一度やってみたかったんですよ、『動機の発表会』

文字数 2,371文字

「その男よ!」
「!」

 突然ロビーに現れた女性の鋭い叫び声と共に、その場にいた全員が一斉に彼女の指差す方向に視線を向けた。その先にいたのは、確か『平等院鳳凰堂』と名乗る、明らかに偽名の若い男であった。

「その男が、いきなり私を呼び出して崖から突き落としたの!」
「なんだって!?」
「『事件が起きないから』とか、訳わかんないこと言い始めて……」
「そんなバカな!?」

 旅館のロビーが、蜂の巣を突いたような騒ぎになった。つい先ほどまで死んだと思われていた被害者の女性が、いきなり目の前に現れたのだから当然かもしれない。しかも、彼女が犯人として指名したその男は、先ほどまで得意げに皆の前で推理を披露していた『探偵役』張本人だったからである。

 都会からやってきたという自称・名探偵の平等院鳳凰堂は、被害者の登場にも飄々とした態度を崩さぬまま何処か余裕の表情を浮かべていた。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレのTシャツに破けたジーンズという、見た目も明らかに安っぽくて怪しさ満点だ。


「おい、どうなんだ!?」

 宿泊客の一人が、ぼんやりとした探偵の態度に痺れを切らして距離を詰めた。今まで散々上から目線で人のことを『容疑者』だの『怪しい』だの騙っていたのだから、当然の報いである。

「早苗さんは、お前に突き落とされたと証言しているぞ。じゃあこの三日間の殺人事件は、お前の自作自演ってことじゃないか」
「皆さん、勘違いしておられる……」
「何?」
「少し私からも、お話させてください」

 全員に嫌疑の目を向けられ、囲まれた平等院。彼はまるで舞台の上に立っているかのような仕草で大げさに両手を広げて見せた。被害者に名指しで指名されておいて、此の期に及んで一体どんな言い分があるというのだろう。平等院の動きに、皆が注目した。彼は壁際の照明スイッチのところまで歩いて行くと、煌々と輝いていた蛍光灯の灯りをオレンジ色にまで落とした。それから破けたポケットから、徐に”スマートフォン”を取り出す。

「携帯電話……?」
「今更一体何を……」
「ミュージック、スタート!」

 場に削ぐわない明るすぎる声で、平等院が掛け声を上げた。すると、平等院の掌の中から何処かで耳にしたことがあるような、ゆったりとした悲しげな音楽が流れ始めた。

「おい、何のつもりだ?」
「一度やってみたかったんですよ、『動機の発表会』。追い詰められた犯人の、一番の見せ場じゃないですか」
「じゃあ、認めるんだな? 自分がやったって。言い逃れなんて出来ないぞ」
「言い逃れだなんて……私は皆さんに言いたい!」

 薄明かりに照らされながら、『観客』の中央で平等院はやたら大げさに天を仰いだ。

「私は何も初めから、犯人として上手くいっていたわけではないんですよ!」
「はあ?」
「最初は失敗の連続でした……。若い頃、推理小説に出てくるような、立派な名犯人になろうと上京して必死に努力しました。密室トリック、心理トリック、一人二役、アリバイトリック……。ありとあらゆるトリックを試しましたが、でも現実にはそんな簡単にトリックなんて成立する訳もなく……」
「当たり前だろ。現実と小説をごっちゃにするんじゃない」

 彼の掌の中のBGMが、さらにその曲調を暗く深く変化させていった。

「雪が降り積もるベランダに、五時間立ちっぱなしの時もありました。次の日は鼻水が止まらなかったァ……。一人二役に徹するため、わざと心にもないことを言って『ひょうきん』に振舞ったり。部屋でその姿を妹に見られて、散々バカにされた挙句動画サイトに晒されたこともあります」
「苦労しているのね……」
 平等院の物憂げな顔を見て、被害者の早苗さんがポツリと言葉を漏らした。

「数年前まではね、殺そうとした相手にまで『ちゃんとやれよ』って怒鳴られる始末で。中には優しい被害者もいて、僕を見かねて『もっとこうしたらどうかな?』って、親身に付き合ってくれた人もいます。駅前のファミレスで、朝方までトリックを語り合って……今日この場この時に私が犯人として立って居られるのも、そういった方々の支えのおかげなんです」

 いつの間にか、平等院は頬に一筋の涙を流していた。全員が一歩後ずさった。

「初めてトリックが上手くいった時はね、そりゃあとても嬉しかったですよ。みんなびっくりしちゃって、記念撮影まで始めちゃった」
「そりゃ単に警察の仕事だろ、現場の写真撮るのは」
「私は未だにアレが忘れられなくてね……それで、こんな手間のかかる厄介事を、続けられているようなもんです」
「なるほど……」


 不意に音楽が止んだ。何故かやりきった感満載の顔をしている平等院を、宿泊客達が取り囲んだ。


「他に、言いたいことは?」
「ええ。初めは無駄が多かったトリックも、失敗を重ねるうちに洗練されていきました。複雑だった作業も、よりシンプルに……それで、崖から突き落とすのが手っ取り早いな、って」
「フゥム……確かに手っ取り早そうだ」
「動機もね、最初は拘っていたんですよ。サイコパスが只管快楽のためにやったとか、不倫とか三角関係の末の、情愛の縺れとか。で、『人が人を殺す理由って何だろう』って深く考えた時に……」
「何だったんだ?」
「私は、自分が探偵だってことを思い出したんです。だから、『事件が起きないから』。これが一番、分かりやすいかなって」
「よし、それで行こう」
「いいね!」
「え??」

 宿泊客が、ぼんやりとした探偵の態度に痺れを切らして距離を詰めた。今まで散々上から目線で人のことを『容疑者』だの『怪しい』だの騙っていたのだから、そう、これは当然の報いである。
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