第1話

文字数 6,987文字

アイコンの「さやかちゃん」が、緩やかなウエーブのかかった黒髪のイラストで、今日も私に笑いかける。
私は、先週「さやかちゃん」のSNSページを見つけた。あの時は、イラストのアイコンをタップするのに、しばらく戸惑った。この先に進むことが、ページを開けるのが怖かった。ところが、今の私は気がつくと「さやかちゃん」を探している。目覚めたとき、一人での食事中、バスルームで、ぼんやりしているとき。そんな時も、私はスマートフォンをタップして、何度も見飽きたはずの写真を拡大する。週末のブランチ、お気に入りのポーチ、プレゼントされたバック。「さやかちゃん」のSNSを見つけて13日。画面越しに、「さやかちゃん」を見けることが、私の日常の一部となっていた。
何歳なのだろうか。綺麗なのかな。何度チェックしても、自撮りや写り込みの画像は見当たらない。些細なことでもいい。私は、「さやかちゃん」のかけらを探し続けた。
       *
「この度は誠にご愁傷さまです・・・」
  
ほんの数時間のうちに、このフレーズをどれほど浴びたことだろう。
言葉を受ける度に、ハンカチを握り締め、私は小さく頭を下げる。柔らかなレースで縁取られた、その感触を確認するように。
 そう、私の夫はこの世からいなくなった。交通事故だった。車屋が、自らの運転で死ぬなんて。破壊を免れたドライブレコーダーには、小さな動物が車前方を横切った画像が残されていた。ハンドル操作を誤ったのであろう、事件性は極めて少ない、と2日前に警察から説明を受けた。
夫は昨年に義父の中古車販売会社を引き継いだ。息子に社長を譲り、会長となった義父の最初の仕事は、息子の葬儀となった。その想いをおもてに出さず、淡々と指揮をとる姿に、参列者は同情の目を隠さなかった。
義母は、普段から会社関係者、親戚への気遣いを忘れない人だ。身のこなしや肌艶は、時には、60代前半にも見られる。義母もまた、ひとり息子の早すぎる旅立ちに涙をこぼしながらも気丈に振る舞っていた。「瑠璃子さん、尾山台の桜井叔父様よ」義母が、色味の失せた唇を私に寄せ、小声で挨拶を促す。義母の顔つきは、参列者に向ける柔らかなそれとは一変した。振り向いた義母の口元は、左端が不自然に引きつっていた。私は、義母に言われるがまま、ただ、喪服で頭を下げるだった。
「皆様、間も無くご出棺でございます」葬儀社の女性が、スッと参列者の横に立ち、一礼をした。女性の白い手袋が、皆の黒い服をより際立たせていた。「こちらにお進みくださいませ」
長い廊下のつきあたり、いくつか並んでいる大きな扉の一つが開けられた。その部屋の床と側面は、薄いグレーの人工大理石で囲まれていた。奥の大きな扉の炉が、全て現実なのだと、私に知らしめる。残された者達のすすり泣きが、無機質な空間では行き場を失い、それはこの空間をより哀しいものにした。重い音をたて、扉が閉まる。夫は私の目の前から、鉄の扉に向こうに行ってしまったのだ。
葬儀社の誘導で、私達は力なく廊下を歩き出した。大きなガラス越しに、シマトネリコの樹が見える。大好きなこの明るい葉色でさえ、今の私には眩しい。葉もまだ緑にもなり切っておらず、若々しささえ感じる。夫のオフィスを建て替える時、この樹をシンボルツリーに、と勧めたことをふと思い出した。あの日から2度目の夏はまだやってこない。
木々は、生きるために夏の初めの日差しを浴びている。午後の日差しはいつの間にか強くなり、この数日間、ほぼ寝ていない私は目を細めた。

流行語大賞に「小泉劇場」が選ばれ、人口が減少し始めたと報道された年末、私は、6歳年上の夫と結婚した。婚活パーティーで出逢って半年、私は30歳目前だった。  
どこか懐かしさを感じる夫の笑顔から、穏やかな日々が想像できた。
当時の私は、化粧品会社のマネージャーとして、多忙な日々を送っていた。やりがいとポジションには満足していたが、私の身体は限界を感じていた。結婚したら、好きな料理を楽しみたい。私は結婚を機に退職した。
私達は、白河園、夫の育った街で生活を始めた。都心からも近い住宅街で、私鉄駅から四方に碁盤の目のように家が並んでいる。中が窺えない高い塀に囲まれた家や、白い洋館、斬新な打ちっぱなしのビルなど、引っ越した当初は、驚いたものだ。
