運命の相手
文字数 1,375文字
私がその女性に声をかけられたのは、初めて入ったバーのカウンターだった。
よく磨かれた、古いウォールナットのカウンターと、シックな照明。
少し時代がかったドレスを着たその女性は、パーティ帰りと言った雰囲気を身に纏っている。
数年ぶりに会う予定だった友人との待ち合わせを、体調が悪いと言うSNSのメッセージ一つでキャンセルされた私は、「ええ、今そうなりました」と苦笑いすることになった。
マティーニとバーボンで二人の出会いに乾杯したあと、彼女はゆっくりと話し始める。
その口調は柔らかく、それ以外の雑音は遠くなる。
私は心地よい音楽を聴いているかのように、ただその声に耳を傾けた。
小さく「よくある話よね」と笑う彼女へ、私は陳腐な慰めの言葉を掛けることしかできなかった。
それでも彼女は、静かに私の言葉にうなずく。
最後に魅力的な唇を舌先でなぞった彼女は、カウンターの上に置かれた私の小指へと、細い指を重ねた。
彼女の瞳に吸い込まれそうになった私の背中が、何者かにたたかれる。
その瞬間、バーの照明が急に明るくなったように、私には思われた。
振り返るとそこに居たのは、芦屋。
古くからの私の友人の姿だった。
無遠慮に、芦屋は彼女へも声をかける。
彼女は値踏みするように芦屋を見ると、私の小指の上からすっと手を引いた。
その後も芦屋は一人でぺらぺらとしゃべり、最後には彼女を説得して、追い払うように帰らせてしまった。
まぁ、彼女は納得していたようだしそれはいい。
だが、せっかくいい雰囲気になりかけていた私としては、愚痴の一つも言いたくなろうと言うものだった。
芦屋は悪びれた様子もなく額の汗を拭き、バーテンダーにジントニックを注文する。
スッと差し出されたそれをグイッと飲み干し、もう一杯同じものを頼むと、私に向き直った。
そこで言葉を区切り、芦屋はジントニックを飲み干す。
その後も芦屋は居酒屋にでもいる様に酒を注文し、私は当然のように支払いを任されたのだった。