第1話「ウチは山田太郎や。ドカベンって呼んでもええで」

文字数 2,567文字

ああ、弱ったなあ。もう薬がない。自信満々でこの「ヤイネの森」に

挑戦したはいいけどいかんせん準備不足だったなあ。

次襲われたら、逃げるしかないかも

……ん? あんなところに建物があるぞ!?
えーっと、「天才魔法使いの道具屋

傷薬から自害用の縄までなんでも売ってます!」だって?

こんなところに道具屋が! 天の助けじゃないか!

なんでこんな危険なところに道具屋があるんだとか、自害用の縄って

何だよとか気にしてる場合じゃないな! よし入ってみよう!


ガチャッ


すみませーん! 誰かいますかー?
(……?……誰もいないのかな? でも店の中は綺麗だし、

 廃屋って感じでもないよな。出かけてるだけかもしれないし、

 ちょっと待ってみようかな)

(店はこぢんまりとしてるけど、モノは色々あるな。

 なになに、傷薬、毒消し草……おお、剣や盾まであるじゃないか。

 道具屋にしては何でも揃ってるな)

(ん、この灰色の飲み物はなんだろう? 普通の店じゃ見たことない。

 容器の裏に説明とか書いてるかな? どれどれ……)


ビュッ!


うわっ!? (ナイフが飛んできた!?)
――ウチの商品に触んな! この泥棒!
(女の子!? いや、それよりも――)

ま、待った! 俺は泥棒じゃないよ!

嘘つけ! ウチの店に珍しい物があるって聞いて盗みに来たんやろ! 遠路はるばるご苦労さん! 死ね!
労いの言葉をかけた直後に殺害宣言しないで!

呼んでも誰も出てこないから商品を見て回ってただけだよ!

勝手に触ったのはごめんなさい!

……ほんまに見てただけ?
そう! この森を攻略しに来たんだけど、薬がなくなっちゃって。

そこで運良くこの店を見つけたから入ってみたんだよ

ということは、お客さん!?
そう!
……な~んや、お客さんかいな!

それやったら最初からそう言うてくれたらええのに!

いや~えらいすみませんねナイフなんか投げて!

こちとら最初から一貫してそういう姿勢ですけども。

まあ誤解が解けて何より

それやったら好きなだけ見てってや!

役に立つもんいっぱいありまっせ!

そりゃどうも。……えーっと
君……がここの店主なの? ずいぶん若いみたいだけど
おっと、ウチをただの美少女やと思ったら大間違いでっせお客さん。

ウチこう見えて長生きなんですわ

えっそうなの……そうなんですか? 実は何百年も生きてるとか?
ふふふ、聞いて驚くなや?
はい
12歳や
見たまんまじゃん。一瞬でも敬語使って損したよ
そういえばお互い自己紹介がまだやね
そういえばそうだ。俺はカイカ。戦士だよ。腕には自信があるし、

仲間がいると人間関係とか面倒だから、一人旅をしてるんだ

分かった! よろしくコミュ障戦士さん!
誰がコミュ障だよ! 違うよ1人の方が気が楽なだけ!

戦闘で足引っ張られても困るし!

わかってるわかってる。

こいつ一生結婚できそうにないなとか全然思ってへんよ

じゃあ口に出さないでくれる?

もういいよ俺のことは。そういう君の名前は?

ウチは山田太郎や。ドカベンって呼んでもええで
なんでそのいかにもファンタジーめいた姿形から

モロ日本人な名前が出てくるわけ?

ドカベンってムッキムキの野球選手じゃん! 合ってなさすぎでしょ

んで、職業は魔法使い。結構強いんやで。これはホンマよ
うーん、まあこんなところに店を構えるくらいだし強いんだろうね
ま、ウチのことなんかどーでもええわ! いっぱい買ってってや!
それもそうだな。じゃあこの傷薬はおいくら?
20万ゴールド(=20万円)
高っか!! 相場の何倍くらいぼったくってんだよ!?
現地価格や
現地価格って謳い文句なら安くなるべきだろ!

こんな狂った値段設定があるか! じゃあこっちの毒消し草は!?

そっちは30万やね
より高い! どんだけ金取る気なんだよ!?
この森に挑戦できるくらいなんやからそこそこ金持ちなんやろ?

