたんですよ。内容よくわかんないときも、声で。「ふるさとは、遠きにありて思うもの」ああなんか落ちつくわーって思ってたんですよ。いつも。
「コーラ、ひとつですね」
「うん、あ、あの、あと、アイスティーひとつ」
何それ、挙動不審すぎ。連れ、いるの？ どこに。外かな。男？ 男だな。当然だよな、だって大人だしこんだけ美人だし。てか、地元でデートすんなよ、大人なら。こんなしょぼいとこ来んなよ。どっか行けよ。マコトちゃん。
「高校、どう？ 楽しい？」
「楽しくないです」
ヤバい、マコトちゃん固まってる。バカだおれ、つい。気持ちが。何か言わないと。「まあ、いろいろ。コロナで」
「そう、そうよね。大変だよね」
「まあ……、はい」
「がんばってね」
何を？
そそくさってこういうことだなって感じでマコトちゃんは出ていった。片手にコーラ、片手にアイスティー持って。だから誰。誰待たせてるの。
この店、マジでひまでよかった。あとマスクしててよかった。おれ、何。何泣いてるの。ちょっと。涙止まらないんですけど。なんで。ヤバくね？ 25なんてババアじゃん？ でもね、いまね、思い知ったわけですよ。おれ、ただのモアイでした。並んでぼーっと同じ方向見つめてる群れの一人、見分けつかなくて当然だよね、太陽から見たら。あいつもモアイこいつもモアイおれもモアイ。しょうがないじゃん、くやしいけど。そう、おれ、くやしいだけだから。これ失恋じゃないから！ 失恋じゃ……
いま入ってきたお客さん、たぶん驚いてる、この店無人？って。すみません、１分待っててください。モアイ、ちょっと、レジカウンターの下で撃沈してます。
モアイってあれ、何見てるんだったかな、ぼーっと。海？ 太陽？
「らっしゃいませ」
猛暑のせいで植え込みとか茶色く枯れちゃってて、よけい悲しい感じ。だいたいおれの今年って何。春授業なくて夏休み短くて意味わからん。あのバカ姉と同じ高校になっちまっただけでナイトメアなのに、ってべつに落ちたわけじゃないからね、熱出して第一志望の受験に行けなかっただけだから、失敗じゃないから、失敗じゃ。あれインフルだよな。まさかコロナだったりして。抗体できてるかな。
どうでもいいけどあの二人どうなってるの、美羽姉ちゃんと陸兄ちゃん？ もう、さっさとくっついてくれ。アイス食ってラリラリしてる場合じゃねえぞ姉ちゃん、本当うらやましい性格な。おれ陸兄ちゃん大好きだし、姉ちゃんを頼めたら、おれも安心して家出れるんだよ。おれは姉ちゃんみたいな行き当たりばったりのノープラン人間とは違うから。最終目標は東京じゃないの。海外。夢はワイン作り！ 農学部出て酒のメーカーに就職して、会社の金でヨーロッパかオーストラリアか南米に送ってもらう、うちに留学できる軍資金なんてないから。どうよ、おれの完璧な将来計画？ バカ姉がいつ何をやらかすかわからないから、おれだけはしっかりしとかないとね。
あ、客だ。
「らっしゃい……ま、せ」
えっ。嘘だろ。
「コーラひとつ、ください」
おれが絶句してるんで、彼女はうつむいていた顔を上げて、不思議そうな目を見せた。やっぱりそうだよな。だよな。心臓がばくばくする。間違いないよな。マスクしてるけど、……マコトちゃん？
「あの、コーラ、」
「先生ですよね？」
「はい？？」
「広沢先生、ですよね？」
「えっ、……えっ？」
「あの、」おれがマスクを外してみた。「覚えてませんか？」
「あっ、……」
何、その間。
その間が怖すぎて、自分から言った。「柏木です。柏木健。二組の」
「うん、うん、柏木くん。やだ、びっくりした！」マスク外してくれた。やっぱりマコトちゃんだ。化粧してない顔初めて。しなくていいけど。口紅いらない。
「バイト？」
「はい」
広沢真琴、おれの中学のときの担任。新卒で、美貌を裏切るぶっちゃけた性格で、おれら中二に人気沸騰してた。担当は国語。
「この助詞『や』の意味わかる人、誰か？ 当てちゃうよ？ えーと今日は十五日だから、ぜんぜん関係なく柏木くん」
「はあ？！」
かわいがってくれた、んだと思ってた。違ったの？ 何、さっきの間。覚えてなかったよね、おれのこと。先生。おれ、先生の授業楽しみだったんですよ。癒されてたんですよ。内容よくわかんないときも、声で。「ふるさとは、遠きにありて思うもの」ああなんか落ちつくわーって思ってたんですよ。いつも。
「コーラ、ひとつですね」
「うん、あ、あの、あと、アイスティーひとつ」
何それ、挙動不審すぎ。連れ、いるの？ どこに。外かな。男？ 男だな。当然だよな、だって大人だしこんだけ美人だし。てか、地元でデートすんなよ、大人なら。こんなしょぼいとこ来んなよ。どっか行けよ。マコトちゃん。
「高校、どう？ 楽しい？」
「楽しくないです」
ヤバい、マコトちゃん固まってる。バカだおれ、つい。気持ちが。何か言わないと。「まあ、いろいろ。コロナで」
「そう、そうよね。大変だよね」
「まあ……、はい」
「がんばってね」
何を？
そそくさってこういうことだなって感じでマコトちゃんは出ていった。片手にコーラ、片手にアイスティー持って。だから誰。誰待たせてるの。
この店、マジでひまでよかった。あとマスクしててよかった。おれ、何。何泣いてるの。ちょっと。涙止まらないんですけど。なんで。ヤバくね？ 25なんてババアじゃん？ でもね、いまね、思い知ったわけですよ。おれ、ただのモアイでした。並んでぼーっと同じ方向見つめてる群れの一人、見分けつかなくて当然だよね、太陽から見たら。あいつもモアイこいつもモアイおれもモアイ。しょうがないじゃん、くやしいけど。そう、おれ、くやしいだけだから。これ失恋じゃないから！ 失恋じゃ……
いま入ってきたお客さん、たぶん驚いてる、この店無人？って。すみません、１分待っててください。モアイ、ちょっと、レジカウンターの下で撃沈してます。