この街のシンボルともいえる白河学園は、男女共学の一貫校だ。広大なキャンパス内で幼稚園から大学までを過ごす。自由でのんびりとした校風らしく、夫の母校だ。
夫の実家では、義理妹・香織の娘が、幼稚園から帰ると、リビングのスタンウェイで、バイエルを弾いていた。休日には、夫と連弾をすることもあった。「星に願いを」などを、ごく自然に、楽しげに。人は、苦労をして手に入れたものを自慢するのだろう。夫の自慢話を聞いたことがなかった。幼少からの友人も、初めて触れたキーボードは、リビングのスタンウェイなのかもしれない。
私が幼稚園生の時、ピンクレディの自転車をねだったことがあった。ピンクレディグッズは、当時の子供に大人気だったが、すぐさま買い与えるには高価な品だ。自転車はまだ早い、という母親に、泣いて駄々をこねた記憶がある。私は、何ヶ月も執拗に訴え続けた。根負けした両親に、2年分のクリスマスプレゼントとしてやっと買ってもらえたときは、文字どおり、飛び上がって喜んだものだ。――仲良しのマコちゃんに見せに行こうっと。私は、大きな補助輪を付け、一番端の棟まで懸命に自転車を漕いだ。団地の広場にピカピカの自転車で現れた私は、マコちゃんや、ひろみちゃんの羨望の的だ。「瑠璃ちゃんいいなー」私は得意になって、日が暮れるまで広場を何度もぐるぐると回った。地方のごく普通の家庭で育った私が、夫の家族に受け入れてもらえるだろうか。
初対面での義母の優しい笑顔は、私を安心させた。「家族でお祝いしましょう。ささやかなお食事会だから気楽にいらしてね」義母は歌うように優しい声で私に微笑んだ。
「ささやかなお食事会」当日、12人がけのダイニングテーブルには、季節の料理が並べられていた。鴨と苺のテリーヌから始まり、りんごと人参のサラダ、カブとタイの昆布締めは、よく冷えた白ワインにピッタリだった。すすめられるままに数種類の料理を味わい、牛ロースのソテーが並んだ頃は、ウエスト周りが苦しくなったほどだ。デザートはパイ生地から作ったという、アップルパイ。程よいシナモンの香りが絶妙で、有名店のアップルパイと言われても納得する味だった。仕事関係のホームパーティーでは、専任のシェフが調理をするという。 
「瑠璃子さんを迎えるお祝いでしょ、今日は私と香織の合作なのよ。家庭料理だから、出来栄えは大目にみてね」義母は私にハーブティーをすすめ、ボルドー色で縁取った口角をきゅっとあげて微笑む。
次のホームパーティーからは、義母のお手伝いを頼まれるかもしれない。趣味・料理、と、婚活パーティーの自己紹介に書いていてよかった。私は、にっこりと微笑み返した。
私達は、白河園駅を挟んで夫の実家と反対側のマンションを購入した。自宅から駅前まではゆっくり歩いて20分。病院や、老舗の和食店、路地裏の近道を見つけたりして、退屈しなかった。広い歩道は歩きやすく、バランスよく植えられたお庭の花が季節を教えてくれた。傘をさしての買い物も、濡れた緑の匂いを楽しんだ。
週末には夫と一緒に散歩をした。犬を連れて散歩をしている人々も多い。トイプードルや、チワワ、初めて見る金色の毛並みをした長い足の犬。
「あ、サルーキーだ。古代エジプトの王家で飼育していたらしいよ」「プードルに似ているけど、あの犬はビションフリーゼだよ。大型の犬種とマルチーズの掛け合わせだったかな。ほら、カットが個性的だろう」
私が珍しい犬を見かける度に尋ねると、夫はどんな犬についても教えてくれた。犬についてだけではなく、目にした住宅の外壁の種類や、リビングチェアに使われている素材、西洋の新しい野菜の調理法など。ひけらかすわけでもなく、私に教えてくれた。私が知る夫は、なんでも知っている、間違えない人、だった。
「トイプードルを飼いたいわ」トイプードルを連れて、住宅街を歩く自分を想像した。今よりもっと、この街に馴染んで見えるに違いない。
「ほら見て。あのような濃い茶色のプードルも可愛いわね」「飼う前から、プードルくんに夢中だね」夫は、犬を見るたびにはしゃぐ私をからかった。
