第3話 不思議の正体
文字数 2,282文字
暗い部屋に白の安楽椅子が一つ光に照らされている。そこに男が一人やってきた。テロップで「吾妻遷、独占インタビュー」と表記されている。椅子に深く腰掛けた吾妻遷は、成功した人間であるかのように足を組んだ。骨盤のことも顧みずに。それから右手で頬杖をついた。頬肉の衰退なんてどこ吹く風だ。
インタビュアーは問う。
「吾妻遷にとって愛とは何ですか?」
「愛ですか、ええと、愛はそうですね、与えられたり与えたりするものですね」
これは多分インタビュアーの方に非があると思う。成功者だからってどんな分野にも持論があるわけではない。
私は夢を見ていた。眠って見る方の夢ではなく、起きて願う方の夢を見ていた。分かりにくいかもしれないけど、冒頭に語った内容が私の吾妻遷にそうあってほしいという夢だ。夢は主体的であれと教わらなかった私は人の夢を見る。
私と久住と森本の3人は翌日高熱を出して学校を休んだ。熱が出たことを久住と森本にチャットで連絡すると、二人から「私も!」と連絡があり、その事実を知った。さすがに連絡内容を二人で謀ったとも思えないから、二人のシンクロは天然物だろう。そこで、私は、双子は作れる、と黒魔術的なことを考えてしまった。
図書室から続く果てしなく長い道を進み、大量の札が貼られた壁と睨み合い、不思議を探求したあの日、私たちはどうやって図書室まで戻ったのかを覚えていない。歩いて戻ったかもしれないし、走って戻ったのかもしれない。まさか膝立ちで戻ったということはないだろう。たまたま3人が共通して見た夢だったのかとも思うが、私の制服のポケットには私が剥がした札が入っていたし、森本は頬から顎にかけてしばらくは腫れが治まらなかったらしい。数日後、森本から話しかけられたときに聞いた。加えて森本は奇妙なことを言っていた。
「トショイインチョウって、あれ誰だったんだろう」
私は彼女のカタコトな言い方に笑ってしまった。
「図書委員長? 今年って図書委員長いないでしょ」
「そうね」
私の高校では図書委員長は選ばれないことがある。本当に図書委員長に相応しい人がいない場合、副図書委員長だけ選出される。今年はそうだった。小説の新人賞の選考みたいだな、と思ったそこのあなた、違う。ほとんどの年で図書委員長は選任されていない。図書委員長になれる人が稀有なのだ。どちらかと言えば則闕の官の方が譬えとしては近い。
森本はトショイインチョウという存在が私たちと一緒にいたことを頑なに主張していた。私にはそんな記憶がなかった。しかし、3人の中で嚙み合わない点がいくつも出てきて、誰の記憶が正しいのか定かではなかった。その内容の乖離は記憶違いの度を越えていた。だから、前回までの話は3人の妥協点をまとめたものである。私のトショイインチョウに対する感情は、あの場で感じた内容ではなく、森本の話を聞いたときに私が思ったことを羅列したものだ。
「結局、不思議は解けなかったね」
久住はそう言ったが、不思議なことが起きすぎていて、言っている不思議がどの不思議を指しているのか分からなかった。トショイインチョウが言っていた(私の記憶では久住が言っていた)、「なぜこんなものが学校にあるのか」を主不思議とするとしても、そこに辿り着くまでの通路が学校の間取りを考えると不自然であるし、札の裏の色によって呪われるというのも奇妙であるし、私が呪われなかったのも不思議なわけで、サブ不思議がいくつもありすぎた。
12年後の私は6年続けた仕事を辞めて、しばしのフリーター生活を謳歌していた。高架下でコンクリートの壁によりかかって音楽を聴きながら、人を待っているふりをしていたとき、知らない男に肩を叩かれた。
彼は自らを吾妻遷と名乗った。急に声をかけたことを詫びたのち、彼は高校の7不思議の話を滔々と語り出した。
「君は、あの最後の不思議に挑戦したらしいね、不思議は解明できた?」
「ああ」
私は12年前のことを上手く思い出せなかった。そして吾妻遷と言われてもピンと来なかった。12年後の私にとって彼は最初から最後まで知らない人だった。
「あの不思議は私が作ったんだ」
「はあ」
抽象概念を物体みたいに喋る彼に不信感を覚える。こちらの情報は一切渡さない。そう決意したが、そんなことは問題なさそうに彼は言葉を続けた。
「元々、学校にあった7不思議は余すところなく私が不思議ではなくした。でも、そのときに私が感じたのは達成感ではなかった。もう解明する不思議がないという喪失感だった」
私は眉間に皺を寄せた。彼は話を聞いてほしいだけなのだろう。私の表情など構わずに語る。
「そこで、人には不思議が必要だってことに気づいた。だから、最後の不思議は私の手で揉み消して、新しい不思議を創作した。絶対に誰にも解けない不思議を。この不思議は誰も解くことができない。だから良かった。不思議は解明が困難であればあるほど良い。そうであれば、ずっと夢中になっていられる。不思議がなくなることは寂しいことだ。誰にも味わってほしくない。事実、もし私たちの学校に7不思議がなかったら、私はあまりにも退屈な青春を過ごす羽目になっていただろうからね」
吾妻遷は喋り終わると、手紙のようなものを手渡してから一礼をして去っていった。