じゃんじゃん金落としてってや。三ヶ月ぶりのお客様やねん

三ヶ月ぶり!? 全然人来てないじゃん
難関ダンジョンに店開いたら儲かると思ってんけどな……
どこで開いてもこの値段設定じゃあ無理でしょ
この灰色の薬なんか、飲んだら口から狼煙が出てきて

おもろいと思うねんけどな?

そういうとこでしょ、ここが繁盛しない理由
火を起こす道具がなくても狼煙を上げられる優れモンや。便利やろ?
い ら な い
ちなみにうちの店、平均価格は500万ゴールドやから
間違ってもまとめ買いなんて出来ない価格設定だね


ドンドン


ん?
ん? 他に客?
おいコラ! 山田ァ! お前いつまで金支払わねえつもりだ!
今月こそはみかじめ料を払ってもらおうか
えっと……彼らは?
あちゃーギルドの奴らや。あいつら店出したら継続的に金を払うって

ルールを押し付けてきてな。面倒くさいねん

なるほど……って、大人しく払おうよ。それは
ギルドが勝手に決めたルールや。ウチが従う理由なんかあらへん
払う気がないなら……ここの商品全部差し押さえだ!
げっ! それだけは勘弁してや!
ダメだ。覚悟を決めろ
お、おい、これってまずいんじゃないのか。ここはひとまず穏便に……
ええい……爆発魔法!
なっ!? ぐ、ぐわあああああ!!!
き、貴様……うおおお!!
ちょっ、何やってんだよ山田!?
5000万も払われへん! 逃げる!!
どんだけ滞納してるんだよ!
や、山田お前……ギルドを敵に回すつもりか!?
ええよ別に。こんなとこまで金取りにきてからに、

ギルドのやり方は法外やねん。いちいち従ってられんわ

ぐ、き、貴様……(ガクッ)
お、おい、どうすんだよこれ?
ええねんこれで。アンタも熟練の冒険者やったら、ギルドの悪行は耳にしたことくらいあるやろ?
……まあ、噂程度ではあるけど……そうじゃなくて。

君は大丈夫なのか?

別に大丈……
……
全然大丈夫ちゃうわ。カイカ、ちょっとアンタの旅に連れてってや
ええっ!? なんで俺が?
薬がないんやろ? ウチが仲間になったらタダで使わしたる。

ウチを仲間にするか、ここで野垂れ死ぬかやで

ず……ずるくね……? しかもそれって、

ギルドに逆らった君を俺が匿うってことになるんじゃないの?

名前変えたらいけるやろ。今後は岩鬼って名乗るから
いける要素が何一つねえし。なんでドカベンにこだわってんの?
で、どうすんの? はよ決めてくれる?
ありがとう! これからよろしくなカイカ!
聞く気ないなら聞くな!


こうして、金に汚い関西弁魔法使いとの旅が始まったそうです。

続け。


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登場人物紹介

山田太郎

元道具屋の店主。高レベルな魔法の腕を持っているが、

なぜか関西弁の守銭奴とやけに現代的な性格。

「ドカベンって呼んでもええで」と言ったり、

偽名で岩鬼正美を名乗るなど、某野球漫画に謎のこだわりあり。

カイカ

冒険者の戦士。腕前に自信があったので難関ダンジョンに挑戦してみたものの、準備不足で傷薬がなくなりピンチに陥るちょっとしたマヌケ。腕は確からしいが、コミュ力がないと山田にディスられている。

ハイロ・アナグレタ

第3話より登場。酒場の看板娘らしい。

たちの悪い冒険者に絡まれていたところを山田たちに助けてもらう。

美人さんだが、なぜか「~っす」という語調で話す。

師匠(アネア・エアクオウ)

第9話より登場。凄腕の魔法使いで、山田の師匠。

100年以上生きているらしいが若々しく、「魔女」らしい風貌。

しかし魔法以外の事は99%忘れてしまうらしく、100年前どころか

昨日のことすら記憶が怪しい。山田いわく「後期高齢者」

ヨミド

第19話より登場。ギルドのリーダーで、魔法使い。

厳格な性格で、プライドが高いような発言が見受けられる。

第一章の山田とカイカはヨミドと会うために旅をしているが、

その役割を考えると、たぶん彼がメインヒロインなんだと思います。

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