ふたりで歩いていると、夫はよく声をかけられた。「あら、お久しぶりね。香織ちゃんはお元気?」声をかけてくる人の多くは、夫の同級生の父兄だ。「うちの息子は、ニューヨークに住んでるよ。もう2年になるかな」「一学年上の大沢君、覚えてるかしら。彼、お父さんの会社を継がれたそうよ」
住宅街の歩道で、同級生の近況報告になることもあった。話にあがる勤務先は、私でも知っている有名企業だ。退社している私は、会社名を伝えなくて良いことにほっとしていた。
夫の知人に会う度、私は丁寧な挨拶を返し、自己紹介をした。同級生の母は、まあ、と驚いた後に大きく頷きながら、「こんなに素敵なお嫁さんがいらして、お父様もご安心なさってるでしょう」決まっているかのように、誰もがこう言った。
日が経つにつれて、ひとり、ふたりと、顔見知りが増え、私がひとりの時でも、挨拶をかわす人が多くなっていった。なるべく、会釈だけで通り過ぎたかったが、時折、長いお話になることもあった。また、犬を連れている人同士で、立ち止まって話をしているのをよく見かけた。あら、モカちゃん、など、犬への声かけから始まり、世間話に繋がるようだ。犬を連れていると、会釈だけで通り過ぎるのも難しそうだ。   
散歩のたびに、立ち話をするのかと思うと、私が描いていた犬を飼う空想は、しぼんでいった。
新居での生活に慣れた頃、私は「エリカ先生の料理教室」に通い始めた。料理に加え、その優雅なテーブルセッテイングは雑誌の表紙を飾ることもある。3、40代の主婦層に支持されており、入学希望者は常に数十人待ちだ。すぐに通えることになったのは、香織の紹介があったからだ。香織の同級生の母親が、「エリカ先生の料理教室」をプロデュースしたらしい。
オーガニック野菜を取り寄せ、バランスの良い献立を学び、家をくつろぎの空間にした。夫は新しいメニューへの賛辞を欠かさず、リビングの花を替える度、私に感想を伝えてくれる。
「バランス良い食事のおかげで、近頃、僕は風邪もひいてないよ。健康的な食事から、健康な身体ができるんだね。瑠璃子には感謝しているよ」
夫がそう言ったのは確か今年のまだ寒い時期、インフルエンザ流行の頃だっただろうか。とびきりの美男子、というわけではないけれど、夫の笑みは知性を感じさせ、無駄な贅肉のない身体は、夫のアイディンティを現していた。しなやかに自分を主張していた。
良質の日々で育った夫からの賛辞は、単に自分の夫から受ける褒め言葉とは別の意味を持った。平凡な日々中で、私の頑張りが肯定され、今の心地よい生活に繋がったのだ。
夫は、私のセンスと私達の家をとても気に入っている。それは私の自尊心を満足させた。
  
葬儀の翌週、私は、事故で破損した車内に、唯一残ったバックの中に鍵を見つけた。自宅に鍵付きの机などは無い。小さな金色のそれは、会社にある、机の鍵だろう。私は、夫の会社に、届け物がある旨を伝え、オフィスに向かった。
麹町大通り、路地ひとつ入ったところに夫のオフィスはある。緑に囲まれたキャンパスからほど近く、外観は、オフホワイトの壁と、二方が一面のガラス張り。適度に斬新なデザインがこの街並みに染んでいる。新しいオフィスをデザインしたのは夫の友人でもある、新鋭のデザイナーだ。
「ケン・香山のデザインなら、シマトネリコやオリーブが合うと思うわ。社長室の窓から見えるように植えていただきましょうよ」私が提案すると、夫は、そうしよう、ケンに話してみるよ、と賛成をした。
実際、新しいオフィスにシマトネリコはぴったりだった。
「瑠璃子、君のセンスは素晴らしい。彼も君のセンスを褒めていたよ」一流デザイナーからの言葉に、夫は満更でもなさそうだった。お客様でもある、友人の妻へ向けたお世辞だろう。そう思いながら、私も嬉しかった。
今日もシマトネリコとオリーブの樹々が、涼しげに私を迎えてくれた。
エントランスには紺のスーツ姿の香織の夫・健二が立っている。十数年、義父の下で働いており、義父にその仕事ぶりを認められていた。斜め前を歩いている大柄な健二は、ヒールを履いた私の歩調に合わせてくれている。香織は健二の人柄に惹かれ結婚を決めたと聞いた。従業員からの人望も厚く、もちろん夫も彼を信頼していた。