多分大事なことを言っていたようだが、電車が通過する音のせいで断片的にしか聞こえなかった。吾妻遷は時と場所を間違えた。彼が間違えたのは人生を通してこの1回だけらしい。何を間違いとするかによるが。
吾妻遷編これにて完結。序盤で飽きていた人ごめんね。
インタビュアーは問う。
「吾妻遷にとって愛とは何ですか?」
「愛ですか、ええと、愛はそうですね、与えられたり与えたりするものですね」
これは多分インタビュアーの方に非があると思う。成功者だからってどんな分野にも持論があるわけではない。
私は夢を見ていた。眠って見る方の夢ではなく、起きて願う方の夢を見ていた。分かりにくいかもしれないけど、冒頭に語った内容が私の吾妻遷にそうあってほしいという夢だ。夢は主体的であれと教わらなかった私は人の夢を見る。
私と久住と森本の3人は翌日高熱を出して学校を休んだ。熱が出たことを久住と森本にチャットで連絡すると、二人から「私も!」と連絡があり、その事実を知った。さすがに連絡内容を二人で謀ったとも思えないから、二人のシンクロは天然物だろう。そこで、私は、双子は作れる、と黒魔術的なことを考えてしまった。
図書室から続く果てしなく長い道を進み、大量の札が貼られた壁と睨み合い、不思議を探求したあの日、私たちはどうやって図書室まで戻ったのかを覚えていない。歩いて戻ったかもしれないし、走って戻ったのかもしれない。まさか膝立ちで戻ったということはないだろう。たまたま3人が共通して見た夢だったのかとも思うが、私の制服のポケットには私が剥がした札が入っていたし、森本は頬から顎にかけてしばらくは腫れが治まらなかったらしい。数日後、森本から話しかけられたときに聞いた。加えて森本は奇妙なことを言っていた。
「トショイインチョウって、あれ誰だったんだろう」
私は彼女のカタコトな言い方に笑ってしまった。
「図書委員長? 今年って図書委員長いないでしょ」
「そうね」
私の高校では図書委員長は選ばれないことがある。本当に図書委員長に相応しい人がいない場合、副図書委員長だけ選出される。今年はそうだった。小説の新人賞の選考みたいだな、と思ったそこのあなた、違う。ほとんどの年で図書委員長は選任されていない。図書委員長になれる人が稀有なのだ。どちらかと言えば則闕の官の方が譬えとしては近い。
森本はトショイインチョウという存在が私たちと一緒にいたことを頑なに主張していた。私にはそんな記憶がなかった。しかし、3人の中で嚙み合わない点がいくつも出てきて、誰の記憶が正しいのか定かではなかった。その内容の乖離は記憶違いの度を越えていた。だから、前回までの話は3人の妥協点をまとめたものである。私のトショイインチョウに対する感情は、あの場で感じた内容ではなく、森本の話を聞いたときに私が思ったことを羅列したものだ。
「結局、不思議は解けなかったね」
久住はそう言ったが、不思議なことが起きすぎていて、言っている不思議がどの不思議を指しているのか分からなかった。トショイインチョウが言っていた(私の記憶では久住が言っていた)、「なぜこんなものが学校にあるのか」を主不思議とするとしても、そこに辿り着くまでの通路が学校の間取りを考えると不自然であるし、札の裏の色によって呪われるというのも奇妙であるし、私が呪われなかったのも不思議なわけで、サブ不思議がいくつもありすぎた。
12年後の私は6年続けた仕事を辞めて、しばしのフリーター生活を謳歌していた。高架下でコンクリートの壁によりかかって音楽を聴きながら、人を待っているふりをしていたとき、知らない男に肩を叩かれた。
彼は自らを吾妻遷と名乗った。急に声をかけたことを詫びたのち、彼は高校の7不思議の話を滔々と語り出した。
「君は、あの最後の不思議に挑戦したらしいね、不思議は解明できた?」
「ああ」
私は12年前のことを上手く思い出せなかった。そして吾妻遷と言われてもピンと来なかった。12年後の私にとって彼は最初から最後まで知らない人だった。
「あの不思議は私が作ったんだ」
「はあ」
抽象概念を物体みたいに喋る彼に不信感を覚える。こちらの情報は一切渡さない。そう決意したが、そんなことは問題なさそうに彼は言葉を続けた。
「元々、学校にあった7不思議は余すところなく私が不思議ではなくした。でも、そのときに私が感じたのは達成感ではなかった。もう解明する不思議がないという喪失感だった」
私は眉間に皺を寄せた。彼は話を聞いてほしいだけなのだろう。私の表情など構わずに語る。
「そこで、人には不思議が必要だってことに気づいた。だから、最後の不思議は私の手で揉み消して、新しい不思議を創作した。絶対に誰にも解けない不思議を。この不思議は誰も解くことができない。だから良かった。不思議は解明が困難であればあるほど良い。そうであれば、ずっと夢中になっていられる。不思議がなくなることは寂しいことだ。誰にも味わってほしくない。事実、もし私たちの学校に7不思議がなかったら、私はあまりにも退屈な青春を過ごす羽目になっていただろうからね」
吾妻遷は喋り終わると、手紙のようなものを手渡してから一礼をして去っていった。
多分大事なことを言っていたようだが、電車が通過する音のせいで断片的にしか聞こえなかった。吾妻遷は時と場所を間違えた。彼が間違えたのは人生を通してこの1回だけらしい。何を間違いとするかによるが。
吾妻遷編これにて完結。序盤で飽きていた人ごめんね。