第2話

文字数 1,357文字

 静江と思しきアカウントが書いた小説の内容は、私を驚かせた。

 主人公の女性は大学生で、文芸サークルに所属している。男女二人ずつの四人組でいつも行動をともにしているが、主人公はそのうちの一人の男性に好意を寄せている。しかし、もう一人の女性が、いつも邪魔だてをしてくる。

 最悪なのは、文芸サークルで同人誌を作るくだりだ。
 主人公が、提出すべき原稿が進まず書きあぐねていると、見かねた意中の男性が色々なアドバイスをしてくれる。それをきっかけに、小説の話題などで距離を縮めようとする主人公だったが、いつも行動を共にしている四人組の中の女性が「無理そうなら、また次回にしたら? 彼も自分の分の作品提出があるのだし」と言い放ち、そうして彼女は、主人公の意中の彼と挿絵の有無やフォントについての相談を始めるのだ。
 さらに、その女性は主人公の意中の男性と二人だけで連絡を取り合ったり、出掛けたり、そのやりとりと主人国に自慢げに話したりするようになり、最後には……。

 これは何? これ……私のこと? 静江は貴斉のことを好きだったの? 私を邪魔だと思っていたの? こんな悪意のある書き方って……これじゃまるで、「自分から彼を奪った」と言っているようなものじゃない。私は、静江から恨まれていたの? 

 鳥肌が立った。エアコンのせいではない。

 いつの間にか、背後に友則が立っていた。その表情から私は全てを察した。

「あなた……この小説のことを知っていたのね? 知っていて、わざと……」
「心当たりがあるんだね? やっぱり」
「心当たりって……こんな、こんな書き方……」
「彼女の気持ちに全く気付かなかったっていうのかい?」
「だって……静江は何も言わなかったもの!」

 そうだ。何も言わなかった。
 いや、思い返してみれば――彼女が彼を見つめているのに気づいたことはなかったか。四人で話していても、いつもはあまり積極的に声を上げない彼女が、貴斉が何か言った時だけ、強く同意する姿に気づかなかったか。そんな彼女のことを



「本当に知らなかったのか」と詰め寄る友則に私は言った。

「あなたこそ……こんなやり方で……知らないふりをして、私にわざとこれを読ませたのね。自分は知らないふりをして」
「君は知っておくべきだと思ってね」
「それで……どうしろと? 私が悪いの? 私は幸せになるな、っていうこと?」
「どうするべきかは君自身が決めることだろう」

 そう言い捨てて、友則はラップトップをバッグにしまい込み、店を出て行った。私はひとり、冷房の効いた店に取り残された。アイスコーヒーのグラスの中で、氷がカランと音を立てて揺れた。

 その音を聞きながら、私は友則がなぜこんなことをしたのか考えていた。いつも静江を気にかけていた彼が、こんなことをした理由を。

 きっと、彼も恋をしていたのだ。彼だけでなく、彼女も私も、結局は恋をしていた。それだけなのだ。

 別に私は悪くない。

 ただ、彼女が気の毒な亡くなり方をしたのに対して私が恵まれた結果を得たという、それだけのこと。何も(やま)しいことはない。ただ、彼女は若くして命を落とし、私は貴斉(たかひと)と婚約して幸せになった――それだけのこと。

 けれども――氷が溶けて薄くなったコーヒーは、ことのほか苦く感じた。

(了)
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