吹き抜けの階段を上がった右奥が夫の部屋だ。大きな窓を背にして机が置かれている。18世紀のアメリカ映画に出てくるような大きな机は、義父から譲り受けたものだ。二年経ったいまも、モダンな白い壁とはなじむことを拒んでいるかのようにも見える。媚びない、独特の存在感さえあった。机の両側に並べられた胡蝶蘭が、主人のいない部屋を哀しいものとしていた。
私が、バックから鍵を取り出すと、健二は、あ、と、小さく呟いた。机の引き出しの鍵が見当たらず、困惑していたという。健二はほっとした表情で、では後ほど、と部屋から出て行った。
机には右手に引き出しが3つ。私は上から引き出しを開けていく。お気に入りだった万年筆や、文具などが納まっていた。一番下の深い引き出しの鍵を開けると、ファイルボックスと印鑑の入ったケース。その下には、手帳とガラパゴス携帯電話があった。仕事での通話用に使っていたこの電話を見かけなくなったのは、いつからだったろう。そう考えながら、私は机の上に置いたノートをパラパラめくっていった。見慣れた夫の字と、写真が挟まれている。プリントされた集合写真だ。20名前後の男女が、ぶどうの棚をバックに納まっていた。見覚えのあるシャツとキャップ。2列目の端後列で笑顔を見せているのは、間違いなく私の夫だった。私の首筋から、すうっと冷たい空気が背中に流れる。
 写真には、山梨・野田ぶどう園、去年の10月13日とプリントされていた。
私は自分のスマートフォンのカレンダーで確認する。そうだ、この連休は泊まりでゴルフだと夫が出掛けた日だった。久しぶりの連日ラウンドに疲れたと、早々に寝てしまったことを思い出した。
もう一度、写真を見る。夫の左横には見慣れない女が、肩を寄せて写っていた。薄いピンクのチューリップキャップで顔が隠れており、笑っている口元だけが見える。
どういうこと?思わず声に出してしまったその時、ノックの音がした。私は、素早くノート、写真、それと携帯電話を自分のバックにしまうと、はい、と答えた。甲高くなってしまった自分の声が滑稽だった。
健二から、書類の確認や説明を受けている間も、私の頭の中は、あの写真のことで一杯だ。月に2、3回は行っていたゴルフは、女と会うための口実だったのだろうか。ううん、奇数月には、白河大のコンペに参加していた。雨に濡れたウエアと一緒に、景品がゴルフバックに入っていた…泊まりでゴルフに行き始めたのは1年ほど前から…確か、客先のナントカ商事…もう一人の私に、質問を繰り返しながら、私は迎えのタクシーに乗った。早く一人になりたかった。思い過ごしであるはずだった。
車寄せから見送ってくれている健二の姿が、小さくなると、私はバックから夫の携帯電話を取り出した。履歴から、その女の名前はわかった。その女との連絡用にこの、携帯電話を使っていたのだろう。さすがにメールは消去していたようだ。
夫の最期の通話履歴は、「さやかちゃん」だった。
私は迷った末、 SNSもチェックした。ほぼ仕事用だったSNSには、新たに入荷した車や、展示会、オークション情報など。真実を知りたくない、全てを見なかったことにしたい。その思いと反比例するように、私の神経はますます昂ってくる。スマートフォンをタップする自分の指だけが別の生き物のようだ。
SNSのフォロワーから「さやかちゃん」は簡単に見つけ出すことができた。アイコンは、緩やかなウエーブのかかった黒髪のイラスト、大きな瞳を長いまつ毛が縁取っていた。「さやかちゃん」が私に笑いかける。スマホの画面をスクロールしていく。写真は、居酒屋でサワーと唐揚げ系の画像が数枚、お洒落とは言えない雑貨類。唐揚げの写真に、使い終わったおしぼりが映り込んでいたり、薄い生地のカーテンをバックに、見切り品のようなミニブーケが写っている。    
そして、ぶどう園の写真。棚から下がるぶどうを、見事な逆光でカメラに納めている。ほとんどの人はこの写真を見て、ぶどう狩りに行きたいとは思わないだろう。この画像を見つけただけで、SNSを探し出した甲斐があった。このSNSへの投稿は、あの日からピタリと止まっていた。――お仕事終了、レイトショーで「ジョーカー」観てきます
最後の写真は、夫の事故数時間前の投稿だった。
私は、映画を観ることが出来なかった夫に同情し、同じだけ、そんな自分に同情した。
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